第126話 栄光の玉 2


「いてぇ」


 吸い込まれたと思ったら、地面に尻餅をついていた。

 顔を上げると、のっぺりとした質感のグレーの壁に覆われた小部屋だった。

 正面にはちょっとだけ色味の違う、のっぺりした扉らしき物があり、背後の壁には、先ほど吸い込まれたのと同じような漏斗状の穴が開いている。

 それ以外はなにもない。

 光源さえもどこにあるのかわからないが、部屋全体が一様な明るさに満たされている。


「なんだこれ」


 わけもわからず、あっけにとられていると、背後の穴からフィリソーズが飛び出してきた。


「おう、いらっしゃい」

「無事ですか、晴男さん」

「いまんところね。で、これ何かわかる?」

「さて……」


 フィリソーズは腰に手を当てキョロキョロと周りを見回していたが、首を傾げる。


「ここはあなたの一部のようであり、そうではない、とも言えますね。とりあえずその扉の先に進んでみればわかるのではありませんか?」

「そりゃいいんだけど、なんかここってダンジョンぽくない? 俺、手ぶらなんだけど」

「駄々っ子ですね、それぐらいどうにかしなさい」


 どうにかしろと言われたらしなきゃならないのが主人の務めなので、とりあえずそっと扉を開けて様子をうかがうと、通路が一本延びていた。

 部屋の中と違い、こちらには光源が無いようで、部屋から漏れる明かりの届かない部分は真っ暗だ。


「うん、何もないな。よし帰ろう」

「まだ一歩も踏み出していないではありませんか。チキンは克服したのではなかったのですか?」

「克服できないからチキンなんだよ! いやこれぜったい、なんか出るだろうが!」

「この私がついているのですよ、何を恐れることがあるというのです」

「いやいや、こんなことで先生のお手を煩わせるわけには参りません。さっさと帰りましょう」

「ぴかりは大活躍したのでしょう。私もたまにはいいところを見せて堂々とおねだりの一つもしたいと、そういうかわいらしいことを考えたりするのですよ」

「別に活躍なんかせんでも、いつでもノータイムでおねだりしてるだろうが!」


 そんなことを言い争っていたら、また誰か飛び出してきた。

 今度はぴかりのようだ。


「なにここ、ダンジョン?」

「さあ、なんかわからんスペースだ」

「ハレっちって、そんなんばっかだよね」

「そう思う」

「で、なに、探索とかするの?」

「いや、もう帰るところ」

「じゃあ、さっさともどろ。みんな心配してるよ」

「そうじゃないかと思ったんだ、ほら、フィリソーズも帰るぞ」

「仕方ありませんね」


 幸い、入口は一方通行ということはなくて、何事もなく元の部屋に戻れた。

 外の連中はさぞ心配しているかと思えば、そうでもないようだ。


「お帰りなさい、何があったんです?」


 希咲は手に持ったボールで生クリームをかき混ぜながら、そう尋ねる。


「お前もうちょっと心配そうなフリだけでもしなさいよ」

「兄さんのやることにいちいち心配するのは無駄だって、小学生の頃に学びましたからね」

「え、そんな頃から?」

「そうですよ。で、なんなんです?」

「なんか、ダンジョンっぽい物があってだな」

「え、ダンジョン!? 敵とかは?」

「それはまだ……」


 ざっくりと説明すると、希咲は鼻息を荒くしてエプロンを脱ぐ。


「そんな面白そうな物、今すぐ探索しないでどうするんですか! さっそく行きましょう」

「いや、行きましょうって、料理は?」

「チキンはもうオーブンに仕込みましたし、残りは買った物を皿に盛るだけですから」

「その手に持った生クリームはどうするんだよ」

「じゃあちょっとデコってくるのでその間に準備しといてください。どうせケーキは寝かせなきゃ駄目なんで」


 まじかー、今日はもう酒飲んでイチャイチャして終わりだと思ってたのに。

 とはいえ、希咲がああも乗り気だとスルーは不可能だろう。

 仕方ないので、とりあえず装備を調えつつ、丸いアスワドに話を聞いてみる。


「お前のその穴の中、ダンジョンみたいだけどどうなってんだ?」

「知らんだよ」

「知らんか」

「ごすじんさまがダンジョンだと思えばそこはダンジョンだべ」

「ほほう、じゃあ俺が麗しき乙女あふるる楽園だと思えばそうなるのか」

「んだんだ、いまは枯れ野のごときわが穴も、ごすじんさまが丹精込めて愛であげれば、そこは乙女の花咲く麗しのハーレムになるんだべ」

「なるかあ」


 なかなか詩的なことをおっしゃるボウリング球だな。

 さすがは俺の眷属だ、一見ただのボウリング球に見えても十分な個性を感じさせてくれるぜ。

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