第18話

「朝早くにすいません。あの、大変申しにくいのですが、その、あの…娘さんが…」

その瞬間、俺の視界は真っ白になった。まだ電話の主は会話を終わっていない、でも、受話器を持つ手からは力が抜けてしまって。

まず今すべきことは何か。

それは一つ、奈々を起こすことだった。

現在時刻は午前四時。外は真っ暗で、誰一人として外には出ていない。

そんな中、俺は奈々の寝る寝室へと駆け込んだ。

「おい奈々!起きろ!」

「何よ…」

「律花が…俺たちの可愛いお姫様が…」

「——ッ!?」

すると、奈々は勢いよく起き上がった。寝起きの不機嫌な奈々とは思えないほどのニッコニコの笑顔で奈々は俺を見つめて、瞬きを一回、二回と。

「ほら早く行こう!」



それはウキウキで奈々と律花が家に帰ってきた日の事だった。

帰ってきて早々、律花は俺にお花お花と訳のわからない歌を聞かせてきた。その微笑ましい我が子の様子に釘付けになりながらも、俺は仕事を進めるためにパソコンと睨めっこを再開する。

だが、次の瞬間律花の可愛い歌声は止まり、

「あ、あたしペットボトル忘れちゃった」

「えぇーしょうがないなぁー」

するとそれを聞いていた奈々がちょっと行ってくると言い、玄関に走った。

ただ、そんな状態でおとなしくしていないのが律花という可愛いお姫様だ。

「あたしも行くー!!」

元気よく手をあげて言う律花に驚きながらも、俺は奈々に連れて行ってあげれば?と目で合図を送った。それに気づいた奈々は渋々律花の手を引いて行ったが、よく考えればそれが間違いだったのかもしれない。

帰ってきたのは1時間後だった。まだ外は薄暗い七時からもう八時になっていた。

だが様子がおかしい。そもそも一時間もかかるのだろうか。

不吉な予感を感じながらも俺は

「おかえり、遅かったね」

と出迎えた。

するとそこに居たのは、はぁはぁと息を荒くしている奈々の姿と——、

「あれ?律花は…?」

律花の姿がそこには無かった。

奈々の様子からも只事ではないと、鈍い俺でもわかるその状況に、ひとまず水を飲んで落ち着いてと奈々に促した。すると、奈々はその水を振り払ってこう言うのだった。

「律花が居なくなった!」

どうしよう、どうしよう。と慌てふためく奈々だが、それ以前に状況を掴めない俺は溢れたコップの水に服を濡らしながらその場に立っていた。

「と、取り敢えず警察に…」

だが、事の重大さに気付いた俺は奈々と共に近くの交番へ足を運んだ。

「え、えぇーつまり目を離したらいなくなっていたと」

「はい!そうです。だから探してください!まだ小さいんですよ。何かの事件に遭っているかもしれない…だから!」

「ま、まぁ落ち着いてください」

交番に入る、俺たちは現状を説明した。だが、警察の態度がどうも気に食わない。ずっとヘラヘラしていて、まぁまぁと事の重要性が解っていないような、そんな印象を受ける。

「取り敢えず捜索願いを…」

「分かりました」

と言っても、今頼れるのは警察しかいないのもまた事実であった。だから、ここはグッと我慢して警察の言われるがまま事を進めすしか無かった。

「——うーんと皐月律花さんで…こんな小さい子が…。血液型はA B型で肩くらいまである髪。いなくなったのは三十分前と…そして原因はわからないと…うーん」

被害届に書いた事を往復する警察官はそれをパソコンに淡々と打ち込んでいった。そして、

「データベースには無いね、そりゃそうか」

その瞬間、俺の中の何かがぷつんと切れた気がした。そして次の瞬間——。

「おいお前あまりふざけるなよ!」

俺は机を思いっきり叩いて、そう目の前の警察官に言った。警察官はそんな俺に驚きながらも、なんでしょうかと言いたげな目で俺を見てくる。

「こっちは真剣なんだよ」

「解ってますって」

ただ、警察官は変わらない態度でさっきと同じようにパソコンに淡々と打ち込んでいった。

だが、そんな事態が起きていることに気づかない人がいないわけもなく、交番の奥から白髪のおじさんが出てきた。そのおじさんはどうかしたでしょうかと、目の前の警察官とは打って変わる態度で接してくれた。それが当たり前とは言わないが、余裕のない今ではそっちの方が圧倒的に助かった。

「少し、態度がひどいんじゃありませんか?こっちは困っているんですよ」

それこそ、俺には余裕がない。もう少し優しい喋り方はできたかもしれないと、後になって反省はしたが、今ではこれが精一杯だった。

「おい坂谷何か失礼があったんじゃないか?」

すると、目の前の警察官の事を坂谷といったおじさんは、

「誠に失礼しました。私大空と言います」

自分の事を大空と自称したおじさん警察官は深々と頭を下げて、

「ほらお前も」

と坂谷さんにも促した。

——刹那。

「失礼があったのは認めましょう。だけど、それって本当に行方不明なんですか?」

「なっ…」

あまりの素っ頓狂な発言に思わず言葉を失う。また、それがどう言う思考回路でそうなったのか、俺には全く理解できなかった。

「坂谷!」

だが、その発言に一番に反応したのは、俺ではなく大空警察官だった。大きな声で、坂谷と名前を呼び、一括した後に坂谷さんの首根っこを掴んで無理やり頭を下げさせた。

「本当に失礼いたしました。こちらの教育不足です。どうお詫びしたらいいのやら」

「——」

どう反応していいか分からなかった俺は、その場で固まってしまった。

「じゃ。じゃあその腕はなんなんだよ!その顔のアザは…黙り込みやがって、D V

でもされてるんじゃねえの?」

その突然の発言に俺は会いた口が塞がらなかった。

もちろん俺が奈々に暴力なんて言語道断。と言うよりも、小学校以来女性を殴ったことは一度も無い。

奈々を見ると、確かに腕と顔にアザがあった。

確かに勘違いされてもいいような感じのアザだが…。それでも坂谷さんは非常識すぎる気もした。

「これは、さっき転んでしまって…」

「嘘だッ!」

「なんでそこまで…」

「——本当にすいませんでした!」

瞬間、凍りついた現場が大空さんの声で解凍された。

「こいつは再教育をします。なので不快なお気持ちされたと思いますので、もし治らないようでしたら、本部の方で私が、大空豊の責任だと言ってください」

突然言い出す大空さんには驚かされたが、そんな必死の大空さんの発言で俺は毒気を抜かれてしまった。

もちろん、さっきの坂谷さんの態度は許せたものではないが、大空さんを見ていると坂谷さんのことが可哀想になってきた。

「わ、分かりました。その代わり、」

「——」

「今すぐ律花を、俺たちの娘を探してほしいです」

「了解しました」

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