第2話  僅かな好奇心が若者を大人にさせられる

「——硬質ナイフ二本、万能ナイフ二本、食毒液一リットル、七日分の携帯食料と水……」


 交換箱にあった物資を声に出しながら確認していく。オレと直人は昨日のうちに急ぎの仕事を片付け、数日間の休暇を取っていた。


 要塞上にあるこの街は、内側ほど活気が溢れ、物流が盛んになる。


 街の中心には要塞の大部分を占める巨大な塔が立っており、その壁面に『交換箱』と呼ばれるシェルターがいくつも付いている。そこにこちらが提供出来る品を入れると、同価値のものを付属の液晶画面モニターから選択できる。


 基本的に一度提示したものを買い戻すことはできないが、交換で得た品を再度交換箱にいれて別のものと交換することはできる。多くの人は交換で余ったのを紙幣に換えていた。


 交換した中身を全て取りだして、直人が決定ボタンを押すと鋼鉄の壁がパカリと閉じる。


 以前、興味本位で交換箱に隠れていた子供が親に気づかれずに投下されるという事故が起きた。後追いした親子諸共二度と帰ってくることはなかった。


 この街の貨幣を動かす大切な代物ではあるものの、オレにとってはひどく不気味なものに見えてならない。


 これの原理も、正体も、誰も知らないのだから当然だ。


 因みに、液晶に掲載されてない品は商品名を書いた紙や写真を投入することで稀に手に入れることが出来る。ただ、今回投与した『拳銃』と書かれた紙は、交換箱から消えているだけで、なにも得ることができなかった。


「やっぱり、拳銃はないね」


 オレは想像通り目的ほしいの物が出なかったことをぼやく。


 あんな便利なものを街の誰も所持していない時点で交換箱にあるはずがないのだ。


「まぁ、そんなものが簡単に手に入ったらこの街も末だからな。やっぱり日用品か食料品がメインなんだろ」


「どうするんだ?」


「露店でも見にいくか」


「おぉ、やった」


 要塞に付属している設備は自分が触っても反応しない。父親曰く、息子の戸籍登録をしていないのが原因らしく、『市民証』と呼ばれるものを持っていないために要塞に備わっている公共設備の利用ができなくなっていた。


 だから、オレは交換箱が嫌いだし、お店巡りが趣味だったりする。人が作ったものが人の手から手へと回る。なんだか分からないものに頼って生きるより断然良かった。


 それに……。


 塔の壁面に点在する機関銃と監視カメラがこちらを向いていて、どうにも落ち着かない。


「——あまり気にするな」


 塔から離れる際、壁を見つめていたオレを直人は少し咎めるように強い口調で言った。


 要塞は外敵から街を守るために作られている。誰が作り、誰が動かしているのか、住人は誰一人として知らないが、時折空から巨大な鳥が落ちてくるため、外は危険だというのがこの街の常識だった。


 しかし、誰も要塞の外や塔の天辺を知ろうとしなかった訳ではない。


 十年ほど前、この塔の天辺になにかあると思った男が壁をよじ登ろうとした。


 大概の連中が禁則事項を破ることに激怒していたが、登っていく彼を見たオレはこっそりと応援していた。


 高さ十五メート辺り、登り始めてから約五分が経過……。


 突然彼の横にあった機関銃が動き始め、悲鳴を上げる暇もなく落下してきた。


 この街には二つの禁則事項がある。

 

 一つは、銃器の製造、使用、利用をしてはならない。二つめは、十五メートル以上高い場所に居てはならない。


 だから、刃物以外の武器がなく、建築物は十五メートル以上高くならない。


 この不可思議だらけの要塞の仕組みは、恐ろしくもあり、それでもここで街が存在し続けるために必要なものだった。


「触らぬ神に祟りなしっていうだろ」


「なにそれ」


「馬鹿にことわざは早すぎたか。——って今は俺が言えるセリフでもないな」


 直人はゴニョゴニョ言いながら頭を掻きむしり、台車を押すことなく我先に進んでいく。


「いや、手伝ってよ……」


 オレの囁きは無視され、「早く来いよ」とすでに遠くから聞こえてきた。






 買ったものを会社の倉庫にしまったオレたちは、外周に向かった。


 直人曰く、要塞は外から見ると二段ホールケーキのような形をしているらしく、街は地上からおよそ四百メートルほど高い位置に存在している。


 にだんめを囲うように街が作られ、大通りを境に内周と外周で二分された街は自然と貧困格差を作っていた。


 この街の起源すら誰にもわからないが、子供の頃と比べて全体的に人や建築物が増えて大きく発展している。


 外周の方にもマシな生活している奴が増えていた。


「まともな品があるとは思えないんだけど」


 外部に住んでいる人は交換箱に入れても金にならないような品物を扱っていることがある。


 昔は自分も外周に住んでいたのだが、昔と今を比べてみると格差は人口の増加と共に減っている気がした。


「寧ろ、こういう所だからあるんだろ。——ほらあった」


「マジ?」


 オレは直人の視線の先を追った。


 ブールシートを引いただけの露店が並ぶなか、屋根付きの少しだけ見栄えのいい店が目に入る。手作りと思われる金属製の装飾品と酷く錆びついたガラクタたち。装飾品と言っても落ちていたのを適当に接合したようなものだ。


「これが——銃?」


「違う、そっちじゃない」


 直人は錆びた金属片の溜まったバケツを漁る。


「これの何処が武器なんだ」


「錆びてはいるが、これは銃のスライド部品だ」


 ふーん。よく分からん。


 直人は手探りで探しても拉致があかないと思ったのか、バケツの中身をひっくり返す。


 勝手に品物を……。


 身勝手な行動に引いていると、直人は目的の物を手に取って「いくらだ?」と不躾に尋ねた。


 多くが錆びた鉄屑にしか見えないが、直人が手にしたのは手羽先のような形をしたものだった。


「一万……」


「おいおい、爺さん流石にそれはないだろ。価値が分からないからって吹っ掛けるのは良くないぜ?」


「嫌なら売らんが」


「俺たちはこれと同じものをもう一本欲しいんだ。同じものを持ってくれば両方合わせて二千で買ってやる? 言っておくが、金にならないものに値をつけて買い取るんだ。感謝してもらいたい」


「五千」


「酷い状態のものなら別の店で探せば見つかる。なんなら自分たちで〝下に降りて〟拾ってくればいい」


「分かった。二千だ。いつ売れるか分からないんだ。ちょっとくらい恵んでくれたっていいだろ……」


「いいよ。二千。もし他にも見つかったらそっちも同じ値段で買い取らせてもらう」


 直人はそう言って財布から二千円を取り出し、錆びた塊を手に入れた。


 それからオレは一切口を挟むことなく直人の買い物に付き合った。身なり、年齢、態度、並んだ品々。彼が人によって態度を変えているのを側で見ていてよくわかる。


 殆ど初めて接する相手だっただろうに、直人は出会った段階から相手にどんな態度で接するのが良いのかをよく考えていた。


「交渉術を教えてくれ」


「嫌だ」


「そこをなんとか」


「そもそも教えられることじゃないだろ。結局、どうするのが一番良かったのかなんて分からない。こうしていればもっと値引けたんじゃないかとか、時間とコストが割に合っているのか、試した後に何度も思う」


「オレにこういうのは無理?」


「まぁ自分で考えない奴には難しいだろ。常に研鑽し続けないと悪くなっていくだろうし。やるなら結果じゃなくてカテイで楽しめるようになりな」


「今、過程と仮定をかけたでしょ」


「馬鹿のくせによく分かったな」


 直人は小馬鹿にするように鼻を鳴らして笑った。


 露店を一周した頃には日が暮れ始め、地平線の向こうに見える白い恒星はあっという間に大地の中へ沈んでいった。


 オレの家は会社の一室にある。帰宅すると、エプロン姿の親父が手料理カレーを振舞ってくれた。


 正直、美味くはないがきちんと完食しなければ拳骨が飛んでくる。二十歳を超えた今でも、親父は鬼のように強くて、ちょっと怖い。


「……お前、なにか企んでるんじゃないか?」


 親父は目の前でカレーを一口運びながら、唐突に言った。


 オレは引き攣りそうになる頬を押さえ、なんとか平静を装う。


「企むって、なにを……」


「見てれば分かる。ここを出ていくんだろう?」


 ——完全にバレていた。


 なんで親父に気づかれる要素はなかったのに……。


「どうして、わかったんだ」


「鎌かけただけだ。アホんだら」


 やってしまった……。


『母は強し』と言うことわざがあるが、父子家庭で使ったら『男は強し、されど父も強し』と重複させた意味になってしまう。


 こうなったら、直人に咎められたときの言い訳を用意するしかない。


「まぁ、お前がここを出て行きたいのは昔から知ったけどな」


 予想とは違い、親父の声色はとても穏やかだった。


「そうなの?」


「お前は俺と趣味が似ているからな」


 そうだろうか? 流粗雑な親父とオレが似ているとは思えない。


「お前の恋人、なんて名前だっけ?」


「夜鶴」


 息子の恋人くらい覚えとけよ……いや、知ってたら怖いな。


「そいつ、俺の妻に似ていた。お前、マザコンだろ」


「いやいや、母さんの顔知らないし。てか、人の恋人を妻に似てたとか言うな」


「悪い悪い」


 親父は全く悪びれる様子もなく、野太く笑った。


「それで、いつ出ていくつもりなんだ?」


「一週間後かな。止めないでくれよ」


「アイツもついて行くなら心配ないだろ」


「直人のこと、信頼しているんだな」


「機械みたいに優秀だからな」


 家族より直人が信用されていることに不満を覚える。


 親父はカレーを食べ終えると、「ちょっと待ってろ」と席を立ち、戸棚をゴソゴソと漁り始めた。


 その後ろ姿を眺めながら、これが親父との最後のやりとりになるのかも知れないと感傷に浸る。


「そういやお前、恋人はどうするんだ?」


「どうって、別れるしかないだろ」


「そうだな。彼女がお前についてくるわけないしな」


 分ってんなら、そんな言い方しなくていいだろ。


 親父の冷たい物言いに少しむっとするも、やっぱり自分が悪いからあまり言い返せない。


「ひとつ忠告しておく。これから先、お前はこの街を出て行くことを誰にも言うな。たとえ恋人や友人、会社の人間に問い詰められても、『何を言っているか分からない』と答え続けろ」


「なんだよそれ、ミッションゲームみたいだな」


「言うことを聞かないなら、直人に言って辞めさせるけど」


 だから、なんで?


 首を傾げていると、親父は「外に出れば分かる」とだけ答えた。


 それは、オレが外に出たいと思った動機をほのめかしていた。


「いいな?」


 親父の真剣な眼差しがオレを貫く。


 ミッションというより、なんらかの試験を受けている気分だ。


「分かったよ……でも、親父は一緒に来てくれないのか?」


 オレは恥を忍んで聞いた。親を一人残していくのはやはり辛かった。


「……俺はいけない」


 親父は少し残念そうに答え、首の後ろを掻き毟った。


「上手く街から出られたら、直人にこれを渡してくれ」


 親父はやけに厚みのある白い封筒を手渡してきた。


「これは?」


「——俺の人生にとって、二番目に大切なものだ」

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