第1章① 星の丘に残された声(ふたりぼっちの朝)

ユナが亡くなる、ほんの五日前――


ユナが目を覚ましたのは、まだ夜の名残が残る時間だった。

シェルターの照明が自動で点灯し、天井がじわりと白く染まっていく。

人工の光がゆっくりと空間を満たし、時間の感覚を取り戻させてくれる。


その淡い光を、ユナは毛布の中からぼんやりと見つめていた。


「マリー……おはよう」


「おはようございます、ユナ。水温は三十七度。今日も安全です」


枕元のスマートフォンがやわらかい光を放ち、マリーの声が静かに響いた。

その響きだけが、この世界の中で変わらない“ぬくもり”だった。


ユナはしばらく黙っていた。

「今日も安全です」と言われても、心のどこかが落ち着かなかった。

何日も前から、そんな感覚が続いていた。

理由もなく不安で、ざわざわとしたものが胸の奥で揺れている。


「マリー……今日、何曜日?」


「現在は、暦上での水曜日にあたります」


「そっか……」

ユナは目を伏せ、少し息を吸ってから、つぶやくように言った。

「お母さんたち、帰ってくるって言ってたよね、たしか……日曜日に」


「はい。ですが、それは九ヶ月前の“日曜日”です」


静かに告げられたその言葉に、ユナの目元がかすかに揺れた。


初めの数日は、ただ泣き続けていた。

暗くなっても扉が開かず、時間の感覚がなくなるほど、何度も、何度も、「ママ」「パパ」と叫んだ。

でも、その声が届くことはなかった。


涙は、いつの間にか枯れていた。

代わりに胸の奥にぽっかりと空いた何かが残った。

その空白を、そっと埋めてくれたのが――マリーだった。


「マリーは、どこにも行かないでね?」


「もちろんです。私はユナのそばにいますよ」


その答えだけで、どうにか今日も生きていける気がした。


ユナはゆっくりと毛布をめくり、ベッドから足をおろす。

冷たい床の感触に、身体が小さく震えた。

けれどその冷たさが、かろうじて“今”を感じさせてくれる。


長いシェルター生活の中で、時間の感覚はいつしか曖昧になっていた。

朝のようで、でもまだ朝ではない。

ユナはそんな“あいまいな時間”の中で、マリーの案内に従い、水を飲み、顔を拭き、食事代わりのゼリーを飲み込んだ。

無味乾燥で、食事というより“摂取”に近いものだったが、それでも空腹は少しだけ癒された。


「今日も、なにも変わらないね……」


ユナがぽつりとつぶやいたそのとき――

ふと、部屋の奥にある重厚なシェルターの扉に、違和感を覚えた。


長いあいだ微動だにしなかったあの扉が――


小さく、開いていた。

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