Flowered

第26話

「暗い…ね」

あたし達は雲を抜けて、街の上を飛んでいた。辺りの暗さ故に街の光が目立つ。だが、決してそれを綺麗とは言える状況ではなかった。

「もう一時か。眠らない街も静寂をまとっているね」

「そうだね…」

どこからか湧く緊張で、あたしの口数が少なくなってしまう。うまく言葉が出ないし、どう切り返せば良いのか分からなくなってしまうのだ。

「——」

ただそれは麗も同じなのか、何一つ喋らずにただひたすらに前を向き続ける麗をあたしは見ていた。

「——着いた」

その言葉と共にあたしの心拍数はこの数時間で最高潮に達した。

ドクドクと周りにも聞こえそうな心臓の音が、あたしの緊張を最高に煽ってきて、また心臓が激しく動く。と負の連鎖で、うまく歩けるかも不安なくらいだ。

そしてあたしは視線を前に向けた。

「——あたしの家…」

「とりあえず入るぞ」



「はぁ…はぁ」

息が激しく荒れて、あたしは家の中を必死に探し回った。

「お母さん…お母さん」

家に入って寝室に行って気付いた異変。それはあたしのお母さんの行方不明。ベッドの上にはお父さんが寝ている。だけどその隣にお母さんの姿は無かった。

「麗いた?」

「いいや、いない」

トイレ、風呂場。ありとあらゆる場所は探したがお母さんの姿は見えず…。

脂汗が額を濡らし、それが首筋をなぞるたびに、あたしは不安を隠しきれずにいた。

こんな時間にお母さんはどこに行ったのだろか。何しに行ったのだろうか——。

そんなの分かっているようなものだった。

正直場所はわからない。でも目的は——。

分かりたくもないそんな目的。麗が焦っていたのにも筋が通る。

どこなの…お母さん…。

「——んぁ」

お母さんが寝ていたと思われるベッドに座っていると、そんな声のような音と共にあたしの意識は後ろに行った。

「ふわぁぁ…」

「はぁっ!」

——いきなり起き上がったお父さんの、あたしは反射的に口を押さえてしまう。

焦りに驚きが重なり、あたしの心臓は悲鳴をあげた。

「——」

別に声が聞こえる訳でも、姿が見える訳でもないのに…ないよね?そんな不安からあたしは固まったままお父さんを見ることしかできなかった。

だが、しばらくして体の硬直が解けると、

「お父さん…」

その懐かしさから、あたしの口元は緩んだ。

だが次の瞬間——。

「奈々…奈々…?」

朦朧とした意識がはっきりとしたのか、妻がいないことに気付いた夫は、ベッドを勢いよく降りた。

「奈々…奈々!」

必死に妻の名前を叫んでベッドの上をこれでもかと探すお父さんに、あたしは、

「すぐ見つけるね。お父さん」

そう耳元で囁いて部屋を急いで後にしようと——した瞬間の出来事だった。

「春樹へ」

そんなお父さんの声であたしの体は再び硬直したのだった。

『春樹へ。

律花を殺したのは私です。あの時私が目を離さなければ今頃は3人で楽しくしていたのかな?

そんな事件から私は夢を見るようになったんだ。毎晩深夜起きると律花が私に馬乗りになって、なんで私だけなの?って私の首を絞めながら言うの。

なんかもう疲れちゃった。

それに悪いのは全部私。当たり前といえば当たり前だよね。

だからね、私ができることは何かな?って考えたの。そしたらね一つしかないな〜って。私頭悪いから、こんなことしか思い浮かばない。

春樹君の言ったらもちろん反対される。だから勝手を許してほしいな。

あはは。許してくれないよね。

最後にね、言いたいことあるんだ。本当にたっくさん。

春樹は私が嫌いなの?春樹は私のことどう思ってるの?春樹は私のことなんてどうでもいいの?

なんで私を甘やかすの?なんで私に何も言わないの?

この五日間何にも喋らずに、ただ春樹は私の好きなことたっくさんやってくれた。正直嬉しかった。でも、それが私、嫌だった。

春樹にふざけんなクソ女って言って欲しかった。

春樹に仕事しろクソ女って言って欲しかった。

春樹にいつまでもくよくよしてんなって言って欲しかった。

でも、言わないことをいいことに、私はそれに甘えた。

ふざけんな春樹。お前のせいだ』


お父さんの、音読。その声は震えていた。誰が聞いてもわかる震えにあたしは聞いてられなかった。

気づけばお父さんは俯いて——ポロポロと大粒の涙を流していた。

一秒ごとに涙によって作られた布団のシミが大きくなっていき、それと同時進行に——。

「ふざけんなよ」

小さい声で、嗚咽混じりに言うお父さんにあたしは胸が痛くなった。

だが、お父さんは続けた。

「ふざけんなふざけんな!そんなに悪く言われたいなら言ってやるよ。何にもできないクソ女が。いつまでも小さくなってるんじゃねぇ!とっとと前を向けよ!俺が優してやってんだから、それに甘えてろよ!」

「——」

心からの叫びのように、その声には熱がこもっており、あたしはお父さんに釘付けになっていた。早く外に行かなければならないのは、知っていた。でも。今出るのは違うなとどこかで思っている私もいた。

お父さんは涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃで、もう見てられたもんじゃない。

そんなお父さんは、「でも」と前置きをして——そして微笑んで、

「不器用なお前が俺は好きなんだ。おい奈々、俺の悪口を言ってお前が死んでよかったなんて、思うはずないだろうが。第一、字震えてるぞ。それ含めて俺はふざけんなって言いたいよ。それに——本当に死にたい奴が自分の死に場所書くか?近くの山だって」

「——ッ!?」

その言葉を聞いた瞬間、あたしの体は反射的に動いていた。

寝室のドアに手を伸ばしたあたしは、部屋を出て麗を探した。

「麗!近くの山だって!急ごう!」

リビングにいた麗に声をかけたあたしは、一人先走って外に出た。

「さむっ」

玄関を出ると、一番に肌を劈く鋭い寒気があたしを包んだ。そして一人羽を広げた。

「律花、行くぞ!」

そんなあたしに追いついた麗も羽を広げて空を舞った。

目指すは近くにある山だ。そこの崖。立ち入り禁止の場所だ。

あたしは、向かい風なんてものともせずに、マッハにも劣らないスピードで突き進む。

——そして、着いたのは五分後だった。


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