第2話 颯紀 15年後

 全然なってなかった。


 大まかな型のみ細部は0。


 大変じゃー、というのが8年前の第一印象だった。


 そしてそれは14歳になった今もさほど変わっていない。


 「颯紀さつきさーん!」


 後輩の良ちゃんが駆けてきた。


 「火事です。手伝ってください!」


 「はあ?!」


 わたしは何でも屋か。


 とりあえず出口へ走り出す。


 「防災·救助課出動してないの?!」


 「さっき救急でほとんどの人が出払っちゃって。今、人手が足りないんです。」


 とはいえなぜわたしが。大体、救急と消防で分けておけば、、。


 「だから部を作れって言ってんのに~!」






 颯紀は中央管理処で役目を果たしている。


 子どもの世界になる直前、政府が生活用品工場を建設したことにより、基本的に半径5km圏内で生活できるようになっている。また、政府は人数不足や過密を避けるために、半径5kmの円に同じくらいの人数になるように案配した。そのため社会はその円ごとに回っている。


 そして、その円の中心にあるのが中央管理処である。


 役目紙の発行、他の円や国との物資のやりとり、消防、救急、生活用品工場の管理、相談窓口…と、受け持つ役割は多岐にわたる。


 作って食べ、あげてもらう世において、農業系の役目でないことは珍しい。ただ、中心管理処は大きな田畑を持っており、農業係が作物を作ってくれている。だから颯紀たちは心置きなく、円のために尽くすことができる。


 それなのに


 「課の下に部をつくりませんか?」


 「部?」


 「ぶ?」


 「ブ?」


 早速しおれそうになる。そもそも漢字変換できないやつもいる。


 夕方、颯紀は自分と同じように何でも屋であり色々と仕切る立場にある三人を呼び出した。


 「部」


 わざわざ裏紙に大書する。


 「メリットは?」


 一番歳上の17歳で唯一漢字変換できた健吾さんがきいてきた。


 「混乱を防げます。現在政府がつくった[課]は存在しますが、それでは分担しきれていません。例えば防災·救助課は主に消防と救急を担っていますが分担できていないために同時に対応することが難しくなっています。また、災害や事故の面では火事以外の事例に対応できていません。わたしは消防、救急、その他の三つの部を下に作るべきだと思います。」


 一息に説明すると、三人はほうと頷いた。


 「たしかに今ははっきりした役割が決まっていないから混乱してるね。部は必要かもしれない。」


 一つ歳上の樹さんが言う。


 「私も必要だと思います。」


 12歳の奈瑠なるちゃんも賛成してくれた。


 「役が細かく分かれていないから、私たちみたいな何でも屋が生まれるわけで。部を作ったらもっと集中したいことに力を注げると思います。」


 さすが、しっかり者の成瑠ちゃん。朝夕教育が終わったばかりとは思えない。


 ちなみに朝夕教育とは子どもの世界になってから始まった義務教育である。朝8時から11時か、夕方5時から7時に学校へ行き勉強する。週五日で、6歳から12歳まで通う。先生は役目を退いた18歳以上の人や余裕のある管処の人が担っている。そこで主に読み書きと簡単な計算を教わる。


 「俺も必要だとは思う。」


 だとは、とやや意味深長に言った健吾さんの意図が解る。向こうに持っていかれないように先回りする。


 「執行するのは大変です。ぶっちゃけ面倒くさいです。でも、」


 颯紀は淀まずにいった。


 「それがわたしたちの役目でしょう?」


 三人が一瞬止まって颯紀を見る。


 やがて、健吾さんが口を開いた。


 「いや、そういうことを言ってるんじゃなくて_」


 「へ?」


 「部を作るってなったら各々希望が出てくるんじゃないかなって。そしたらさ、例えば防災·救助課から籍役管理課にいきたいって人もいるかもしれない。本当は違う課がいいって人、けっこういるとおもんだ。」


 「はあ」


 「それならいっそ、全員に希望とって一から編成するのもアリかなと思う。」


 「ほぇー」


 間抜けな声が出た。


 というかまず、さっきの決めゼリフ的なのがはずい。でもそれは自業自得だ。


 ここに面倒くさがる人はいないのだ。


 皆、必死に残せるものを探しているから。


 それを疑った自分が悪い。自分だって大変という気持ちより、やらねばという気持ちのほうが強いのに。


 「大事おおごとになるね。でも自分のやりたい役をやれたらいいね。僕もアリだと思う」


 「私もです。」


 ほら、誰も後ろ向きじゃない。


 「じゃあ、やりましょう!」






 そこからは急ピッチに進んだ。


 なぜ今までも数回部を作る提案をしたのに通らなかったかのか不思議なほど。しかしそれをある時健吾さんに尋ねると「[部]っていう言葉を知らなかった」という拍子抜けにも程がある答えが返ってきた。まあ、漢字は教わっても日常では自分の近辺の字しか使わないからね。ん?でも[部]って[部屋]の[部]だぞ?


 とにもかくにも四人を中心として改革が進んでいる。


 まず、四人は必要な部を考え始めた。


 現在、管処には五つの課がある。


 一つ目は、籍役管理課。戸籍と土地の管理と役目紙の発行を行っている。


 二つ目、物品課。生活用品工場の管理と輸出入の斡旋を行っている。


 三つ目は、生活課。建物の建設から障害者や9歳までの日常生活支援に至るまで、幅広く生活関係の業務をしている。


 四つ目は、防災·救助課。救急、消防、その他レスキューの役目を負う。日頃から訓練を欠かさない鍛え抜かれた集団だ。


 五つ目は、農業課。広大な田畑で管処全員分の食料を作る。高い技術を駆使し、気候やその年の特徴に左右されないよう邁進している。


 「絶対戸籍と役目紙は分けたほうがいいですよ」


 「俺もそう思う。あの課はオーバーヒートしてるもん」


 「土地も分けたほうがいいと思います。この土地使えますか?とか、そういう相談けっこう多いですから。」


 「物品課は生活用品工場と輸出入で分けるか。輸出入は語学の勉強ハードだし、もっと集中させたい。」


 「生活課、持ってる役目多いですね。建物の建設と支援とか役種違いすぎる。」


 「建物建設は分けよう。それと支援部かな?」


 「あと窓口必要だと思いますよ。窓口兼トラブル対処みたいな。」


 「防災·救助課は颯紀ちゃんの言った通りでいいかな?」


 「いいと思います。農業課はほとんど独立状態なので私たちがいじる必要はなさそうですね。」


 連日四人で居残り、計画を練った結果、新たな編成案が完成した。


 ※編成図






 「ただいまー」


 返事はないが一応言う。


 家は基本、親から引き継ぐ。新しく建てることはない。引き継いだ家か、アパート化した学校に住む。


 8時かぁ。


 数日前に壊れて直した時計を見上げる。あれ?とまってない?!と思ってから焦り、その日のうちに修理局に持ち込んだ。長く大事に使うことが当たり前の時代、修理局は欠かせない。


 「お腹空いたぁ」


 呟いては見たものの、誰も夕飯を作ってはくれない。6歳から自炊しているので料理のハードルは高くないが、作る気力が湧かない。


 誰か、食べ物を降らしてくれ。


 ピーンポーン


 耳の奥に響くインターホンにびくりとする。


 「はーい」


 玄関のドアを開けると、


 「碧衣あおいさん!」


 大好きな先輩だった。恋愛感情ではなく。


 「颯紀ちゃん、コレ差し入れ」


 今の世では長生きな20歳の先輩は、入管当初から颯紀の世話をしてくれた。色々な課を教えてくれ、至るところで颯紀の意見をきいてくれた。


 「ありがとうございます!」


 受け取った紙袋にはタッパーが三つ入っていた。上から、さばの味噌煮、鰆の香味焼き、じゃことほうれん草の和え物。


 「颯紀ちゃん魚好きでしょう?」


 「えーもうせんぱーい」


 思わず良ちゃんや成瑠ちゃんの前では出さない甘えた声を出してしまう。だって嬉しいんだもん。魚好きだから、先輩好きだから。


 「奥さんが作ってくれたんですか?」


 「さばの味噌煮は僕だよ。颯紀ちゃん最近忙しそうだから作った。」


 「ありがたいです。」


 「大変でしょ。総入れ換えみたいなもんだからね。」  


 「はい。でも使命だと思っているので。」


 使命。颯紀がときたま使うその言葉を先輩はよく理解してくれている。


 「そうかあ。じゃ、頑張ってね」


 「はい!」


 高いテンションで手を振り、先輩を見送った後、紙袋を覗きながらスキップでテーブルに戻る。


 お皿を四枚出して、一品づつのせる。残りの一皿には三品を詰めてのせて居間に持っていく。


 「はい、ママ、パパ」


 そこだけ雰囲気の違う仏壇にはママとパパの写真が飾ってある。


 颯紀には両親の記憶がほとんどない。二人共、三歳になるまえに亡くなった。その時悲しかったのかすら覚えていない。でも今、寂しいと思うこともないのだ。ママが颯紀にのこしてくれたから。


 颯紀が六歳でこの家に来たとき、家中に付箋がはってあった。お風呂はこうやって沸かすんだよ、コンロの火には気をつけてね、冷蔵庫開けっ放しにしちゃだめだよ。そんなママの声が至るところから聴こえてきた。


 颯紀のこの役目もママから引き継いだものである。


 [円を安定させること、果たせなかった。]


 最後のページにそんな旨の内容が書かれた日記を見つけたのは七年前だ。体が動かなくなっていく中の後悔と希望をママは日記に書いていた。


 そっと、ママの写真の前に倒して置いた手帳サイズの日記を手に取る。日記をここに置いたのは、喋らない写真より何よりママを感じることが出来るからだ。


 颯紀にとって大事なページを開く。


 [自分がいっぱい泣いた。人に見えるところと見えないところでたくさん。もう何も失いたくないと強く思うのに、自分ももうすぐ失いそう。こわい。]


 初めてこの文章を読んだとき、すぐに閉じてしまいたくなった。見て見ぬふりをしている本当は泣きたいことが呼び起こされそうで、バタンと一気に閉じたくなった。


 しかし、ママはここでは終わらなかった。


 [でもそれは皆同じ。だから基盤を作りたかった。皆が戸惑わないように、失い悲しむ中でもしゃんと生きられるように。叶えられていないと自覚している。時間が足りなかった。でも_]


 何度も読み返しているが毎回ここで表情が締まる。


 [颯紀がいる。私の生涯で一番のプレゼント。颯紀は「あたし、ママ大好き。ママみたいになりたい」って言ってくれた。嬉しかった。すごくすごく愛しかった。


 颯紀ならできる。


 颯紀がいるから私はもうすぐいくんだ。


 颯紀、大好きだよ。笑ってね、笑わせてね。]


 ここまで読み切ったとき、颯紀はどんなに表情が崩れようとも最後は笑顔を作るママを思い出した。


 この日記は棚の奥から出てきた。だから颯紀に読んでほしかったわけではないだろう。暗い気持ちをひたすらに整理した日記だ。人に読まれることなど考えていない、自分のための書き留めだ。でも颯紀にとっはこれ以上の宝物はない。


 使命、心、芯。


 [笑わせてね。]


 それが颯紀の役目だ。






 「アンケート回収終わったな。」


 希望の配属先をとるアンケートの回収が終わった。


 「集計して、調整して…どんくらいで実行できるかな?」


 「引き継ぎ期間要りますからね。夕方ちょっと延長して配属先の課ごとに日ずらしてやりますか」


 「すると早くて四月か。」


 「四月はやめましょう。一番管処が混乱したらまずい時期です。落ち着いて5月にしましょう」


 アンケートを集計してみると思いの外バランスよく散っていて調整の手間は最小限で済んだ。_主に年長者に譲ってもらう感じだが。しょっぱな七歳の女の子に頼もうとしたら目の前でぎゃん泣きされたのだ。すると自然に希望が通らないことにある程度寛容な年長者にしわ寄せがいってしまう。申し訳ないとは思いつつも、みんな快く了解してくれて助かった。


 調整終了の翌日。


 四人はまたも居残りをし、会議室で話し合っていた。


 まだ四人の配属が決まっていないのだ。


 「俺は人多いとこでいい」


 開口一番テキトウなっ。そこは人少ないとこと言うべきでは。わたしたちは空きを埋める要因的な。


 だが健吾さんは考えていた。


 「俺17じゃん?来年で退役しようと思ってるんだ。だから人数多くて俺抜けても回りそうなところがいい。」


 なるほど。16歳を過ぎると自ら役を辞めることができる退役の権利が与えられる。最期を考慮して人生の選択ができるのだ。


 「分かりました。では籍役管理課土地管理部でどうでしょう?」


 提案するとおっけと簡潔な返事がきた。


 「成瑠ちゃんは?」


 「私はもとの課の物品課で、輸出入斡旋部海外班がいいです。」


 「おぉいいんじゃない?成瑠ちゃん英語できるもんね」


 「そうなんですか?!」


 樹さんの言葉に驚く。


 すごいな、この後輩。という眼差しを成瑠ちゃんに向けると「なんですか颯紀さんっ」と苦笑された。


 「樹さんは?」


 「あ、僕ももとの生活課。んで、支援部。」


 はーいとパソコンに名簿を打つ。


 「颯紀ちゃんは?」


 健吾さんの問いに止まる。


 _さて、わたしはどうしようか。


 「…わたし…どうしましょう?」


 「決めてないんですか?!」


 今度は成瑠ちゃんに驚かれる。


 ごめんねぇ成瑠ちゃんみたいにしっかりしてなくて。でも理由がない訳ではないの。


 「もとの自分の課はどこ?」


 樹さんが優しく訊いてくれた。


 …が、


 「分かんないんです…」


 頼りない颯紀の声は沈黙を呼んだ。


 …


 「え、分かんないでずっとやってたの?!」


 「最初に配属言われませんでしたか?!」


 「まさか忘れたとか?んなわけないよね?!」


 実は初のカミングアウトである。三人が混乱するのも分かる。四人とも管処を仕切る立場だが、三人は自分の課を中心に率いてきた。比べて颯紀は所属する課が分からないので課を超えて飛び回ってきた。戻る課もなければこだわりの課もないのだ。


 「あーでも言われれば納得かも。」


 樹さんが言う。


 「だから管処中に頼りにされてるんだね」


 へ、それはこそばゆい。


 「たしかに。管処全員と顔見知りみたいなものですよね」


 成瑠ちゃんまで言ってくれる。


 「うーん。でもどうするか。」


 健吾さんが腕を組む。


 それにつられて樹さんも成瑠ちゃんも考え込む。


 …なんか嬉しいな。


 他人のことなのに一生懸命考えてくれてる。


 「ありがとうございます。」


 「ん?何が?」


 唐突に呟いてしまったがもう引けないので赤裸々に話す。


 「一緒に悩んでくれて。一生懸命考えてくれてありがとうございます。」


 几帳面に軽く会釈すると成瑠ちゃんが「違いますよ!」と珍しく熱い声を発した。


 「颯紀さんが一生懸命だからです。みんなが安心して、安定して暮らせるようにしたいって颯紀さんがずっと走ってるから、私たちはついていくし一緒に考えたいと思うんです。」


 見たことのない成瑠ちゃんだった。いつもは年下とは思えない理性と知性に被さった成瑠ちゃんの情が垣間見えた気がした。


 「入管したときから、みんなのことを想って頭を使って開拓していく颯紀さんに憧れていました!」


 え、泣ける。


 「成瑠ちゃ~ん」


 思わず腰を浮かせ向かいの成瑠ちゃんに両手を伸ばすと成瑠ちゃんも立ち上がってくれ、机を挟んでハグする。


 その様子を微笑ましく見つめていた樹さんがあっと声を出した。


 「いっそ颯紀ちゃんは無所属でよくない?」


 「えっ?」


 とりあえず抱き合っていた成瑠ちゃんを離し、椅子に落ち着く。


 「きっと部ができても慣れるまでは混乱もあるだろうし、まだ安定はしていないからね。全体を見て関われる人は必要だと思うんだ。」


 それは颯紀も思っていた。


 これではまだ安定しないと。


 「えっと、わたしも実はその選択肢があれば是非そうしたいと思っていたんですけど…いいですか?」


 語尾で小声になった。三人がなぜ早く言わないという目をしていたからだ。


 「違うの、考えてたけどそういうのアリかなって思っちゃったの!みんなが真剣に考え始めたら言い出せなくなっちゃたし…」


 「別に怒ってないから!」


 樹さんが割った。


 「そこまで考えてたんだ、すごいなっていう目ね。」


 成瑠ちゃんも首をぶんぶん振る。首痛めるよ。


 「…じゃあ、決まりでいいかな?」


 健吾さんがみんなを見て言った。


 全員が目配せをし、お互いに異論がないことを確認した。


 「「「はい!」」」


 全てが決まった。


 管処が変わる。






 「颯紀さん!」


 「おー良ちゃんっ」


 改革が明日に迫った昼休み。どこでお弁当を食べようかなーとふらふらしていたら良ちゃんに会った。そのまま管処の前の花壇のベンチに座り、二人でお弁当を広げる。


 「颯紀さん大変でしたね、ほんとお疲れ様です」


 「そんなそんな」


 「はたから見ても忙しそうでした」


 「管処内走っちゃったりしてたからね」


 苦笑しながら良ちゃんが言う。


 「お手伝いしてくださいって声掛けられなかったです。」


 「ごめんねぇ。でも手伝ったっめ大したことできないし…」


 手伝ってくれと言われれば行くが実際には「危ないですよー近づかないでくださいねー」と両手を広げているだけである。


 「いやー良ちゃんはすごいなぁって思うよ?あの現場で動けるんだもん。わたしは役立たずだったけど良ちゃんはめっちゃ役に立ってた。」


 良ちゃんが照れたように笑う。でもどこかぎこちなかった。


 「颯紀さん、私、防災·救助課辞めて生活課に行くんです。」


 知ってるよ。わたしが異動仕切ってんだから。ただその意図や裏については知らない。


 「嫌いじゃないんです、防災·救助課の役目。」


 良ちゃんが箸を止める。それに付き合って颯紀も箸を置く。


 「男子が多めだけど皆仲良くやってきたし、歳によって求められる技術が変わるんですけど、それもこなしてきたし…」


 うんうんとサイレントの相槌を打つ。


 「でもだんだんきつくなってきたんです。特に去年、歳三年ごと別れてやる訓練の13歳~16歳に入ってから。」


 防災·救助課の13歳~16歳のクラスは高い技術と体力を持ち合わせる課のトップである。そんなトップ集団の訓練は颯紀には計り知れない。


 「他の男子たちがやすやすこなすことに私は倍疲れて。倍練習して倍時間使ってもできないこともあって。皆優しいから頑張れって言ってくれるけど、やっぱり疲れるしできないんです。もう足引っ張ってるとしか思えなくて、はじめて訓練行きたくないとか思いました。このメンバーに私が混ざって現場行ったところで何の役に立つんだろう。私の遅れで人の命奪ったらどうしよう。そんなこといっぱい考えて悩んでました。」


 気付いていなかった。


 防災·救助課のくくりの中に更なるくくりがあって、嫌でもそのくくりはあって、それに苦しんでいる人が近くにいた。


 早く気付きたかった。


 「そんなときに、颯紀さんたちのアンケートが届いたんです。」


 そのタイミングで…。図らずも気付けなかった代わりに新たな選択の機会を与えたようだ。


 「私すんごい迷って。二コ上の先輩に相談したんです。そのときゆっくり話そうと家に連れてってもらいました。_それで、家に入った瞬間私は決断しました。なんか筋トレの器具から勉強の本、食事管理徹底した一週間分のメニュー表とかがあって、それ見て思ったんですよね。ここまでしないとダメなんだって。それと、私にはここまでできないと。」


 良ちゃんは少し晴れやかな、しかし悔やむような顔をした。


 「良ちゃん」


 遅いかもしれないが、気付いたなら声をかけたい。


 「良ちゃんはかっこいいよ。後ろ向きな理由でも決意だからね。良ちゃんは自分で考えて選んだんだよ、自分の道を。わたしはそこは胸張ってほしいなって思う。何にもカッコ悪くないし、できない奴でもないし、逃げたわけでもないからね。」


 見るは次だ、良ちゃん。


 「新しいところで笑っていてくれたら、わたしは嬉しい。」


 安定させることでも安心させることでもない。


 颯紀が動く目的は笑ってほしいから。


 「ありがとうございます。」


 良ちゃんが涙を溜めた目で上を見上げ、こぼすまいと耐える。


 「ふふっ、やっぱすごいなぁ」


 「急に何、良ちゃん」


 「颯紀さんが動くと良いことが起きます。今回だって私はきつい状況から救われました。他にも同性婚を認める決まり作ったり、朝夕学校の先生の確保を解決させたり、LFカード作ったり…颯紀さんに感謝している人、いっぱいいますよ。」


 素直に嬉しい。


 けど、颯紀一人に集中すべきことではない。


 「みんながいるからだよ。」


 誰一人として颯紀を一人歩きにはさせなかった。


 それが何よりの力であり大切なことである。


 颯紀自身も一人で何とかしようとは思っていないし、できるとも思っていない。


 だからみんなのために動いている。


 良ちゃんが恥ずかしくなってきたのか話を変えた。


 「颯紀さん相変わらず魚ですね。」


 「アジフライだよ。美味しそうでしょ?」


 「私肉派なので…」


 「ガーん」


 良ちゃんが笑う。颯紀も笑う。






 午後6時ごろ。


 颯紀は碧衣先輩の家を訪ねた。


 ベルマークが付いたボタンを押すと小刻みな振動と共にジーッという昨今聞かない音がした。先輩の家は瓦屋根で玄関も引き戸の古い家屋だ。


 曇ったガラス越しに人影が見えた。そのシルエットで先輩ではないと分かる。


 がらがらがら


 「あっ颯紀ちゃん」


 「こんばんはぁ」


 「どうしたの?」


 「あの、この前のお返しとタッパーを」


 「わざわざありがとう。上がってよ。」


 先輩の奥さんが颯紀を招き入れる。断る理由もないのでお言葉に甘える。


 「おっ颯紀ちゃん」


 外見にそぐわず中はわりと洋風な家で、先輩はテーブルに腰掛けていた。


 「颯紀ちゃん夕飯食べた?」


 「食べてないです。」


 「じゃあ食べていきなよ。颯紀ちゃんのお返しのアジフライ美味しそう!」


 「颯紀ちゃんアジフライ作ったの?」


 「はい」


 「今日、私料理当番だけど颯紀ちゃんのおかげで楽できるわ」


 「なんかずりー」


 先輩と奥さんが掛け合って笑い合う。


 「んじゃ、私準備するから。二人でゆっくりしてて。」


 奥さんがキッチンに去ると、先輩が颯紀に座るように促した。


 「いよいよ明日だね。」


 「はい。ようやく」


 「いやー僕の時代にあればなあ。あんなに混乱して駆け回らずに済んだかも。」


 「もうちょっと早く作れたら良かったんですけどね。」


 「んーでも颯紀ちゃん色々考えて作ってきたから余裕なかったでしょ。LFカードとか大変だったよね。」


 「LFは羽多さんの提案なんですよ。」


 「羽多さん!最近会ってないなあ。」


 「この前生活工場用品でたまたま会いましたよ。元気そうでした。」


 「そっかー。あ、お茶」


 先輩が席を立ってキッチンへ行き、湯呑みを載せたお盆を持って戻ってきた。先輩は目の前でお茶を注ぎ颯紀と自分の前に置いて座った。


 いただきます。呟いて一口飲んでから声をかけた。


 「そういえば先輩」


 「ん?」


 「わたしの元の課って知ってます?」


 ずっとなんとなく気になっていたことだ。今更言い出せない動きぶりをしてきたので改まって訊けなかった。でも先輩は颯紀が入管したときから知っているのでもしかしたら分かるかもしれない。


 「ああ、ないよ。」


 ん?知らないじゃなくてないよ?


 「ない?どういう意味ですか?」


 「そのままだよ。」


 先輩が湯呑みを包んでいた両手を離し、組む。


 「蒔紀さんの計らいなんだ。」


 その名前を頭で変換して、変換して、ママにした。


 「ママの?」


 「うん。僕が入管して二年目のときだったかな、蒔紀さんが退役することになって。そのとき蒔紀さんは色んな人に掛け合ってこう言ってたんだ。」


 わたしの子はやれるから。課に縛らないどいて。


 「当時蒔紀さんは管処のひまわりみたいでね。あ、例えきもい?まあ、とにかく皆それを受け入れたんだ。」


 颯紀ならできる。


 手紙にもそうあった。


 なぜママはそんなにもわたしを信じていたのだろう。いや、自分の夢を叶えてほしくて重いものを持たせたのだろうか。安定を果たせればそれで良かっただけなのか。


 愛とも押し付けともつけがたい。


 「僕だって蒔紀さんに頼まれたんだよ。颯紀をよろしくって。そのとき僕は8歳で、なんで自分が頼まれたんだろうって思ってた。年上の先輩の方がよっぽど信頼できるのに。でもそれも全部、蒔紀さんの考えだったんだ。颯紀ちゃんが入管するとき僕は12歳で、先輩にはちょうどいい歳になってた。それに、12歳なら最低でも颯紀ちゃんが12歳になるまでは見守れる。僕は、蒔紀さんは管処内でも外でも颯紀ちゃんが頼れて見ていてくれる人が欲しかったんじゃないかなって思う。」


 ああ、重さではない。


 結局、母と自分は似ているのだ。


 みんなのために。誰かのために。


 家中に貼られた付箋。未だ一つも剥がしていない。剥がれそうになってはテープで留めている。


 …ママ


 「颯紀ちゃん?」


 先輩に顔を覗き込まれてはじめて泣いていることに気付いた。


 滴が伝う感覚が新鮮で、その新鮮さがそういえばあの時泣けなかったなと思い出させた。ママの死は幼すぎて感じられなかった。ただ、気付いたらいなくなっていた。


 でも、こんなにも


 「いやっわたし愛されてるなって」


 泣きながら笑える愛を。いくつも。


 ああ、もうママ。今になって泣き崩れてるよ。


 本当はね、ママの腕の中でその胸に頬擦りして、ありがとうって溢しながら泣きたい。


 でもそれには遅すぎるんだ。


 だからこうして一人でしゃんと座って泣いている。


 笑いながらね。


 ママは悲しいことがあってもすぐ笑顔を作ってたでしょう?わたしはもっと早く笑えるよ。泣き笑いだけど。


 「…大変じゃー」


 ふいうちで先輩が呟いた。


 「え?急になんですか」


 「覚えてる?颯紀ちゃんが初めて管処に来たときの第一声。」


 「そんなこと言いましたっけ?」


 「言った言った。管処に一歩入って見渡して、大変じゃーって。」


 心の中だけだと思っていたが、さすが素直率直を絵に描いた6歳児、心の声駄々漏れだったらしい。


 「そのときね、すぐ分かったんだ。この子が颯紀ちゃんだって。」


 「え?」


 なぜだろう。それまで面識もなかったのに。


 「やらなきゃって意思がなければ大変だと思う感情は生まれてこないでしょ?それを颯紀ちゃんは最初に言ったんだ。ああ、この子蒔紀さんの志を持ってるって思った。」


 思い返してみれば、先輩ひ迷う素振りも見せず「颯紀ちゃんだよね?」と話しかけてきた。あのときはただの世話好きな先輩だと思っていたが、裏にはママの存在があったらしい。


 「すごいね、颯紀ちゃん」


 「はい?」


 先輩は颯紀の目を見据えた。


 「真っ直ぐその道を歩いてる。」


 一瞬止まってしまった。


 そうか、別にここまで真っ直ぐ歩かなくても良かったのだ。


 自分で選んで進んできたのだ。


 スタート地点に立たせたにはママでも、曲がらずに真っ直ぐ道を拓いたのは紛れもなく颯紀だ。いくら転換しようが畝を作ろうが、誰も口を出さないのに。


 「ママが転生したみたい。」


 「やっそういう意味で言ったんじゃ…」


 「違います。」


 颯紀は颯紀だということは分かっている。そんなひねくれた受け取りをしたわけではなく、


 「誇らしいんです。」


 颯紀はまだ濡れた目で堂々と言った。


 そう、素直に。


 ここまで真っ直ぐこれたことが。


 「そっか」


 颯紀を良く分かっている先輩は頷いた。


 「はーいできたよー」


 空気を入れ替える明るい声が入ってきた。両手には颯紀のアジフライに千切りキャベツを添えたお皿を持っている。奥さんは颯紀の顔を見ると、


 「え?!どうしたの颯紀ちゃん?!」


 「何でもないです。」


 「碧衣が泣かせた?」


 「違うわ!」


 先輩はあらぬ罪をかけられ、白米少なめの夕飯になった。






 ごちそうになった後、そろそろ帰りますと告げると先輩は玄関先までついてきた。


 いつもは上り框で手を振って別れるので何か言い足りないことがあるのかと思っていたら、案の定家を囲んだ石垣を出る直前に話しかけてきたきた。


 「ねえ、颯紀ちゃん」


 「はい」


 振り向いて立ち止まる。


 そこにいる先輩はいつもの優しいニコニコ顔ではなかった。代わりに背が高いくせに上目遣いのような、底から気にかけている顔をしていた。


 先輩はゆっくり紡いだ。


 「自分が幸せになっていいんだからね。」


 言外に、全て捧げなくていい。


 先輩、そんなこと、あなたが言うんですか。


 無意識に溜め息をつきそうになり、慌てて飲み込む。


 「はい。今日はごちそうさまでした。」


 「うん。じゃあね」


 先輩は道まで出て手を振ってきた。


 いや、あの言葉自体は響くんですよ。ただ、相手が相手。向こうは知るよしもないだろうが。


 もっと自分の人生として、自分のために生きる部分があってもいい。


 そんなことを何回か言われたことがある。


 それほど私は捧げているように、みんなのために動いているように見えるのか。違う。見えるのだ。そして自覚もしているのだ。


 だったらさ。


 妙に高まった心臓を抱えて先輩を振り返る。


 「先輩!」


 考えながら歩いていたためか、距離は5mほどしかなかった。


 こんなこと言ってもいいのだろうか。


 でも、先輩が先に許したようなものだ。


 「わたし、先輩のこと好きです」


 不思議とさらっと言えた。


 先輩は振る手を宙で止め、呆気にとられている。


 やっぱり気付いていなかった。


 颯紀だって、ただ捧げている以前に捨て身になりきれない人間なのに。


 先輩は分かってくれていると思っていたが、いつだってそこだけは分かってくれなかった。


 嬉しそうだったでしょう?明るかったでしょう?甘えてたでしょう?


 大体、面倒見がよくて優しくて笑顔で、退役してからも気遣ってくれるなんて、好きにならない要素をさがす方が難しい。


 でも、一つだけある。


 颯紀は先輩の家に目を向ける。


 低い塀の奥に明かりの漏れる窓がある。ちょうどキッチンの窓だ。そこに皿洗いをする人影が見えた。


 はぁと今度は自分に溜め息をつく。


 まったくわたしは、


 「うっそぴょーん!」


 とびきり晴れやかに夜空を裂くと、先輩はまたも止まったがすぐにいつもの笑顔でなんだよーと笑った。


 それを見て颯紀もいひひなんて発する。


 _笑ってくれないと笑えない人だからさ。






 管処内改革が施行された。


 颯紀が管処に入ると、そこは今までよりも活気に満ちた空間になっていた。


 新体制で円滑に役を迎えるための最終確認がそこかしこで行われている。


 「最後に1コ!こういう質問されたらここに書いて…」


 「明日また来てくださいって言えば大丈夫」


 「了解です!」


 「この箱じゃまなんだけど誰ー?」


 「俺の!まだ荷物運びきれてないんです」


 「おそっ、手伝うから急ご!」


 「おっと。どうした、走って」


 「いきなり出動要請きました!」


 「わぉ、がんば!」


 「はい!」


 それぞれが輝いているように見えた。


 窓口の向こうでは良ちゃんが資料を見ながら対応の確認をし、成瑠ちゃんは大量のテキストを抱えている。奥の一画である籍役管理課では親しげに話す健吾さんがいる。


 みんな、生き生きしている。


 「よっ颯紀ちゃん」


 後ろから現れたのは樹さんだ。


 「おはようございます!」


 「おはよ。めっちゃ顔ほころんでるよ」


 「えへっ。だって見てくださいよ、これ」


 ママ、あなたに反抗するところがあったとしたらここかもしれない。


 「笑ってるから、笑っちゃうじゃないですか」

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