第5話『うちのベランダ、今朝からカマンベール畑になってるんだが』

※不定期更新ですが、ふとしたときに開くドアのように、また新しい話が増えていきます。


***

 朝、カーテンを開けてベランダに出たら、

 一面、白カビだった。


 いや、誤解を恐れず言うなら――

「カマンベールチーズが生えていた」。


 プランターの土から、ふんわり丸く、優雅に。

 ミントの横に、バジルの横に、しれっと鎮座していた。


 ***


「え、昨日までミニトマトだったよね……?」


 目をこすっても、チーズ。

 鼻を近づけても、香るのは熟成された発酵臭。

 ついでに指で触ってみたら、ぷにぷに。


「これは……本物……ッ!」


 ***


 思わずスマホで撮ってSNSにあげかけたが、

 ふと“チーズ農薬”とか“カマンベール菌大爆発”とか変なバズり方しそうでやめた。


 ***


 恐る恐る隣の奥さん(通称:ベランダのプロ)に聞いてみる。


「あ、うちも昨日ブリー出たわよ~。ちょっとしょっぱめのやつ。今の時期ね、育つのよ。発酵日和!」


 《育つのよ!?発酵日和!?》


 ***


 それから数日、ベランダはチーズ楽園と化した。

 サムネに使えそうな断面。

 真っ白な表面から湧き立つ香り。

 朝の光を浴びて蒸れる、とろける、時々鳴く(※メーメーと)。


 ***


 一番ヤバかったのは、夜中。

 どこからともなく聞こえる“乳酸菌たちの囁き”。


「まだ…熟していない……」

「もっと…発酵を……」

「パルミジャーノが咲いたら、ここは終わる……」


 ***


 ……それから、僕は決めた。

 チーズとは戦わない。むしろ育てる。


 Amazonで**“初心者向けチーズ栽培セット”**をポチりながら、

 今日も僕はベランダにチーズの水やりをしている。



 ***


完(なお、今朝はモッツァレラが発芽していた)

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