第4話 ブレーキ音は鳴らないまま何処までも

 幸叶にB《ブロウ》・P《パファー》ごうを案内してもらえるらしく、朝早くに起こされたオレは渋々身支度を整える。


 外は曇り空が続き、鬱屈した気持ちが表れているようだ。


 幸叶と祖母が居間に料理を運んで、家族と共に食事を摂る。


 ぎこちなさは未だに抜けていないが、悪ガキだった親父の話を聞けて少し嬉しくなった。


 街の海岸から少し離れた所。海に浮かんでいるドーム状の施設。斜方型の骨組みが太陽の光を反射し、人類が作ったとは到底思えない巨大な都市が海上に存在していた。


 近づけば近づくほど建物の大きさを実感し、青と白を基調とした塗装が空と海の色に溶け込んでいた。


河豚フグみたいでしょ」


 幸叶は運転席で自慢げに笑った。


「遠目から見ればそうかもね。でも本当に船なのか? 規模がデカすぎて航海するようには思えないんだけど」


「理論上動けるって話だから実際に航海したことは一度もないよ」


「マジかよ……」


電力エネルギー不足だからね。実態は、戦艦、漁船、貨物船、クルーズ船なんかを詰め込んだ浮かぶ泊地だよ。海を愛する元たちの泊まり場。空港基地なんかもあるよ」


「もう最終兵器かなにかでしょ」


 可動橋を渡り、波音と潮の香りが一杯に広がる。橋の上には潮風に晒された通信アンテナが林立していた。


 駐車場に車を停めて足をつけると、少し揺れているような感覚を覚える。


「どう? 凄いでしょ?」


 幸叶は仁王立ちしながらドヤ顔を晒していた。


「なんでそんなに偉そうなんだよ……」


「実際偉いからね」 


 幸叶に連れられて施設の中を歩く。


海上都市ここではどんな立場なんだ?」


「創設者の孫だからここの地主みたいなものかな」


「それでよくオレに奢ってもらってたな」


 呆れていると、幸叶はバツの悪そうな顔で口を尖らせる。


「別にいいじゃない。なんだか身内って感じがして」


「うーん。そうなのか……?」


 身内の証拠と言えなくもないが、オレは出会ったときから奢っていた気がするぞ。まぁあれは進んで始めたことだけどさ。


 オレたちはエレベーターに登って一階の庭園エントランスホールに出る。


 真っ先に目に付くのは大型ショッピングモールのような建物。海鮮料理を楽しめるレストランなどが並ぶ多種多様な売店や海沿いにはクーレーンのついた船舶工場が見えた。


 小一時間ほど歩き回ってふと地図を眺めたのだが、まだ全体の十分の一も見れていなかった。そこには会社名の組織や団体の場所も表示されており唯の観光施設でないことがわかる。


「この前海の調査を誘ってきてたけど、それはなんなんだ?」


「興味あるの?」


 幸叶は少し嬉しそうに目を大きく開いた。


「あるけど……そもそも調査員について教えてくれるんだろ?」


 そう言うと、幸叶はあからさまにテンションを下げる。


「そう、だったね……えっと調査員が主に二つに分類されるのは知ってる?」


「知らん」


「調査員は自営業と経営業に分かれているの。私たちの父は徒党を組んでいたけど自営業に分類されるかな。経営業は会社の方針のために調査をする人のこと。例えば海産物を扱う会社なら産業水域を広げるためにその海域に生息する生物を調べたりする。医薬品なんかはあるもの採取をさせたり、栽培環境の調査をしたりする」


「つまり会社に組みしているかどうかってこと?」


「そうだよ。経営業は社のサポートや研修を受けられるけど方針がある。自営業はその逆。ただ、行方不明者数は圧倒的に自営業の方が多い」


「組みした方がいいってことか。ここにその会社があるのか?」


「海域調査エイプリル。船を走らせて海の流れや地形、生態系を調べて産業水域を広げるのが仕事」


「へー、カッコいいな」


「興味があるなら見学してく?」


「できるのか」


「四月一日家の会社だからね。一様、私のものになってる」


「社長がタクシーの会社に勤めてたら潰れないか?」


「代理の人が経営してくれてるから大丈夫。それに、父が死んだらその人に引き渡す手筈だから」


「……なんかすまん」


「じゃあ一緒に居てくれる?」


「それは無理だ。つーか、なりふり構わなくなってきたな」


「父が出ていったせいで母はこの会社に取り残された。そんで海底調査中に通信が途絶えた」


 やめて、罪悪感を押し付けないで……。


 幸叶について行きながら別の施設の建物に入ると、ホールの中央に潜水艦と及ぼしき残骸が展示されていた。


 ——その展示物の前には、乗務員の名前が石碑に彫られている。


 こんなところに遺影かよ……。


「この潰れた潜水艦の中に母たちの死体が入っているのかもしれないの」


 幸叶は石碑を撫でながら静かにそう語る。


「……中を開けようとは思わなかったのか?」


「まだ、生きているって思いたいからね」


 重ね合わせのパラドックス。


 深海での話だ。たとえ潜水艦の中にいなかったとしても生きているはずがない。彼女自身わかっていることだ。


 心の中で生き続けるのに、ある意味では必要なのかもしれない。


 幸叶は父親も母親も……。


 ずっと、生きていて欲しいと願い続けている。


「——じゃあ、我が社の仕事の面白さをプレゼンしてやろう。研修生よ」


 幸叶は悲しい雰囲気を誤魔化すように、今度は明るい声でオレを勧誘してきた。

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