第20話


「一旦家に戻りたいんですけど…」

「それなら私が送りますよ」

話が終わってしばらくすると、奈々の親から連絡がきた。

焦っているようで、文章はめちゃくちゃだったが内容は家に行くとの事。

「ありがとうございます」

奈々に目をやると、体を小さくして放心状態のようになっていた。さすがにここに置いておくのは気が引けた。なので少し力ずくにはなるが、奈々を背中に背負って大空さんの車まで連れてった。

家に着き、大空さんに感謝をして車から出ようとした時、

「あ、そうそう」

と何かを思い出してように手を叩いて何かをこちらに差し出した。

見れば——、

「花びら…?」

真っ赤な綺麗な花びらがそこにはあった。

これが何か特別なもの何かと、それが分からない以上考えるしかないが、首を傾げる俺に大空さんは、

「律花ちゃんが大切に握っていたものなので、一応」

「そ、そうなんですね。分かりました。ありがとうございます」

「これからも、色々と家に行くと思いますが、その時はまたお願いしますね」

聞けば、これからも色々と現場検証やらなんやらで忙しくなるらしい。本当なら一刻も早く律花を空に送ってやりたいのだが…。

まあしょうがないのだろう。

「分かりました」

そう言い俺は車のドアを閉めた。

その後、俺はぐったりとしている奈々をベッドに寝かしつけた。今の奈々はまるで人形みたいで、熱の帯びていない目は見ていて心が痛かった。

「——」

冷蔵庫を開けて中を物色する俺は、酒を見つけてそれに手を伸ばした。

——だが再び手を引いた。

今すぐにでも酒で溺れてしまいたい。

現実逃避できるならしたい。奈々は寝室で律花は——。そんな家はもちろん静かだ。静かすぎる。その静寂がどうも俺は苦手らしく、耳が痛い。

聞こえるのは俺の呼吸と時計の音。

それさえ、うるさいと感じてしまい、俺の悲しみをこの静かさが最大限に煽っていた。

さっきは前を向くって言って、でもその後すぐに折れて、だけど大空さんに慰めてもらって、そして前を向いて、そしてまた——。

情けない男だな、俺。

本当は奈々に話しかけるべきなんだろう。一緒に悲しむべきなんだろう。でも、俺はそんなことできなかった。どう話しかければいいのか分からなかった。

情けない。そんな自分にうんざりする。

だから俺は酒の力を借りようとした。

それ含めて俺は最悪なやつだ。今後どうすればいいと言うのだ。奈々にどんな顔を見せればいいのだろうか——。

刹那、俺は玄関が開く音を耳にした。

だが疑問に思った。俺の親は今日は来れないと言い、奈々の親御さんも着くには早すぎる。そんな中、俺は嫌な予感がした。

急いで寝室に向かい、扉への配慮なんて忘れて勢いよく開けて——、

「奈々…」

そこには奈々の姿が無かった。

瞬間俺はパニックになった。

一番に考えたのは、考えてしまったのは失う恐怖だった。もう誰も失いたく無かった。

「奈々…!」

気が付けば俺は一目散に外を走っていた。靴もちゃんと履けておらず、踵が地面に擦れて痛い。小石が足裏にめり込む毎に激痛が走り。でも、そんなこと一瞬で忘れて奈々の顔が頭の中を掠めて。

どれくらい時間が経っただろうか。俺は目の前の光景に息を呑んだ。

「死ね…」

「死ね…」

呪詛のように言い続けて、花を踏み続ける人物を見て俺は釘付けになっていたのだ。だが、それなら恐怖で逃げるくらいだ。何が異様かといえば、その人物とは奈々であった。

俺はどう近づけばいいのか分からなかった。そして、近づいていいのかも分からなかった。

怖かったのだろうか?

そんな疑問が俺の頭の中を横切るが、俺は首を振った。でも、それでも、俺は怖かった。まるで奈々が奈々でなくなってしまったような、そんな恐怖を覚えた。

だから足が前に進まなかった。



「情けねぇな」

俺自身にこの数時間でここまで悲観的になった事は無かった。

「なんで話しかけれなかったんだ。最低だ。夫以前に人間として失格だ」

俺は見て見ぬふりをして家に帰ってきてしまった。大空さんに妻のことを大切にしろって言われたのに、よく見ておけと釘を刺されていたのに、俺は逃げてしまったんだ。

「なぁ律花…俺はどうすればいい?」

そして俺はもうこの世界には居ない愛娘に話しかけた。

もちろん答えが返ってくるわけない。

帰ってくるのは時計の針の音だ。

分かりきっていたことだが、やっぱり悲しい。

「——ッ」

俺は唇強く噛んだ。血が出るほどに。すると口の中に血の味が広がる。そして膝を思いっきり拳で——。

——チリーン。

俺の拳は膝に当たる一歩手前で止まった。それは玄関の開く音がしたからだ。

急いで玄関に向かった。

「奈々…」

そこには奈々の姿があった。

帰ってきてくれた安心感が俺の中で広がるが、それ以前に奈々の汚れた服と、さっき見た映像が重なって、うまく言葉が発せなかった。

「おかえり」

必死に絞り出した言葉、それがおかえりだった。

だが、それに反応することなく、奈々は寝室に向かってしまった。

やっぱり俺はダメだな——。



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