渇望

悪本不真面目(アクモトフマジメ)

第1話

 渇望している。どうしようもなく乾く。喉だけでなく皮膚や臓器や骨や肉、血も含めて。僕はなんとかしないといけないと考えた。細い腕がうずき出す。しかし目ぼしい奴がいない。それにやるとしても扱いに気をつけないといけない。前回の二の舞はごめんだ。前回は手に入れたと同時に落として割れてしまったのだ。あの時の僕はなんと惨めなことだろうか。膝から崩れ出ない涙を流した。空涙とでもいうのだろうか。えずいてむせび空泣いた。あんな思いはごめんだ。せっかくやったんだから、やったんならちゃんと目的を果たさなければ意味がない。ふらふらする。倒れそうだ。諦められれば楽なのだろう。知っているともこんな渇望なんて思い込みなことくらい。しかし諦めきれない。


都合よく腹が減ってくれた。こういう渇望している時は別のもので満たすとごまかせる。僕はごまかすために牛丼屋へ入っていった。カウンターに座ると、後ろのテーブル席にいるカップルが目に入った。何やら幸せそうだ。

「はいレン君あーん」

「おい、恥ずかしいよ。でもあーん」

「美味しい?」

「うん美味しいな」

「紅ショウガもあーん」

「おいおい多すぎるだろ!」

「私のこと嫌いなのかな?」

「もう、分かったよ。あーん」

「どう美味しい?」

「酸っぺっ!」

「ねぇ?」

「なんだよ?」

「キスして?」

「お前店の中だぞ!」

「してよ」

「家帰ったらしてやるよ。ここでやったら俺たちバカップルみてぇだろ?」

「そうね私たちはバカップルなんかじゃないものね。良識あるカップルだもの」

僕は注文された牛丼大盛にたっぷり紅ショウガをかけ急いで食べた。あっという間に食べ終わるとポッケに入れたピンク色のグローブをはめた。ピンクが似合わないのは知っているが、これでないとダメなんだから仕方がない。僕はカップルが食べ終わって会計し帰る様子を見届けた。少し後になってとっくに食べ終わった僕の会計をすまし、彼らの後を追いかける。


カップルは簡単に見つかった。手を繋いでいる、やはり僕の目に狂いはなかった。後をしばらくつける。これでようやく渇望から救われる。今度のはどれだけ持つのだろうか。舌なめずりをしてドキドキしていた。鼓動の速さはあせりが生じると思うかもしれないが、僕にとっては逆だった。心地が良い。ドキドキできるんだと安心する。


ひそひそと女の方が男にひそひそと耳打ちをする。僕のことに気がついたわけではない。そんな暇はあのカップルにはないはずだ。何せあの二人は今ドキドキしているんだから。ドキドキで忙しいはずだ。


女が男の手を引く形で中華屋とクリーニング屋の間の路地裏の方へ入っていった。これは僕にとって好都合だ人に目が点かなくことを始められる。ピンクのグローブをはめた手をグーパーと繰り返し準備運動をした。路地裏の方へ行くと女から積極的にキスをしていた。家までもたなかったらしい。女はとろけて目を瞑っていた。男の方は背中を向けている。今このカップルは二人だけと思っているだろう。しかし本当はそこにピンクのグローブをはめた僕もいる。


後頭部がねらい目だったので、思いっきり後頭部を右手で殴った。細い腕だが、この時の僕は潜在能力が引き出されていた。

「あっ!?誰だ!?」

男は手で頭を押さえ振り返ろうとしたが、僕はすかさずしゃがみがら空きの腹をこれも右手で殴った。

「うっ!」

男は今度は腹を抑えた。

「な、なんなのよ!?」

女は僕が男を殴った拍子に男の歯が唇に当たって血を出していたので、口を手で押さえていた。僕は男に隙を与えないように殴り続けた。部位はどこでもいい。顔面も右左と殴る。男の頬骨の固さが気持ちよかった。リズミカルに殴ってそれなりに楽しいがそうじゃない。


「ふふふ」

僕はドキドキしていた。さっきよりも鼓動が速い。目的地に近づいている。いい調子だ。渇望をしている、渇望が刺激的と感じる。渇望よもうすぐだと感じる。男はボロボロだ。ざまあみろとは思わなかった。ただ人を殴ると言う行為が楽しいのは認める。それは別に彼である必要はない。そう彼である必要は別にあるんだ。


鎖骨の固さを楽しんでいる中、気持ちに余裕が出来女の方を見てみた。

女は体を丸くして目をそむけていた。自己防衛しているようだ。アルマジロがやるようなことと同じなのだろうか。もし僕がその立場なら警察に連絡をするとかをする。さっきまで浮かれていたから、まだ地に足がつけてないのだろう。ただ警察を呼ぼうがどうでもいい。ただ警察が来るまでは手に入れたい。


中々出てこないので殴り方を少し変えてみた。パンチするときの引きを速くしてみた。それは何かを奪う行為を意味していて理に適っているように思えた。男の顔はパンパンに腫れている。よだれもダラダラ出ている。よく見ると歯に紅ショウガが挟まっている。さっきまでの女なら、よだれや紅ショウガを飲んだり食べたりしそうだが、今はそんな気分でもないだろう。女の方はさっきの牛丼を吐いているみたいだった。


何がきっかけだったかは分からないが、特にこれといった印象のない一撃が決めてだった。男の体から大きい大きいハートが出てきた。大きいのでつっかえていた。僕はそれを掴み引っ張ったがうまく取り出せず。出てくるまで男を適当になぐった。これは単純作業で楽しくはなかった。


「ハァハァハァ」

渇望が襲い掛かる。

「うぉりゃあ!!」

その一撃は情けないことに男の左肩をかすめただけだった。しかしそれでポロンとハートが出てきた。僕はそれを大事そうに両手で受け止め。男や女を置き去りにして去った。


 路地裏を出てから1,2分のところまで歩いた。おそらく僕はまた刑務所に入れられるだろう。その前にこれを飲まなければいけない。僕は手袋を外しポッケにグチャグチャに入れた。肌でこのハートを感じたかった。意外にも輝いてはいなく、紫っぽい。人によるのだろう。前は赤かった。触ると温かい、いや熱い。炬燵みたいな熱さだった。ツルツルしていて気持ちがいい。いつまでも触れる。低音火傷しそうではあるが。僕はこれを急いで飲もうと口を大きく開けハートを頬張る。大きい。またハートの形は丸とは違って飲み込みづらい。僕は口の中で唾液で少しずつ溶かしてみる。溶けていくハートが熱い。口の中が低音マグマを流し込まれたような気分だ。胃も熱いやけどしそうだ。だが全部飲むんだ。そうしないといけない。渇望しているんだから。まだまだ大きく飲み込めそうない。ゆっくり溶かし、口内や胃がただれようとも全て飲み込むんだ。渇望が何より大事だ。渇望に従え。肉体のために僕は生きているんじゃない。


 ドンとぶつかった。その拍子に口からのハートが全部吐き出てしまった。そしてあっけなく、アスファルトに落ち割れた。

「あっ!」

「おい、邪魔だよ!こんなところにいたら」

サラリーマンの忙しくしていることが仕事の男がぶつかってきた。コイツのせいだ。コイツの。渇望が恨みへと変わる。僕は正統的に男を殴った。男の眼鏡が吹っ飛び割れた。

「き、君何をする!メガネが割れたじゃないか!」

一緒じゃない。何を。そっちからなのだ。こっちの方が死活問題。いやどうでもいい。いやどうでもよくない。僕はサラリーマンを殴り続けた。素手で殴るのは初めてだ。気分のいいものではない。何も得られない暴力程虚しいものはないと知った。なにせドキドキさせてくれなく、生きている実感を忘れそうになるんだ。


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渇望 悪本不真面目(アクモトフマジメ) @saikindou0615

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