第一章 運命ってなんだろう 第3話

2024年9月AM8:00

次の日、またいつものように電車に乗る。今日は少しだけ起きるのが遅くなってしまったので、いつもとは違う電車に乗る。いつもと違う電車にはいつもと違うサラリーマン。なんだか少しだけいつもとは違う気分になり、なんだか嬉しくなった。

AM8:40

【次は水花橋、水花橋、、、】

AM9:20

【本日はご乗車いただきありがとうございます。次は終点川音(かわね)、川音、、、】

僕は駅員に揺すられ、夢から覚める。

「、、すみません。ありがとうございます。」

ホームに降りると、そこに広がるのは知らない街並み。物静かで辺りは低地ばかり。草木が生い茂り、奥には田畑と山の影。

「え??え、、??」

困惑しながら駅のホームを見渡す。そこにあるのは川音の字。

やらかしてしまった。大学を休んだことがない僕は、。いつも教授の目の前で講義を受ける僕は、。

この一瞬でこれまでのやって来たことが壊れて来たような気がした。おもむろに携帯を取り出し、母親に連絡する。寝過ごしてしまって大学を飛んでしまったこと。謝罪のLIMEを送った。

だが母親から帰って来たのは「よかったじゃん」の一言。

「????え?」

どうしてだ?いつも大学のことを聞いてくる母親が何故か大学をサボった息子を叱らない。訳がわからない。

反対ホームから電車が待っている。これに乗れば学校に行くことはできる。改札を出て、反対ホームに向かう。だけど少しだけ今日は魔が刺した。だから今日だけ電車キャンセル。この知らない街を知りたいと思った。初めてのサボり。なんだか悪い人になってしまった気分だ。今日帰ったら親に謝ろう。だから行って来ます。


街を歩くと、驚くほどに何もない。周りは田んぼ。農家の人たちが稲を刈っている。もうそんな時期か。街の匂いは新米の香りに染まる。青臭いのか、それとも私の知る米の匂いか。表現し難いが、なんだか懐かしさを覚えるような匂いがする。お腹が減って来たな。

「お兄ちゃんここで何してるんだい?」

腰の曲がったおばあさんに話しかけられる。

「電車で寝過ごしてしまって。大学をサボってしまいました。」

なんだか、怒られているような返事をしてしまった。

「そうかそうか、もし暇なら稲刈り手伝ってくれねえか。腰が悪くて少し大変でなー。」

想像もつかないことを言われ少し動揺したが、

「是非!やらせてください!」

興味があった。やりたいと思っていた。その機会が偶然的に回って来た。いつもならそっけない僕。だけどなんだか今日は目を輝かせる少年のようになっていた。


おばあちゃんに教えられながら、コンバインの使い方を知る。免許をとっていてよかったと素直に思う。こんなところで活かせるのかと。操作自体は簡単であったがなんだかコツがいるそうでおばあちゃんは全身を使いながら教えてくれた。


2時間ほど手伝ってあたりの稲刈りが終わった。9月の残暑は運動のしない僕には響き、もうヘトヘトだ。体は泥だらけでおなかもペコペコ。

「ありがとうね、この米でご飯食べていきんしゃい。」

激熱イベントが舞い降りた。現実に起きないような漫画の世界の出来事が今日はバーゲンセールのごとく降り注ぐ。

「是非!食べたいです!」


たらふく食わせていただけた。動けないほどに。。

「またいつでもおいでなあ」

「もちろんです!!」

外に出るともう夕日が沈もうとしていた。僕にとっての初めての一日。何もかもが新鮮だった。今日のことを親に話したい。早く帰ろう。


【次は星海丘、星海丘、、、】

隣に座るのは君。どうしてこうなった。気づいたのは2駅前。今日の疲れでうとうと寝ていた僕が目を覚ますと隣には君が座っている。君からはいつもと同じ菫のにおいがする。透き通った髪といつまでも見続けていたい横顔の君が僕の隣にいる。話しかける必要もないしただ隣に座っただけ。だけど夢文学少年の敦也君は運命を感じるんだよ。あなたを知って2か月。しゃべったこともない。ただ電車でたまに見かけるだけなのに。

そんなことを思っていると電車の扉が閉じる。

だけどどうしてだろう。隣には君がいる。

『あれ、さっき星海丘って、、』

こういう時、かっこいい男は何を考えるのかな。彼女に対してできることは何だろう。

【次は草加之宮(そうかのみや)、草加之宮、、、、】

最寄りについた。君とともに。僕は降りることができなかった。君といたい。なんだか気持ち悪いよな。そう思いながら君と隣に居座る僕。


君は何かを悟ったように起きる。

【次は菖蒲坂(しょうぶざか)、菖蒲坂、、、】

僕の肩から飛び起きる君。

すべての絶望を詰めたような顔をする君を横目で気づかれないように見つめる。君は焦りながら降りるのかな。そんなことを思いながら僕も親に「また寝過ごしちゃった」のLIME。

だけど君は僕の方を見つめている。

「ここは、、どこですか。。」

少しだけ泣きそうになっている君が僕の瞳に映る。かわいいな。悪魔な僕はそんなことを思ってしまう。

「終点の一個前らしいです。僕も乗り過ごしてしまって。」

そんな見え見えな嘘をつくと君は飛び上がるように、表情がポンっと明るく変わる。

「そうなんですか!私も寝過ごしてしまって。」

知っているよ。君の頭が僕の肩を温めてくれていたんだ。汗のにおいを気にして気が気でない僕がずっといたんだよ。

「戻りましょうか。」

僕たちは反対ホームに向かう。君はスマホの画面と戦っている。誰かと連絡でもしているのかな。

「さっきの嘘ですか?」

君は急にそんなことを言ってくる。

「いや、いやいやそんなことないです!」

君はクシャっと笑う。

「わかりやすいですね、私のためにですか?」

そんなことを言われてしまったらなんて返せばいいんだよ。僕の辞書には君に返す言葉は載っていない。

「すみませんでした。気持ち悪いですよね。」

「そうじゃないんです。とてもうれしくて。」

君は焦ったように僕のことを味方してくれる。よかったんだ。君は僕のことを認めてくれるように隣に来て話しかけてくれる。

「お名前なんですか?」

そんな会話は僕の最寄りまで続いた。

【まもなくドアが閉まりますご注意ください。】

「そういえば、敦也さんの最寄りってどこなんですか。」

君は疑問そうに聞いてくる。

「実は今のところなんです。」

君は驚きを隠せないように聞いてくる。

「どうして降りなかったんですか!?」

君ともっと話したかった。ただそれだけだけどとっさについた嘘が僕と君を結び付けたのかな。

「また乗り過ごしてしまいました。」


【次は星海丘、星海丘、、、】

「着いちゃいましたね。今日はありがとうございました。これ私のLIMEです。またお話してほしいです。」

僕はホームで君のLIMEをもらう。「yuri」

改札まで見送って反対ホームの階段を駆け上がる。僕は今どんな顔をしているのだろう。うれしくて気持ちが悪くなってしまっている気がする。毎日乗る赤色に染まった電車は僕の燃え上がった恋心を表しているようだ。

「一件の新着LIMEがあります」

君からの通知。沢山の話ができた。大学の違う君。だけど同い年の君。誕生日が同じ君。ENFJの君。長女の君。スタバで働く君。

「足立優梨(あだちゆり)、、」

ぼそっと口に出してしまった。

「こちらこそありがとうございました。楽しかったです!」

今日は不思議な一日だった。だけど一つ言えるのは最高の一日だった。駐輪場までの道は羽が生えたようにスキップで帰る。君のことを知ることができた。さえない僕と君との出会いの物語。これからどんな色が描かれていくのかな。今はまだ赤一色。

「おやすみ!」

スマホを閉じて夢を見よう。明日はどんな日が始まるのかな。

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