アイスが溶けてしまいました

第24話


「神にも人にもなるのをやめちまえ」

「それは…どゆこと?」

ニッコニコな笑顔だったあたしは、酒鬼さんのそんな言葉に首を傾げた。

「お前はこのままだと神になる。いや、もうお前は神になっている。だが、神は人と違って生まれ変われる権利がない」

「生まれ変われる権利?」

あまり理解できない内容に、私は酒鬼さんの言葉を反復して疑問形に直して返した。

「そうだ。だが、その権利を得る…正確には結果論で得る方法。それは神としての禁忌を犯す。つまり神としてやってはいけない、禁忌に触れた瞬間、お前は神の地位を剥奪されて生まれ変わるんだ」

「生まれ変わる…」

だが、それの何がいけないのだろうか。神を辞められるうえに、生まれ変わることもできるなんて、文句のつけようがないじゃないか。

すると、酒鬼さんは「ただ、」と前置きをして、あたしの目を見ながら口を開いた。

「何に生まれるか、それは分からない」

「——」

一瞬の思考、そして理解した。

簡単に言えば人間になれる可能性は限りなく低いと。地球上で生きている菌から人間まで、様々な生物がいる中で人間になれる確率は相当低いと。

天文学的数字とまでは言わなくても、ひたすらにそれに近い確率と。

なるほど。確かにそれなら酒鬼さんがその選択肢を苦い顔をして話す理由がわかった気がした。

ただ、あたしに選択肢なんてあるのだろうか——否だ。

「それでもやる」

「…分かった」

一呼吸置いて発した言葉は、律花に対しての肯定であった。

「でも、神様の禁忌ってなんなの?」

「それは律花…人と会うことだよ」

そこに入ってきたのは、律花の好きなようにとずっと傍観していた、麗だった。

「人と会うこと…?」

「そう。人間に見られること。たったそれだけが、神のやってはいけない事」

たったそれだけ…。

それがあたしの頭の中で何回もループされた。神様にだって何かしらやってはいけない事はるだろうに、でもそれはなく、たった一つ。人に見られることが…。

「でもそれって、あたしたちにとって好都合じゃない?」

だって、目的はお母さん達にあたしの姿を見せて、少しでも元気になってもらうこと。

「——」

そんなあたしの言葉に麗は渋い顔をして俯いた。そんな麗の様子を見て何ごともなかったようにあたしは進めた。

「でも、人に見られるって、どうやって?だってあたし達は見えないじゃない」

「そう。そこが一番の問題点なんだ」

「一番の…問題点…」

深刻そうに言う麗からは、一筋縄ではいかないと嫌でも感じてしまえる。そんな麗はあたしの不安になる顔を見て、「大丈夫だよ」と微笑んだ。

「その条件。それは神に対しての最大限の祈り。会いたいという欲望が強くなると僕達は見えてしまうんだ」

「それならあたしも何度もあるけど、見えなかったよ?」

お母さんに怒られた時、お母さん怒らないように神様助けてってお願いしたことがあるあたしは、首を傾げながら麗に聞いた。

「はは。そんなんじゃないよ。もっともっと、自分の命と引き換えくらいで初めて条件を満たすんだ」

それもそうか。あたしレベルなら今頃は神の姿を見た人大量出現で神様がいなくなってしまう。

「でも、そんな状況にするにはどうやって…?」

だったら尚更だ。そんな状況にどうやってするのだろうか。

「それが運なんだ。僕達が何かやってどうかなる問題じゃない」

「——だから難しい。そう言うことなんだね」

「そう」

短く頷く麗の顔は苦虫を噛んだような顔で、それは深刻さを表すには十分すぎた。

あと一週間ほどあるとはいえ、お母さんがそんなこと思うかは分からない——いいや。ほぼゼロに近い。

だから——。

「律花!行くぞ」

瞬間、麗は勢いよく立ち上がり、同時にあたしの手を握っていたため、強制的にあたしも立たされてしまった。

何かと麗の顔を見ると——、

「麗…」

焦っているのか、不安そうな顔をしていた。

「どうしたの麗…!」

手を引いて進む麗は無言だ。あたしが何を言っても喋らずに、まるで何も聞こえていないみたいだ。そんな状況にあたしが困っているといきなりパチンと、ゴムが弾けた時のような音が響き渡り、同時に麗の握る力が緩んだ。

「酒鬼…さん…」

麗を見ると頬が赤くなっていた。それよりも、その隣には酒鬼さんがいつの間にか立っており、麗の頬近くに右手を出していた。

状況は分かったが、状況の理由は全くと言って良いほど掴めずに混乱していると、

「そう焦るな。ほら律花ちゃんが困ってるぞ」

言われた麗は乱れた前髪を直して、あたしを見た。

「律花…ごめん」

自分のしたことに気付いたのか、麗は小さくなり短く謝罪する。

そんな麗に大丈夫だよと、明るく声をかけて、あたしは続けた。

「麗…何があったの?」

「君のお母さんが、ピンチだ」

「…ぇ」

それが声と言っていいのだろうか。少なくとも声とは言えるほどのものではなく、漏れてしまった息に近い物が出てしまったあたしは、一瞬にして心拍数が上がった。

「そ、それは分かったけど、なんで麗はわかるの?」

「僕は色んなところに『目』があるんだ」

「目…?」

「そう。だから…律花…信じてくれ。早く行かない君のお母さんが手遅れになる」

その真剣な眼差しに嘘など微塵も感じられなかった。まあ実際麗の事を嘘つきなんて一度も思ったことないんだけどね。

もちろん答えは『はい』だ。

だから一刻も早く——。

「行くのか?」

「ああ。酒鬼さんありがとう」

「礼はイラねぇ。酒で結構だ」

矛盾した発言にあたしは苦笑しつつ、再度酒鬼さんを見た。

そして最初と全く印象が違うことに、あたしは驚いた。

「律花ちゃん…次会うときは…」

次会うとき——それが意味する言葉とはどう言うことなのか。あたしにはすぐ分かった。もし次酒鬼さんに会うときがあるのなら、それはあたしの生まれ変わり直前ということになる。

「——また会いたいけど…会いたくないなぁ」

あはは。あたしも矛盾したこと言ってる。でも、酒鬼さんとはもう少し喋りたいのは本当だし、でも会ったらそういうことだから、会いたくないのも本当。

「俺に会いたくて、会いたくない、か」

「——」

「おい麗。最後までサポートしてやれよ」

「言われなくても…!」

その言葉を最後に、あたしは麗と共に走り出した。

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