第23話

「——着いた」

暗い森の中を照らすのは、木々の間から漏れ出す月明かりだ。

そんな月明かりは私を照らした。

ふと上を見上げると、大きくまんまるな月があった。大きくて大きくて大きくて。そんな月を見て私は勇気をもらえた気がした。

前を向いた。

そこは崖があった。下は見えないほど深く、聞こえるのは川の流れる水音だ。間違いなく落ちれば死ぬ。逆に生きれる方法があるのなら教えてほしい。

でも、それは私にとって理想な場所だった。

落ちれば死ねる。律花のところへ行ける。

こんな嬉しいことないだろう。

——もう、何も思い残すことはない。

私の心臓がこれでもか、と言うくらいに動いていた。

私、怖いのかな…?

あはは。あはは…。あは…。あ…、

「いやだよ、死にたくないよ。ねぇ、」

それは不意の出来事だった。なんで私はそんなことを言うのか分からなかった。

まるで私じゃないみたいだ。

さっきまでの私はどこ行ったの?

そんな事言ってしまう自分に、私はうんざりだ。

「う、うぅ、ぁぁ」

気づけば泣いていた。静かに、涙がポロポロとこぼれ落ちていて、それが下にある落ち葉に落ちて。

鼻水垂らして、私の顔はもう最悪だ。

良かった…こんなところ見られてなくて。

「死にたくない…」

これが本音なのだろうか。

心にも思ってない言葉だ。

「死にたくない」

——。

「死にたく…ない」

嗚咽でうまく言葉が出ない中、ただひたすらにそれだけを言う私。

「でも、」

でも、私は死ぬ。それが私にできる事。

それ一心で、私はここまで来た。

だから私は——。


「奈々。俺と帰ろう」


「へ…?」


その声は突然現れた。そして、声のした方の暗闇が、次第に月明かりに照らされた。

「はる…き?」

それは夫の春樹だった。

春樹は、はぁはぁと肩を上下させながら苦しそうな顔をして私に手を伸ばした。

「そうだ、俺だよ。奈々もう帰ろう」

突然の来客に私はどうすればいいか分からなくなり、私へ近づいてくる春樹に——、

「近づかないで!!」

私は春樹を拒絶した。

「奈々、死ぬのはいいが、死んだら悲しむのは俺だけじゃない」

「そんなんわかってる!」

わかってるよ。そんなの。親だって、友達だっていっぱい悲しませる。それでも、私は死にたいと思った。

「律花もだぞ」

「…へ?」

だが、その人物の名前を耳にした瞬間、思わず私は固まってしまった。

「律花が…悲しむ?」

「あぁそうだ」

「そんな訳ない!」

そうだ。そんな訳ない。いつもいつも、私が起きると律花は「なんであたしだけなの?」って言うんだ。

「お前の変な妄想も大概にしろ。どんなこと言われたか俺には分からないが、律花がそんなこと言うと思うか!」

律花がそんなこと言うのかな…。律花は確かに優しい子だ。そんなこと言うとは思えない。でも、律花を死なせたのは私のせいだ。

もし律花が恨んでいて、その怨念が私にきたとしたら?

そうだ。絶対そうだ。これは律花の本心なんだ。

「私はダメな母親だから来たんだよ…」

「そんなことはない!」

「そんなことあるよ。だから、私は…」

「お前は決断が早いんだよ!もっとなかったのか?違う考え方…」

やめてよ。

「ほらこっちにくるんだ。危ないぞ…」

やめてよ。

「くるんだ!」

「——やめてよ!!」

「——」

これ以上は何も言わせない。このままだと、私春樹の方に行っちゃいそうなんだ。優しい春樹は私をきっと許してくれる。でも、それだとダメなんだ。

私はここで死ぬべき存在なんだ。だからもう何も聞かない。

「——うわぁぁぁぁぁぁ!」

私は耳を塞ぎながら、一思いに崖の方へ走った。

「奈々!!」

春樹は何も考えずに奈々の方へ走った。距離こそそこまでないのに、何十メートルと長く感じてしまって。何もかもを捨てる覚悟でがむしゃらに。

奈々の背中を追いかけて、そして手を伸ばして——、

「ダメだよ」

それは突然なことだった。何が起きたか分からない二人は、目をパチクリとさせて辺りを見渡した。

「あっ」

「——ぁ」

私は崖に身を投げたつもりなのに、何故かギリギリの場所で横になっていた。だけど、さっきと違うのは、春樹が私の上に乗っていた。

「なん…で」

春樹も状況が掴めないらしく、混乱していた。だが、自分の置かれた状況だけは解ったらしく、顔を真っ赤にして私の上からすぐに降りた。

どこか毒気を抜かれた私は静かになっていく心臓を感じながら、再び辺りを見渡し——

「——ぇ」

私の呼吸は一瞬にして止まった。だが、その間も心臓だけは一秒前よりも早くと、どんどん速度を早めていった。

「なん…で」

気づけば、私は涙が出ていた。大粒の水滴が、私の膝へとこぼれて、服のシミを大きくていった。

「ねぇ、春樹」

「あ、あぁ」

私と春樹は同じものを見て涙を流した。何故なら——、

「お母さん。お父さん…ごめんなさい」

我が子が立っているのだもの。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る