勇者のアドバイスはどのくらい本当?
勇者の強烈な蹴りを受けてなお、岩石の魔物は立ち上がる。
或いは、勇者が手加減したのだろうか。
私の稽古だから、私が倒さねば意味がないと。
何にせよ、私は再び武器を握りしめる。
今度は、手に馴染んだ鉄の斧を。
「行きます」
稲妻切りを併用した突進で、巨体に向かって駆け出す。
『…………!』
岩石パンチの威力はもちろん、それに伴う衝撃波も身体が覚えている。
一回り大きくパンチを回避。
ついでに辺りを見回し、ハンマーを落とした位置を確認。
魔物の横に移動したら、斧の先端を相手に向ける。
この世界で初めて、対魔物に使う技。
「__【電磁砲】!」
斧の先端から、電気を帯びた弾丸が飛んでいく。
電磁砲。
以前どこかで頭をよぎった雷魔法。
使用者の活力エネルギーを固形化し、電気を纏わせて相手にぶつける技。
活力エネルギーというのは……自分でも正直よく分からない。
使用時にMPが減るし、実際疲れるし、私の元気か何かだろう。
光を放ち、自転車くらいの速度で進む電磁砲。
魔物の身体に当たると、パチパチと音を立てて放電する。
「え、遅っそ。威力低っ」
「聞こえてますよ、勇者様」
そう。これこそが実戦で電磁砲を使わない理由。
軌道が読まれやすい、弾速が遅い、当たっても大したダメージにならない。
稲妻切りという万能技がある以上、電磁砲は要らない子だったのだ。
だが、こうして使う機会が巡ってきた。
技はいくつ覚えてても損しないな、としみじみ思う。
「もう一発!」
魔物がこちらへ向く前に、さらに一発。
的は大きく鈍い、なので避けられる心配はない。
魔物の身体に電流が流れ、ポロポロと岩石の欠片が落ちる。
目立ったダメージは無いが、『これでいい』。
『…………』
正面に私を捉え、岩石パンチを繰り出す魔物。
それをジャンプで避け、魔物の上に立つ。
「そりゃっ!」
斧を斜めに下に立て、ゼロ距離で電磁砲を撃つ。
すぐに魔物から降り、空中でさらに一発。
魔物の巨体が、微かに帯電し始めたように見えた。
「先は長い、けど」
目に見える変化がある分、物理で攻めてた時よりずっと楽だ。
魔物の正面に立たないよう意識しつつ、私は攻撃を続ける。
私が電磁砲を放つ度、魔物の身体から岩石が欠けていく。
明確な変化があったのは、八発目を撃ち込んだ時だった。
『____!』
「おお、やるな」
バチバチ、と魔物の身体が軽く放電する。
その衝撃で、柔らかい岩石がボロボロ落ちる。
「まだダメージは無い、けど」
ボルトゴールドを包み込んでいた茶色の部分が落ち、魔物の身体は一回り小さくなっていた。
それでも巨体なのは変わらないし、繰り出されるパンチの威力は凄まじい。
だが。
「形が歪になったね」
私は斧を手放し、稲妻切りでハンマーを回収する。
この山で初めて対峙した、鉄鉱石の魔物。
ヤツは私の稲妻切りを受けた時、帯電し身体を崩壊させていた。
そして勇者の言葉。
『炎や雷の魔法を受けると、鉱石の中に衝撃を溜め込む』
小さな魔物相手に使うと、速度の上昇と攻撃の当てにくさを招く特徴。
だが巨体相手なら、メリットのほうが多い。
魔物をコーティングしていた岩が剥がれ、隠されていたヒビが露出する。
最も大きなヒビ割れは、魔物の頭上左側。
稲妻切りで飛び乗り、ハンマーを振り降ろす。
『____』
ガキィ! と衝撃を吸収する音。
「よし」
それから、微かな手応え。
反撃が来る前に飛び降り、正面にあったヒビに稲妻切り。
どちらのヒビも、攻撃前よりずっと大きくなる。
その後も攻撃を続け、各所のヒビを大きくしていく。
魔物も焦るのだろうか、心なしか攻撃の頻度が上がった気がする。
「ま、私の速度には追い付いてないけど!」
早くなったとはいえ、魔物の速度は大したことがない。
最初に攻撃したところへ向かい、ハンマーをスイング。
ガキン! と、指が入るくらいヒビが広がる。
「よし、これなら!」
ハンマーを正面に構え直し、真上にジャンプ。
振り上げた武器の先端から、強い衝撃が伝わる。
「食らえ! 落雷切りっ!!」
エネルギーの籠ったそれを、今度は確証を持って、魔物の弱点へ叩きつける。
ガキィ! バラバラバラと、全体の二割くらいが魔物から崩れ落ちる。
「決まった!」
攻撃を受けた衝撃に加え、いきなり体重の比率が変わったことで転倒する魔物。
その間に、私の身体は反動から立て直す。
「まだ私のターンは終わってないっ!」
すぐさま稲妻切りで追い討ち。
一、二、三回と殴り、四回目の攻撃でまた身体を破壊する。
『____!』
「よし、また小さくなった!」
一度その巨体を崩せば、あとは脆い。
パンチを回避し、頭上に一発。
腕の付け根を崩し、側面に一発。
立ち上がろうとした足を殴り、倒れたところに一発。
殴るごとに魔物を掘削していき、身体を拾わせる時間を与えない。
しかも、私が攻撃する時は『稲妻切り』を使う。
雷を込めた一撃を毎回放つため__
バチバチバチィ、と再び放電する魔物。
『____!』
「ふふん、これも狙ってたんだよね!」
既にボロボロだった箇所は自壊し、新たな場所にヒビが入る。
完全にこちらのペースだ。
「そろそろ、終わりが見えてきた!」
怯んでいる魔物の股下をくぐり抜け、正面へアッパーのように武器を振り上げる。
その時、面白いことが起きた。
バカン! という気持ちいい音と共に、魔物が二つに割れた。
「うわぁっ!?」
流石に予想外だったので一瞬戸惑ったが、すぐ冷静になって観察する。
私から向かって左側の岩に、スライムが移動しているのが分かった。
「あれって、もしかして」
金色の断面にポコリと、ニキビのような赤黒い球体が引っ付いている。
そこへ向かって、どんどん集まっていくスライム。
まるで、最低限の防御を固めるかのように。
「それはもう……弱点だって言ってるのと、同じだぁっ!」
大地を強く蹴りあげ、跳躍する。
「落雷、切りぃっ!」
スライム程度の防壁では守りきれない威力で、力任せにそれを叩いた。
ガラスが割れるような、バリンという感覚。
続けて、周りのスライムがジュウウと音を立てて蒸発していく。
「……終わった」
あの巨大な魔物を、ほぼ私の身体一つで。
実感が沸くと同時に、全身から力が抜ける。
「おぉっと!」
「……勇者様」
少し離れたところにいたはずの勇者様が、私の背中を支える。
なるほど、モテるわけだ。
「気遣い感謝します。でも、膝から崩れ落ちるくらいは許してください」
「ふっ、つれない態度だ」
勇者の手も借りつつ、その場に座り込む。
辺りに転がるボルトゴールド塊が、私を称えるように光を反射している。
「……っていうか、あれ?」
そこまで考えて、まだ恐ろしい仕事が残っていることに気付く。
「勇者様。これ、ぜんぶ持って帰らないといけないのですか?」
「ははは! そうだ、気付いたか」
もう日が沈み始めている今から、この量の鉱石を運搬するのか。
気が遠くなる。
もういっそ、ボルトゴールドは置いて帰りたい。
でもそうすると、また今日みたいな苦労をするために__
「そろそろか」
私が絶望している横で、勇者が空を見上げて呟く。
何のことかと思っていると、どこかから足音が聞こえてきた。
こちらへ向かってきていたのは、今日で二回目の顔。
「やあ、勇者様とメイドさん」
「オーマさん?」
リュックを背負い、手押し車を運ぶオーマ。
細い身体のシルエットに似つかわしくない大荷物だが、意外とオーマ本人に疲れた様子は見られない。
「はい、依頼されていた物資と車」
「オーマさん一人でこの量を?」
「あはは、感謝してよね。この手押し車はその辺に放置されてたやつだけど」
「事前に依頼しておいたんだ。鉄鉱石の運搬が大変だし、ルナも疲れてるだろうからな」
リュックに入っていたのは、水筒、タオル、麻袋、そして傷薬。
今の私に必要なものばかりだ。
「ちゃんとお金も受け取ってるからね。僕も多少は協力するよ」
「お金……勇者様から?」
「これを受け取ってるんだし、多少はな」
懐から記録の宝珠を取り出し、私に笑いかける。
そういえば、私はシエル様のスパイをしているという『テイ』なんだった。
少しだけ、勇者に罪悪感が湧く。
「ところで……ルナ、疲れてるだろ? 街に戻ったら銭湯にでも」
「帰るまでが稽古です、行きましょう!」
勇者の話を最後まで聞かないよう、力を振り絞って立ち上がる。
岩魔神、討伐完了。
この経験が、シエル様の元で活きることになる……と、思いたい。
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