第1話 ——人生は君が思っているより単純だ

 村田に眠らされてから一週間が経過し、都市への新鮮味が薄れてきた今日この頃。


 治安の良さにも慣れてしまったオレは、インターホンが鳴ると直人が忘れ物でもしたのだと安易に考え、覗き口を確認せずに玄関を開けてしまった。


 因みに、万愚節とのデートで現れたのは別人らしい。後日尋ねたところ「俺じゃねーよ」とすぐに否定されてしまった。


 玄関前に現れたのは、艶やかなスーツに身を包んだ三人の男。


 両脇に控える黒服の男たちは、そのジャケット越しにも分かるほどの筋骨隆々な体つきをしており、逆に彼らの間に立つ男は不思議と小柄に見えた。


「……なんの用ですか?」


「ちょっとした頼まれごとだよ。弟からな」


 警戒しながら尋ねると、榮壱真は相手を見下したような態度で答えた。


 髪はワックスでしっかりと固められ、灰色のジャケットは一見するとまともな社会人のように思える。


「直人があなたに頼んだんですか?」


「来ればわかるさ」


 壱真は意味ありげな笑みを浮かべる。


 その態度に戸惑いを感じながらも、左右の大男たちが強引にオレの肩を掴んできた。


 連れ込まれたのは地下駐車場。01と書かれた区画の黒いワゴン車に押し込められた。


「——nasa。最短ルートをナビしろ」


『畏まりました。大通りで事故が発生しています。代わりの最短ルートを再度検索中です』


 運転席に座った壱真は車と対話をしていた。オレは連れ去られた宇宙人のように二人の男に挟まれている。


 液晶画面モニターに地図が表示され、複数あったルートが一つずつ消えて最後に一本のルートが残っていた。


「便利だよな、それ」


 後部座席からつい漏らしたオレの言葉に、壱真は自慢げに微笑む。


「だろう。都市で一番高い建物を知っているか?」


「あの東京タワーだろ? 映画で見たことあるよ」


 赤と白の骨組みで構成された四角錐の塔。中央のボックス部分が日の光を反射しており、周囲のビル群を圧倒する存在感を放っていた。


「残念だが、あれは東京タワーではなく都市電波塔だ。僕が計画して建てたんだ」


「へぇー。もしかして、あれのお陰でこのシステムが使えているのか?」


「そして、都市の至る所に設置されている防犯カメラによって、人工衛星が飛んでいなくても地上をナビできるわけだ」


「なるほど、便利なもんだ」


 あの日、図書館で調べた本の中に衛星が地球での生活を支える重要インフラであることが記述されていた。


 そんなものの代用品を榮家の人間が作ったとなれば、都市を牛耳れるわけだと納得する。


「衛星はもう打ち上げようと思わないのか? 地球では当たり前に使われていたんだろ?」


「技術的に厳しいんだ。過去にロケットの打ち上げをおこなったが全て失敗に終わっている。それに、ようやく成功した一機が紅い閃光に撃ち落とされたという前代未聞な事件が起きた」


「撃ち落とされたのか?」


「そうだ。光線の発射元を予測すると囚われの街があった場所だと判明した。だから、直人が向かったんだ」

 

「ふーん。でも、新たに人材を派遣しようとは思わなかったのか? アイツは十二年も行方不明になってたんだぞ」


「そもそも、アイツが向かった先を認知していない。直人がなにも言わずに勝手に近づいて囚われの身になっただけだ。それに村田という男からある程度の情報はあった。衛星さえ打ち上げなければ無害なのだから藪蛇を突きに行く必要もない」


 つまり、直人が自分でやったことで自己責任。


 咎めていたつもりはなかったのが、壱真は言い訳をするように言っていた。

 

「——もしも、この世界に人間に似た人ではない生き物がいたら、お前はどうするんだ?」


 オレは確認のために少し踏み込んだ発言をした。


「そんなもの場合によりけりじゃないか」


「じゃあ、人間社会に紛れ込んでいたらどうする?」


「まったく同じ姿をしているってことか? 可能性はゼロじゃないだろうが、見分けがつかないんじゃどうしようもないだろ」


「そう、だよな」


「だが、そんな奴がいるなら一刻も早く見分ける方法を探す必要があるな」


 壱真はルームミラー越しにオレを一瞥する。特に意図したことでもないだろうが、ゾワッとした。


 親父に危害が及ぶかもしれないから当然といえば当然だが、話を聞いた限り村田は囚われの街のことを少ししか伝えていないらしい。


 話題を変えようと、オレはもう一度口を開く。


「結局、車はなんの目的でどこに向かってるんだ?」


「榮家の本部だ。これから囚われの街の調査結果を発表するんだよ」


「直人がやるべき仕事だろ?」


「そうだが、どうしてか調査結果を預けてきた。よっぽど彼らに会いたくないんだろ」


「彼らって?」


「両親を含めた都市の代表者たちだよ。僕も嫌いなんだ」


「ふーん。それでよく請け負ったね」


「成果を半分渡してやるって言われたからな」


「十二年も掛けた調査を半分も……内容はどういうものなんだ?」


「君が大人しくしていてくれるなら教えてあげるよ」


「わかった、黙っておく」


「……ついでに暴れないよう縛っておいていい?」


「なんでだよ」


「君、感情で動くタイプだろ。ここで粗相したら都市には二度と住めなくなる。大袈裟かもしれないがそのくらいの心持ちでいるといい」


 なとなくだが、壱真がどういう人間なのかわかった気がする。


 優しくもなければ、親切でもない。けど、直人と同じように人を見ている。


 冷淡で、冷酷で、そっけなく見えるのに、ちゃんと相手を思っていた。

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