あなたと私とあの子

第17話

——お前が悪い。


——お前さえ無ければ。


——お前さえ…お前さえ…


——悪魔だ。


——汚い、私の視界から出ていけ。


——お前の…せいだ。


憎悪が滝のように溢れてきた。

自分でも驚くくらいに、永遠と出てくる憎悪を向ける相手は誰なのか?そんなもの分かりきっている。誰がなんと言おうと——、


——自分だ。


でも、それが嫌で悔しくて、泣きたくて。だから私は目の前にある物にぶつけてしまっている。

よく見れば綺麗な『花』だ。周りにも花はあるが、それを無いものにしてしまう程に、存在感あふれるその花は凛々しく、堂々としている——いいや、していた。

今では黒く汚れて、くすんだその花は根元から折れてしまっている。

だが、私は可哀想なんて微塵も思えなかった。むしろ、その逆でそれを見て少し、ほんの少しスッキリしてしまっていた。

今でも見える我が子の顔——律花の顔。

もういないはずの娘の匂いが、まだ私の周りを優しく包んでいる。それが非常に不快だった。

匂いと云う存在が、私を息する暇なく罵ってきて、今にも頭がおかしくなりそうだ。

落ち着くことなど無く、やりきれない思いのまま、私はその場所を後にするのだった。

「——おかえり」

玄関に入り、そこには春樹がいた。

一息置いてそう言う春樹の顔を私は見れないまま、靴を脱ぐ。そしてそのまま、無言で春樹の横を通り過ぎた。向かうは寝室だ。

寝たら変わるのかな?これは夢かな?

そんな希望が私の中で芽生えたからだった。

そんな私は、早く寝たいの一心で布団に潜った。まだ春は始まったばかりで寒い。だから私は、羽布団を頭までかぶって意識を落とした。


『——娘は…そうですか』


ふとそんな声で私は目が覚めた。

「ん…ふぁぁ〜」

大きなあくびをして、伸びをした。辺りを見渡し、手を大きく広げてその手を見た。

何も異常はなかった。

さて、何か私にはあったような…?

何か大事なところが抜けているような、そんな感覚に襲われながらも、いつも通りに部屋を出て——。

「あ…あ…あ〜〜」

何が起こったのだろうか。私の視界は一瞬にして黒くなった。そして、一瞬にして私の足の力が抜けてその場に倒れ込んだ。

貧血に似た感覚を感じながら、私は声にならない声をあげて、そして。

「大丈夫か!?」

瞬間、騒ぎを駆けつけた夫——春樹が私が倒れる直前で支えて助けてくれた。だが、そんんな春樹の気遣いに感謝を言える余裕なんて私にはなかった。

「律花…!律花…!」

居ない。居るはずの娘が居ない。

なんでだろう。なんでこんな大事なこと忘れていたんだろう。

嫌だ。ひとりにしないで。私から離れないで。

必死に懇願する私を嘲笑うかのように、線香の香りが私を包み込んだ。

そんな私を見かねた春樹は「お義父さん!」と何故か居るはずのない私の父を呼んだ。

それに駆けつけた父は、私の混乱した様子を見て慌てていた。

「ほら、水でも飲んで」

そう私に促すのは、これまた居るはずのない私の母だった。

放心状態の私が、必死の思いで聞き取れたのは私を心配する言葉だった。春樹からの電話で詳細を聞いた私の親は、急いで駆けつけてくれたらしく、髪もまだ整っていない。

今は、午前九時だ。外も明るくなり始めていた。

でも、我が家の空気は暗く、重かった。

その暗さを煽るかのように、漂って香る線香の嫌な匂い。そして静かな——静かすぎる

その場の空気に私は押しつぶされそうだった。

「奈々はさあ、朝ごはん何食べる?」

「——」

「奈々、仕事休みの連絡入れといたから」

「——」

「奈々はコーヒーに砂糖入れるっけ?」

「——」

何も聞こえないわけじゃない。話したくないわけでもない。

でも言葉が出ないんだ。

辛い。ただひたすらに辛い。

痛い。誰か私を殴って。

死ぬまで殴り続けて。

私が痛いって言っても、死ぬって言っても殴り続けて殺して。

今すぐにでも死にたい。

死にたい…。

死にたい…?

そうか死ねばいいんだ。

そうだよ、死ねばいいんだよ。

律花、待っててね。

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