第16話『しょうゆ差しに取り憑かれたサムライの話』
うちの食卓には、どこの家庭にもある普通のしょうゆ差しがある。
あの赤いキャップの、ポタポタなるやつ。
でも、最近――“様子がおかしい”。
***
まず、置く位置を間違えるとカタカタ震える。
逆に、ちゃんと正位置(小皿の左)に置くと、
なぜか**「……心得た」**という声が聞こえる気がする。
***
そしてある日、僕が間違えてソースを使おうとしたら――
しょうゆ差しが勝手に倒れた。
しかもフタから“すっ……”とこぼれたしょうゆが、
漢字で「恥」とかいていた。
***
次の日、しょうゆ差しに爪楊枝で細い文字が彫られていた。
「我は、醤油斬りの佐村井(さむらい)。
この食卓、いかなる異物も許さぬ。」
***
以来、我が家では:
しょうゆ以外の調味料が夜な夜な棚から落ちる
食卓に箸を並べると、正しい角度で整列される
しょうゆをかけすぎると、どこからともなく「節度……節度……」と声がする
***
ついにはスーパーの醤油コーナーで、
しょうゆ差しが一礼して倒れた。
その方向に、限定の“本醸造二年熟成”が並んでいた。
***
祖父がつぶやいた。
「……あの差し、わしが若い頃に拾ったんじゃ。
たしかに……“あいつは斬ってた”。」
***
僕は今、
しょうゆ差しと共に食卓の秩序を守っている。
うっかりポン酢を買って帰ったら、
包丁が立てかけられていた。無言の圧力である。
***
完(差し加減ひとつに、覚悟が要る)
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