他人
第4話
『ご覧ください!これが新一万円札です!』
そんな声であたしは意識が戻った。どういうわけか頭が痛く、そして何より寝心地が悪い。まるでお父さんの背中で寝ているみたいだ。
もうひとつ文句を言うのであれば周りがうるさい。外にいるみたいだ。だが、そんなことは無いはずだ。なぜなら、ここは地獄なはず。あたしのせいでお母さんとお父さんに悲しい思いをさせてしまって。その罪償いをあたしは地獄で何十回何千回何万回と痛い思いで償わなければいけないのだ。だから此処はもう——。
『そして肝心の人物は…』
「——はッ!」
目を開けた。だが、そこは知らない場所だった。そして予想していたところでは無かった。もっと赤く、血が散乱しているようなところを想像していたあたしは拍子抜けだった。いや、勿論想像していた地獄は嫌だけれども、来るなら一回で来てほしい。
そして律花はキョロキョロと——、
ん?これはなんだ?
お腹が痒くなり手を伸ばすと、上手く手が当てられない。そして視線を下に向けると『なにか』があった。凹凸のない自分の体に二つのこぶの様な物があり、だがそれは固くなく柔らかい。何かと弄っていると、
「おはよう律花ちゃん」
「え…?」
自分の名前を呼ばれその方向を見ると——、
「おはよう」
悪戯な笑みを浮かべながらこちらを見る少年、麗が居た。相変わらず麗は白く周りから見れば完全に異様そのものだ。だが、周りは見向きもせずに通り過ぎていく。
というか、此処はどこなんだ。
律花は困惑を極めていた。見渡せば人がたくさんいて、演説をしている人や友達と話している人。とにかく色々な人がごまんといる。律花が起きた場所は木の下の石のベンチで隣にはおばあさんが座っていた。だが、律花には声もかけずに携帯をいじっている。
まるで自分の存在がこの世からなくなったかのような、そんな孤独感を覚えてしまう。事実、律花は死んでいると思っているため間違ってはないが、それでもこの場所にいるという事は——。
「無駄だよ」
あたしが隣にいるおばあさんに声を掛けようと、手を伸ばした瞬間、麗のそんな声があたしの動きを止めた。だが、そんないきなり言われても意識は止まっても動くが止まる事はなく、そのままおばあさんへと——、
「虫かしら?」
おばあさんの腕に律花の手が触れたと同時に、おばあさんはその手を『虫』と言って薙ぎ払った。
「え…?」
あたしは困惑した。あたしは此処にいるのに、その存在を認められていない様だった。挙句の果てには虫と呼ばれて。悲しかった。あたしの存在を否定された気がした。
そもそも、今は何なのか。地獄に行くと覚悟を決めて目が覚めれば此処に居た。そしてこの胸元の違和感と動きにくさ。何もかもが嫌になりそうだ。本当に此処は地獄なのか。
「そうさ。此処は紛れもない地獄」
すると麗が心を読んだ様に言った。そして「だけど」と前置きをして再び話を続ける。
「地獄は地獄でも『君にとって』の地獄だよ」
「あたしにとっての…?」
どう云うことなのだろうか。地獄は一つじゃないと云うことなのか。それとも地獄は個人個人であるのか。だが、それ以前に本当に此処は地獄なのか。あたしの事を虫と言っても多少は傷つくが、それであたしの起こした悪行はチャラになるとは到底思えなかった。
「まぁ、後にわかるさ」
「——」
「取り敢えずある場所に向かおう」
すると麗はあたしの手を引き——あたしは息を呑んだ。言葉が何も出ないとはこの事だと思った。
「ねぇ、麗。背縮んだ?」
あたしは麗よりも背が高くなっていた。それは麗を見下ろせるほどにもなっていて。だが、そんなこと考えられなかった。だからあたしは麗の背が縮んだんでは無いかと疑問に持った。
「それも含めて後でね」
すると、麗は歩く速度を早めて——。
「ふわぁぁぁぁぁ!」
ふわりとあたしの体は宙に浮いた。
「ね、ねぇねぇねぇ…!」
あたしは必死に麗に訴えかけていた。下を見れば街が広がっていた。そう、あたしは今空を飛んでいるのだ。どう云う原理なのか全く検討もつかない。それ以前にどう云う状況かも理解できない。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ!」
麗の手に必死にしがみついている、あたしに対して麗は呑気に聞いてくる。今にも落ちそうなあたしはそう短く返すが、落ちそうで凄く怖い。
「ねぇ、落ちるよぉ〜!」
「大丈夫だよ」
「だいじょばないよ!」
「……えいっ」
何を麗が思ったのか、いきなりあたしを引き剥がすように、体を大きく動かした。それに対しあたしは落とされないように、泣きそうになりながら、いや泣いていたかもしれないが必死に手にしがみつくが——、
「あぁぁぁぁぁ!」
一瞬、何が起こったのか分からなかった。あたしが見えている景色が大きく変わり、次にあたしは重力に沿う様に下へ落ちていった。その瞬間に走馬灯のようなものは見えず、何も考えられない虚無の時間が続いた。それと同時にこれで終われると、不思議と安堵感すら覚えてしまい——。
「え…?」
地面との距離やく十メートルと、そこそこ近い距離であたしの体は止まっていた。ふわりと柔らかい絨毯がそこに敷いてあるみたいに、あたしの体は空気に支えられていた。困惑するあたしを上から何やら笑う声がした。上を見れば、
「あははは!」
文字通り腹を抱えて笑う白い少年、麗があたしを見ていた。
「ね、ねぇ!これどう云う事なの!」
「律花はもう死んでいるんだ。だから例え地面に衝突しても『死ぬほど痛い』くらいで死にはしないよ」
「死ぬほど痛いって…それは嫌だな」
死ぬほど痛いとはどう云う事なのだろうか。それをあたしはまだ体験した事ないが、体験はしたくない。それでも、不思議なものだ。まるで空気があたしを支えてくれるようにしている。
「ほら行くよ」
そう言う麗だが、何を言っているんだこの少年は。あたしは麗よりも下に居る。そんな高い所行けるわけ無いじゃないか。
「あたし飛べないよ!」
まだ分からないことだらけだが、麗が神的な何かだと言う事は予想ができた。それならば麗が飛べる、それは考えれば当たり前のことだ。だが、あたしはどうなのだろうか。神でもなければ、生前にすごい善を積んでいる訳でもない。あくまでもただの死人なのである。
「うーん、じゃあ飛ぼうよ」
「はぁ?」
麗から帰ってきた返答、それは意味の分からない事だった。だが麗はあたしに考える余地を与えずに指示をしてきた。それにあたしは従うことしか出来ずにいた。
「目を瞑って、想像するんだ」
「——」
あたしは言われた通りに目を瞑った。街の音が小さいながら聞こえてきた。近くに犬がいるのだろうか?鳴き声が聞こえる。近くで安売りでもやっているのだろうか?客を呼び込む声が聞こえる。
「次に自分が飛ぶことを考えるんだ。羽でもなんでもいい。飛ぶことに関する事を自分と重ねて想像するんだ」
「——」
自分の姿を思い浮かべてあたしが想像したのは大きく白く、綺麗な羽だった。一度羽ばたけばその風でみんなを幸せにできるような、そんな優しさに溢れかえった羽。それを自分に重ね合わせて——、
「——ッ!」
瞬間、あたしを熱が包んだ。だが、その熱は熱くはなく暖かい光だった。まるでお母さんに包まれている様な、そんな心安らぐものだった。
そして私は目を開けた。
——光が私を包んでいた。
眩しい光だ。それにあたしは困惑したが、すぐに受け入れることが出来た。不思議な感覚だった。まるで元々私の中にあった、潜性の能力が今解き放たれたように、自分にピッタリと当てはまったその形が、あたしはこの一瞬で好きになった。
「ね、ねぇ麗…!見て!凄いよ!」
「うん。すごく綺麗だ。まるで女神だ」
「そ、そうかな…えへへ」
背中にある『それ』はあたしは目視出来ない。だが、凄いことは自分でも分かった。何より麗のその言葉は嘘偽りなど感じられなかった。心からの感想に見えた。
そしてあたしは——、
——ファサァァァ!
静かな羽音を立てながら麗を追いかけた。
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