第1話 後悔しなかった道を選んでも、きっと後悔する
深さ一メートルほどの穴を掘ったオレは、そこに十二本のアルミ丸管を組み合わせた簡易的な長方形のテントを組み立てる。シートの上に少量の土や枝をかぶせ、獣が不用意に近づかないよう工夫を施す。面倒だがリスクを少しでも減らすために必要なことだ。
実際にやってみて気づいたことは、直人の計画に自分がいなかった場合の考慮がなかったことだ。彼一人で、体力的にこれをこなしていくのは無理がある。
あのとき、オレが外に出ない選択をしていたら、彼は街に残ったんじゃないだろうか。
「——そっちの手紙にはなんて書いてあったんだ?」
「内緒だ」
直人は背を向けたまま即答した。
オイルランプの黄色い光が揺らめきながらテントの中を照らしている。オレたちは寝るには少し狭く感じる空間で川の字になっていた。
「教えてくれるんじゃないの?」
「気が変わったんだ。そもそも、野良だって見せる気ないだろ?」
「まぁね」
お互いに内容が見られないよう背を向けて手紙を覗いていた。
息子へ
——この文章を直人が先に読んでしまったなら、この先を読むことなく調査報告書を燃やしてもらいたい。そして、この要塞を出ていく前に、息子がこの手紙を開けてしまったのなら今すぐ閉じてほしい。志楽浩也の最後のお願いだ。
まず、自分語りから始めさせてもらう。調査報告書に書いたことは割愛するが、俺も昔、直人と同じような仕事をしていた。社会的立場は彼の方が上だと思う。父がどれだけカッコいいことを成してきてのか、調査報告書を通じて息子に知っておいてもらいたいが、やっぱり折角冒険に出たのなら自分で知って欲しいとも思っている。
だから、辛気臭いお別れの挨拶や、返事の返ってこない思い出話はせずに、息子が将来答えを見つけ出せるヒントを与えることにする。
俺はもう見守ることすらできないが、ずっとお前を案じている。辛くなったらいつでも帰ってこい。
オレは二、三度その文章を読み返し、やっと親父が何を言いたいのか理解した。
直人の仕事は恐らく各地の調査なのだろう。そんで親父も似たような仕事をして要塞に囚われの身となった。
重ねられた二枚目の髪を手前に持ってくると、箇条書きで『ヒント』が記されていた。
・なぜ、この要塞は人間のみを守るように作られているのか。
・なぜ、人間を出さないようにする仕組みになっているのか。
・なぜ、この要塞は人を囚えるのに、出られる手段を残しているのか。
・なぜ、禁則事項として「要塞から離れてはいけない」というものが存在していないのか。
・なぜ、家には外の世界の映像・DVDがあるのか。
・なぜ、父はこの街に入ってしまったのか。この要塞が発見されたのはいつか。
・なぜ、志楽野良には母親がいないのか。
・なぜ、母が消えた日、父親は息子にチップの有無を隠し続けることを強要したのか。
・なぜ、父親の妻と息子の恋人が似ていたのか。
・なぜ、人間は調査をするのか。
・なぜ、外の世界は危険なのか。
PS:調査報告書には書かれていないことがある。いや、内容を誤解されるようにしているのだから、嘘と言った方が正しいかもしれない。息子が答えを導き出すことを期待している。その上で、これからどう生きるかを決断してくれ。
嘘ってことは……つまり、実質的に直人との約束を破ったということだろう。オレは馬鹿だが善意や感謝で事実を伝えるほどの間抜けではない。話すことで直人との関係が悪化する可能性が容易に想像できる。それに、直人が親父の書いた調査報告書をそのまま鵜呑みにするとも思えなかった。
ランプで揺らめく天井を見上げ、ぐっと気持ちを抑えこむように手紙を握りしめる。
すると、突然直人が調査報告書の束で後頭部を突いてきた。
「——調査報告書なら、見返りなしで見せていい」
「いや、今はいいよ」
まずは自分で答えを見つけ出さないと。
「そうか。……明日、お前をテストしたらここを出発する。気張れよ」
「もちろん」
そう返事をすると、直人はランプの火を消した。
昨日は要塞を脱出してすぐにテントを組み立てをさせられ、万が一に備えて銃の扱いや危険生物についての講義を受けた。
元々の計画では、オレに知識を蓄えさせてから脱出を始めるつもりだったらしく。そのせいで、今だに要塞の近辺(他の生物が寄り付かない安全地帯)で寝泊まりしていた。
それにしても要塞はなぜ人を閉じ込めるのだろうか?
外が噂通り危険な場所なら、人は自然とここに住みつくはずだ。要塞のシステムに人を囚えさせる必要があったのか疑問に思う。そもそも人間のために作られたという前提が間違っているのだろうか。
「おい、早くしろ」
直人は少しイラついた様子で離れた木を指さした。
オレは寝起きの瞼を擦って、直人からもらった拳銃を両手で構える。
「あれに全弾当てられたらクリアだ。戦闘面ではお前に期待してないが、自分の身は自分で守れ」
直人はドラマに出てくる鬼教官のようなきつい言い回しをした。
オレは一発一発丁寧に引き金を引き、マガジンの弾丸をすべて使い切る。横を見ると、直人が双眼鏡を片手に持ちながら「合格」と言った。
オレは拳銃をズボンのベルトに差し込み、両手を上げて喜ぶ。直人はそんなオレに労いの言葉一つなく「あれを畳んだら出発だ」とテントを指さした。
しばらくして出発の準備を一人で終え、地面に腰を下ろして休憩していると、いつの間にか消えていた直人が、オフロードバイク二台の車輪をずるずると引きずって戻ってきた。
「どうしたの、それ……」
てっきり徒歩で移動するものだと思っていたオレは、唖然とする。
「事前に要塞の外に運んでおいたんだ」
「盗まれなかったの?」
「地面と同じ色の布で隠しておいたし、チップの許容範囲ギリギリに放置したからな。誰も近づこうとしない」
「なるほどね」
女の子のキャラクターが描かれたものと、赤と黒のラインが入った二台のオフロードバイク。表面がピカピカと輝いていて、新品であることが一目でわかる。
「オレも選びたかったなぁ」
「さすがに二人でバイク買いに行ったりしたら、八重あたりに破壊されちまうよ」
「そんなこと……いや、あるのか?」
否定しようとしたが、最後に見た夜鶴の姿を思い出して言葉に詰まる。
身震いするほど暗い瞳でこちらを見下ろしていた彼女は、一体何を思ってオレを見送っていたのだろう。愛が重すぎるとかいう安易な解答にしかたどり着かない。
これで違っていたら恥ずかしすぎる。
「——出発だ」
「おぉー!」
オレはバイクに跨り、直人の後ろを追いかける。
舞う砂埃がこれから始まる冒険の前奏のように感じられ、初めて進んだ世界に心が弾むように高ぶっていた。
・なぜ、この要塞は人間のみを守るように作られているのか?
人の為に作られたものだから……。
・なぜ、人間を出さないようにする仕組みになっているのか?
人間をここに留めさせるため……。
・なぜ、この要塞は人を囚えるのに、出られる手段を残しているのか?
やっていることが中途半端だ。頭の回る人間なら、簡単に出られることに気づくだろう……。
・なぜ、禁則事項として「要塞から離れてはいけない」というものが存在していないのか?
禁則事項はいつ、誰が作ったものなのかわからない。そのうえ、「要塞から離れてはいけない」というルールは確かに存在していなかった。多くの人間は物理的に離れないのだから書く必要がないのであろうが、ただ「十五メートルより高い位置にいてはならない」という禁則事項はあった……。
・なぜ、家には外の世界の映像・DVDがあるのか?
親父が外から来た誰かから受け取っていたから。
・なぜ、父はこの街に入ってしまったのか。この要塞が発見されたのはいつか?
今の自分には検討もつかない……。
・なぜ、志楽野良には母親がいないのか?
母の死体は見つかっていない。消えたとするのなら、交換箱に送られたか、要塞から落ちたか……。
・なぜ、母が消えた日、父親は息子にチップの有無を隠し続けることを強要したのか?
親父は涙を流しながらオレに首の後ろを隠すよう言った。二十年間、首の後ろに関することを尋ねられる度に〝何言ってるのか分からない〟と言い続けてきた。
・なぜ、父親の妻と息子の恋人が似ていたのか?
似ていたなんて初めて知った。写真くらい残して欲しかった……。
・なぜ、人間は調査をするのか?
好奇心旺盛だから……。
・なぜ、外の世界は危険なのか?
危険な生物がいるから……。
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