大人なyoung

明日

第1話 絵未 はじまり


 広く、未知の溢れる宇宙。


 地球の遥か上空で出会った未知、その出会いが何をもたらすのか、


   誰も知らなかった。




 「ぎゃイッ」

 苦手な首を後ろからくすぐられ、思わず変な声が出てしまった。案の定、下校時刻の廊下は人でごった返していて、絵未の奇声が多くの人の耳に届いてしまった。


 「ねぇーもう恥ずかしいじゃん」


 「はははっ変な声出たね」


 犯人はやはり蒔紀だった。私の恥をげらげら笑っている。絵未は全力の不機嫌顔で腹を抱えている蒔紀まきを見下ろす。しかし少しの間の後、口角をにっと上げた。


 「ぐえっぷッ」


 絵未に負けず劣らずの奇声が蒔紀から漏れた。そして蒔紀がジロリと後ろを睨む。


 「何すんだ、こらっ」


 「人にやったことは自分にも返ってくるのです。」


 眼鏡に相応しい台詞で理久が冷静に言い返した。


 「なに真面目ぶってんの?バカ」


 「君よりバカじゃない自信あるけど?バカ」


 「は?自慢ですかー?」


 「事実だろ。テストの点差、前回もすごかったよな」


 「くぅ〜ドアホ」


 成績の討論に持ち込まれたら蒔紀に勝ち目はない。その討論で理久に対抗できるのは.......


 「絵未っこいつ黙らせて!」


 ....私くらい。


 が、今の絵未の矛先は理久ではなく蒔紀である。


 「私は蒔紀がいけないと思いまーす!」


 「ほーら、2対1だな」


 「ん〜もうっ」


 「蒔紀、その二人と口喧嘩したら100%負けだね」


 「おー穂乃伽おつかれー」


 生徒会で日々忙しい穂乃伽が合流してきた。


 「穂乃伽は今日も居残り?」


 「いや、今日は普通に帰れる」


 「じゃあ一緒に帰ろ~」


 「うん」


 穂乃伽の合流で持ち直した一同はそのまま廊下を歩き出した。


 あっ、


 しばらく歩いたところで穂乃伽が小さく声を上げた。


 「そういえば今日優斗が〝「掃除終わるまで待ってて」〟って言ってた。一緒に帰ろうって」


 「え、忘れてたの?ひどいなあ」


 「てかそれって二人きりで帰ろうみたいなこと?」


 「違うだろ。今日の掃除当番優斗と大だから三人で帰ろうとしたんだよ、きっと。」


 「そうそう、そーゆーこと。変な妄想しないでよ、蒔紀」


 「じゃあ二人待つかあ」


 「ごまかさないで、蒔紀。本当その妄想恥ずかしいから」


 「いいじゃん。二人とも悪い男じゃないよ?」


 「それは知ってる」


 「誰が良い男だって〜?」


 明るい声が割り込んできた。


 「別にいい男なんて言ってないっ。悪'く'な'い'って言ったの」


 「え、それって遠回しに俺らのこと良いって言ってない?」


 「っるさいわ!」


 蒔紀が顔を赤らめて投げやりになる。恥をかいている蒔紀に絵未と理久と穂乃伽はニヤニヤする。唯一ニヤニヤしていないのは心やさしい優斗だ。微笑んで穏やかな雰囲気を纏っている。


 「優斗はいいとして大だいは違うから!」


 「蒔紀、優斗が照れてる」


 「僕照れてないよ。」


 「なんで優斗は良くて俺はダメなんだよ!」


 「えー、性格?」


 「ひでえな、お前」


 「俺は大の性格良いと思う。俺はその性格好きだよ」


 「おー理久言うときゃ言うねぇ」


 「、、バカにしてんのか?絵未」


 「してないよ?」


 「理久ぅ〜俺は嬉しいぞー」


 大が理久に抱きつく。


 「うおくんなっ、離れろ、近い!」


 「優斗も来いよー」


 「、、、なんで?」


 優斗が無理やり引っ張られ、理久にピトっとくっつく。


 「だから離れろって!」


 大に腕を掴まれて離れられない優斗も次第に楽しくなってきたのか自分から理久を押さえつけ始めた。


 「何してんのかね」


 「子供かよ。」


 「ほんとそれ」


 絵未のつぶやきに蒔紀と穂乃伽が続き、三人で呆れる。


 「おーい、お前らも来いよー」


 「「「は?」」」


 底から訳が分からず、普段自分を保っている穂乃伽でさえ地の声が出た。


 「いいじゃん。今さら沸く変な情もないでしょ」


 「「「ないわ!」」」


 保育園からの縁でいまさら何の情が沸く。


 「じゃあいいじゃーん」


 大が理久と優斗と一体になったままこちらに近づいてくる。避けるのもまるで情の心配をしているようで悔しく、意を決して三人も団子に加わった。


 「だから暑いんだって!!」


 理久が絶叫する。


 「じゃあ自力で脱出すればいいじゃん」


 蒔紀がさらっと言う。


 ぐっと体を張った理久を五人でむんと押さえる。


 「無理!」


 大声でギブアップした理久を皆で笑う。


 わざと不機嫌な顔を作る理久をふいに大が慰めた。


 「まあまあ。こうしてられるのも今しかないかもしれないよ」


 ....笑えなかった。


 何気ない、本当に何気ない言葉が皆の笑顔を声のないものに変えた。


 かもしれない、それが事実になる日がそう遠くないと、少しずつ勘づいている。






 {アフリカ不審死続出}


 はじめはそんなニュースだった。


 忙しさで紛れてしまうような一本のニュースは、やがて紛れることが困難な程大きくなっていった。


 {不審死、ヨーロッパにも広がる}


 {不審死、北アメリカ大陸に上陸}


 {不審死、ユーラシア大陸全域に広がる}


 迫ってくる。


 心の隅で不安になりながら絵未たちは日常を送っていた。


 {死}といっても、それはニュースの中の出来事であり、自分達の生活から遠いところにあるような気がしていた。心配するより日常生活を真当する方が大切だと思っていた。


 しかし、絵未たちが抱き合って笑いあったあの日、新たなニュースが舞い込んだ。


 {不審死、日本に上陸}


 




 それでもまだ油断していた。


 不審死上陸だって、怖くない?


 数分の話のネタにしかならなかった。誰も身を震わせたり、狂いたくなったり、泣いたりしなかった。その時間は、今思えば、これから起こる悲劇がくれた猶予だったのかもしれない。


 そう、まだ。






 やがてぽつ、ぽつと国内で発見された不審死はついに絵未たちの県にまで迫ってきた。そして絵未たちの県に来るまでの道中で不審死は奇妙な噂を広めてきた。


 _死んでいるのは大人だけらしい_


 発表された死者のほとんどは20歳以上、それより若くても18歳が最年少。そして急速に拡大していることから感染症ではないかといわれている。


 「絵未ーお風呂入っちゃってー洗濯物回すから」


 間延びしたお母さんの声に、気怠くソファからむくりと起き上がる。


 毎日、死者数のみが変化していく報道を流すテレビを消そうと、リモコンに手を伸ばす。


 ちょうどその時、不審死の今後について討論していたコメンテーターが口を開いた。


 『僕はこのままでは大人が皆いなくなって、子どもだけの世界になると思うんですよね。』


 教授や学者に囲まれた社会派芸能人の発言をすかさず司会者がありえないと笑った。お笑い芸人である司会者はとっさに思いついた{子どもの世界}の面白おかしい例えを披露し、その場を沸かせた。


 『さあ続いては三ヶ月前宇宙空間へ飛び立ち、昨日無事に帰還した有人ロケット、イーグレット1号。怪我を負って帰還した日本人宇宙飛行士の.......』


 ニュースがすぐに切り替わる。しかし、絵未は一人取り残されていた。


 大人がいなくなる。


 自分の周りにいる大人がいなくなる。


 それはどういうことだろう。


 母、父、祖父母、成人した従兄弟、近所のおばさん、先生、、


 怖くなった。


 すーっと大人と過ごした日々が吸い込まれていくような気がした。


 声が大きく世話好きな母、お茶目で家族思いな父。_いない世界など、、、


 それに、先生。


 高校一年生のときからの担任で、絵未に理科系科目を教えてくれた人。最初の入学お祝いテストでひどい点数を取った絵未に先生は「理科は嫌い?」と訊いた。迷わず首を縦に振った絵未を微笑で受け止めた先生は一冊のノートを渡してきた。


 「これに日常の中で不思議に思ったことを書きなさい。理科的に答えてあげるから。」


 はじめのうちは何でこんなことしなくちゃいけないんだろうと思っていた。生徒一律の宿題プラスのノートは面倒くさかった。だから{なぜ肉眼で見えない原子を学ばなきゃいけないんですか}や{どうして人以外の生物の体の仕組みまで覚えないといけないんですか}など、始めて数週間はやさぐれた質問ばかり書いた。


 それでも先生は真面目過ぎるほど丁寧に返事をくれた。{見えないものでも確かに存在し、私達の生活に深く関わっているからです。絵未さんが使っているシャー芯もノートも原子の集合ですよ。}そう書いて原子の拡大写真を貼付してきた。


 どんな質問をしても一向に崩れない先生に、そのうち絵未が変わっていった。ただの不思議を書いて先生に簡単に答えられてしまうのが悔しい。徐々に絵未は先生を困らせる質問がしたいと思うようになった。今思えば、その思惑さえ既に先生の手の内だった。


 絵未は納得がいくまでしつこく先生にすがった。先生も教師のプライドにかけて絵未が首を傾げなくなるまで根気強く説明した。ときには、放課後に二人きりの実験室で目の前で実験を見せてくれた。そのときにはとっくに絵未のテストはトップクラスの点になっていた。元々他の教科は悪くなかったので、苦手教科との極端な凸凹をならせば成績は良くなった。


 おそらく互いの目的は達成したが、絵未たちの交換ノートは続いた。


 そして今も続いている。


 今年も担任になった先生は進級早々「今年もやろうねー」と笑いかけてきた。もう面倒くさいとは思わなくなっていた絵未も「はーい」と答えた。


 、、、いなくなってしまうのだろうか。


 ふと思い立ち、絵未は傍らに置いてあった通学カバンからノートを取り出して走り書きした。


 {この世界から大人はいなくなりますか}


 書いてからまた怖くなった。


 引いていく血の気と速くなる鼓動を抑えきれず、洗面所へ走り出す。


 「お母さん!」


 ああ。


 絵未はせり詰まった息を吐き出した。


 そこにいて、振り向いて、洗剤片手に、


 母がいた。


 「どうしたの?絵未」


 力が抜ける。


 生きている。


 「ううん。」


 絵未は笑う。


 「なんでもない。」


 そのとき、やはり楽観していた。






 朝。


 いつも通り「いってきまーす」と言い学校へ行った。


 教室につくと案の定蒔紀がいた。蒔紀は早起きで遅刻をしたことがない。学校に来るのも早くて、朝のホームルームまでの時間はたいてい蒔紀とおしゃべりして過ごしている。穂乃伽も早い方ではあるが、クラスが違うので朝は話す機会がない。理久と穂乃伽は五人の誰とも同じクラスではない。最初は「一人ぼっちだ」「友達できるかな」と不安そうだったが、今はそれなりに上手くやっているらしい。大と優斗は同じクラスで、二人でわちゃわちゃやっているようだ。優斗は意外と朝が弱く遅刻ギリギリで教室に入るようで、大は「朝は他のやつと遊んでるー」と軽く優斗を睨んでいた。それでも誰かと明るく過ごせるのが大の良さだ。


 「おはよー蒔紀ー」


 二つ前の席まで届くよう声をかける。


 絵未おはよー、昨日さあ


 と、こちらの眠気を吹き飛ばしてくれると思っていた。


 、、、蒔紀は何も言わなかった。


 体調でも悪いのか。いや、それなら席を立たずとも振り向いて「絵未ーおなかいたい~」と顔をしかめるはずだ。


 すくっ。


 蒔紀が立ち上がり、顔を上げないまま、机を挟んだ絵未の前まで歩いてきた。


 「蒔紀?」


 蒔紀はしばらく下げたままだった顔を意を決したように上げた。


 目が合った。、、、赤い目と。


 「ママが、、死っ」


 言い終わらぬうちに絵未は蒔紀を抱きしめた。机が邪魔でもっとくっつてあげたいのに出来ない。


 前のめりに絵未の肩で泣きじゃくる蒔紀を絵未は必死で受け止めた。頭を撫で、嗚咽を胸に押し付けて。


 それでもきっと受け止め切れない。


 絵未の母は昨日、笑い返したから。


 それを見てやっぱり大丈夫じゃんなんて思ってしまったから。


 私はどれだけ油断していたのだろう。


 どれだけ傲慢だっただろう。


 そして、これからどれだけ怖いだろう。


 ああ、もし感染症だとしたら蒔紀がその菌を持っているかもしれない。それを絵未が持ち帰り、両親に移してしまったら、、、、、


 絵未は蒔紀をより強く抱きしめた。


 手放したくないものはたくさんあって、その全てを守ることは出来ない。


 けれど、せめて目の前にある、今胸の中にあるこの身体だけでも、温めてあげることはできないか。それさえ出来ないほど無力にはなりたくない。


 だから抱きしめる。


 クラスの何人かが絵未たちを気にしてちらちらと視線を投げる。それでも蒔紀の泣きじゃくり方を見て、理解したように視線を逸らす。中には痛みに堪えるように唇を結ぶ人もいる。


 その時、はじめて気付いた


 今蒔紀を苦しめる悲しみがここまで迫っていることに。


 「席ついてー」


 先生が息を切らしながら教室に入ってきた。


 「ごめん、職員会長引いて…大丈夫?蒔紀さん」


 蒔紀がゆっくりと身体を離す。


 「大丈夫です。」


 席へ戻っていく蒔紀を引き止めたくなった。


 受け入れないで。その出来事を受け入れないで。


 ここで蒔紀が立ち直ってしまったら、この現実が当たり前になってしまうのではないか。失うことが常になってしまうのではないか。


 やめてよ。


 _その言葉は蒔紀に向けたのか、世界に向けたのか分からなかった。


 それでも蒔紀は涙を払わずきちんと歩いて行ってしまった。






「先生!」


 朝の学級会が終わり、そそくさと廊下へ出ていった先生を追いかけた。


 「あっ、絵未さん。ノートね」


 先生はまだわずかに息が切れている。


 「もう歳だあ。そこの階段がきつくて」


 先生がノートを受け取りながら自虐的に笑う。


 「何言ってるんですか。先生まだ30代でしょう」


 「そうだけど〜。この人でごった返した廊下で年齢を言わないで~」


 先生のいつもと変わらない調子に絵未も徐々に解けていく。


 「あ、もうそろそろ移動しないとね。1時間目は何?」


 「体育です」


 「なおさら早く移動しなきゃ。_それと、蒔紀さんのこと頼むね。」


 はい。本当になるようはっきり答える。


 「じゃあノートは明日返すね」


 「はい。分かりました。」


 階段に向かう先生に絵未は声をかける。


 「せんせーい、階段がんばれー!」


 先生が振り向く。


 「余計なお世話ぁー!」






 大人が動き出した。


 国内の死者数は日ごとに増え、その速度は倍々に近い。昨日は345人、今日は621人。


 危機感を持った大人たちはもしもの事態に備え始めた。


 _もしもの事態__大人がいなくなる世界。


 一部の大人は生活に欠かせない電気製品などを壊れにくく、また分かりやすい構造にする開発を始めた。子どもにも理解できる製品を残し、暮らせるようにするためだ。


 また一部の大人は、自らの仕事を事細かに記し、受け継ぐ準備を始めた。社会が回るよう、皆で支え合えるよう、役割を託すために。


 そして、目の前に紙がある。


 {あなたのやりたい職業を書いてください。*特にない場合は白紙で構いません。}


 学校から帰り、ポストをのぞくと珍しく絵未あての封筒が入っていた。差出人は市役所だった。


 「お母さーん、こんな封筒届いてたー」


 ただいまも言わず報告すると、


 「ああそれね。」


 母は驚きもせず納得した。


 「今朝ニュースでやってたの。政府がもしもの事態に備えて動き出したみたい。大人たちがいなくなっても混乱しないよう、あらかじめ子どもたちに役目を振っておくんだって」


 いまいち飲み込めない。


 「ほら、いきなり子どもだけになっても何をすればいいか分からないでしょ。それで迷ってるうちに皆死んじゃう。だから役目を振っといて何をすべきかはっきりさせておく必要があるの」


 んーん。なんとなく。


 確かに自分の役割、例えば農家や医者と決まっていれば、子どもだけになった時、それらの役割を真当すれば社会は回るかもしれない。その役割を政府がきちっと割り振り、暮らしていける最低限の社会を作ろうとしている訳だ。


 「それで取り敢えず希望をきくらしくて、その紙ね」


 --そして目の前に紙があるんだが、、、


 今まで将来を具体的に考えたことなどない。しかし、この紙がある。何かを書けばすぐにその職業に決まってしまいそうな。


 あ、期限はいつだろう。


 紙の隅々まで目を通すと期限は一週間後だった。


 また明日考えよう。






 月曜日。


 まったく先生は。明日返すね、とか言っといて明日は休日だったてば。金曜日って感覚なかったのかな。


 「おはよー絵未!」


 蒔紀が背中に当たってきた。その後ろには穂乃伽もいる。


 「おはよう」


 蒔紀はサバサバしているところがある。そして切り替えが早い。どれだけ泣いても落ち込んでも、引き摺ることがない。それが強がりであることは流石に分かる。それでも、明るくなろうとする蒔紀の力になりたいから知らないフリをする。きっと穂乃伽も同じだ。


 「あ、おはよー」


 優斗が眠そうに挨拶してきた。


 「今日早いじゃん、優斗」


 「どしたの?」


 絵未が尋ねると優斗は後ろを指差した。


 「大と理久が起こしに来た」


 「はい?」


 「ちげーよ。ピンポンダッシュしようとしたらおばさんがそっこー出てきちゃったんだよ」


 大が割り込んできた。大と優斗は家が近く親の仲も良いため、多少のいたずらは許されるらしい。


 「理久も?」


 穂乃伽が不思議そうにきくと


 「俺は巻き込まれただけ。」


 「ですよね」


 そのままなんとなく六人で歩く。


 「そういえばさ、届いた?」


 穂乃伽が唐突に言った。


 紙が届いた?それだけの問いなのに悲しみを乗せている気がして、黙ってしまいそうになる。


 「届いたよ」


 大がいつも通りの声で答える。どんな状況でも明るさを保てる大を改めて尊敬する。


 「皆どうするの?」


 蒔紀も保ったまま素直に問う。絵未より皆のほうが強いのかもしれない。


 「僕は家が漁師だから、漁師で希望するよ」


 意外にも優斗が真っ先に述べた。


 「俺は父さんに継げっていわれてるから」


 大の家は金属のなんでも屋だ。フライパンなどの調理器具から指輪まで手掛けている。その幅広い技術は業界の中でも高く評価されている。


 「二人は家的にねー。穂乃伽は?」


 「私は将来の夢が保育士だから、それ希望してかなったらいいなって思ってる。」


「ああ、俺も医者になりたいって思ってたから医者希望する。絵未は?」


 振られて戸惑う。


 「、、考え中」


 「まあ、急に言われても難しいもんね。」


 優斗がフォローしてくれた。


 「蒔紀は?」


 今度は大がきく。


 「わたしは白紙で出す。人が足りないところに調整してもらえればいい。」


 「ああ、それもあアリだね」


 蒔紀の意見に納得する。


 「、、、二人さあ、」 


 理久が呆れた声を出す。


「教室過ぎてるよ。」


 振り返ると二クラス先まで来ていた。


 「言うのおっそ!」


 蒔紀と二人で言い捨てて、きた道を戻っていった。






 朝のホームルームまでの時間は騒がしい。絵未も自分の机で蒔紀と話して騒音の一部になっている。


 空は曇っていた。思わずどんよりしそうになるが、頑張って常と変わらないようにしている蒔紀がいるから絵未も暗くはならない。


 ガラッ


 少し寂れた扉の音がした。


 「席ついてー」


 条件反射というのだろう。皆指示通り席につく。


 しかし、絵未はその声に固まった。


 絵未と向かい合って話していた蒔紀が自分の机へ戻っていく。


 だから、前が見えた。


 その瞬間、理性が飛び去った。


 「先生は?!」


 勢いよく立ち上がった絵未にクラスの視線が集まる。だがすぐその視線は先生ではない先生へ向けられた。




 ……先生は顔を歪めた。




 音もなく、涙が、頬を伝った。


 泣いている。自覚した途端に崩れ落ちた。


 しゃがみこみ、机の角を握り、額を押し付けて泣いた。


 嗚咽がこぼれる。粒が落ちる。止まらない。心臓から記憶からあふれだしてくる。


 先生、


 心の中で必死に呼ぶ。声に出しても伝わらない。


 私、ノートに書いて教えてほしかったよ。






 いつの間にか家に帰っていた。


 午前中は意味もなく保健室で寝転がって、天井を見つめていた。無心のはずなのに時々こめかみがひやりとした。見つめては冷たくて、見つめては冷たくて、見つめては冷たくて、そんなことを繰り返していたら蒔紀と穂乃伽がお弁当を持ってきた。


 未だに整理がつかない。心が空になっているのは雨が降りしきったからだ。殺風景な感情が今は残っている。


 ただ、涙の中で一つ決めたことがある。


 先生はノートを返してくれなかった。


 しかし、先生はとっくにくれていた。


 それに気付いたの。そして先生を想いたいの。


 《科学者》


 今までの字で一番達筆に書いた。






 「絵未ー!こっちこっち!」


 穂乃伽と蒔紀が手を振ってきた。


 「ごめん、遅くなったー」


 絵未も走りながら手を振った。


 明日から休校になる。これ以上普段通り過ごすことは難しいと政府は判断した。その意見に反対する人はいなかった。もはや半数近くの大人がなくなり、「いかに生きるか」よりも「いかに託すか」が議論されている。


 実際、様々な策が施行された。過密や過疎を避けようと平等に人数を割り振るため引っ越しを命じたり、生活用品などが手に入るようボタン一つ押すだけで生産できる工場を造ったり、とにかく長持ちする物を開発したりと、大人たちは最後の力を振り絞っている。


 そして、絵未たちのもとには「役目紙」が届いた。正式に役目が決まったのである。


 大は父親の仕事を継いだ。優斗は漁師に決まった。穂乃伽と理久は早めに夢が叶ったように保育士と医者になった。蒔紀はいわゆる市役所のようなところで役目を果たすことになった。絵未は学力試験を受け、科学者になることができた。


 役目につくのは明日から。学ぶことの多さや時間に追われることを見越して、今日は六人で集まろうという話になっていた。


 「もうみんな来てるよ」


 穂乃伽が急かし、三人で走る。


 コンクリートの階段を駆け上がると、公園の遊具が見えた。六人でよく遊んだり、たむろったりする場所だ。理久と大と優斗が公園の崖ギリギリで押し合いながら笑っている。


 「おーい、きたよー」


 蒔紀が大声で報告する。崖の手前で急ブレーキをかけた絵未たちを三人が「わっ」と押した。


 「キャッ」


 「ギィッ」


 「ギョェッ」


 それぞれが悲鳴を上げた後、振り向いて睨む。


 が、腹を抱えて笑う三人に、睨み続けることが出来ず、結局みんなで笑いあった。


 




 「これからどうなると思う?」


 崖に腰掛け、景色を眺めていると穂乃伽がぽつりと呟いた。高所恐怖症のない六人の中でも穂乃伽は特に怖さを感じないらしく、高い崖に座ると足をプラプラし始めた。


 「私、不安なんだよね。」


 はっとして穂乃伽を見たが、穂乃伽は涙ぐんでいなかった。


 「自分だって大人になりきれていないのに、これから一番上に立っていかなきゃいけない。」


 その通りだ。役20歳以上がいなくなる世界で17歳の自分たちは大人の枠であり、主軸として安定させていかなければならない。その覚悟はおろか、現状さえ受け入れるのが困難な自分たちにその役割は大きすぎる。


 「俺なんか怖くて仕方ないよ」


 大が目線を変えずにこぼした。


 「毎日父さんが技術を教えてくれるんだ。一コづつ作って。アドバイスもらって。でもさ、」


 大が言葉を切った。そのときはみんな理解して目を離した。明るいが強がりな一面もある大から。


 「俺が全部覚えたら父さんいなくなるんじゃないかって思っちまう」


 崩れる手前の声色だった。だが涙は払っていない。淵に溜めるだけで堪えたらしい。


 「わたしはさ、今、しっかりしなきやってすごい思ってるよ」


 大のこぼしを回収するように蒔紀がいう。


 「失って、でも、失ってないものもたくさんある。もう何も失いたくないって気持ちも強い。それでもわたしにはどうすることもできない。」


 こんなときでも蒔紀は口角を上げて話す。


 「だからせめて、今生きる人が幸せに生きられるよう、失う恐怖とうまく向き合えるよう、基盤を作っていきたいと思う。」


 強いな。


 そうか、私たちは基盤を作るのか。どんな世界にするのかも自分たちの手の中にある。


 妙に力みそうになった肩を優斗の声がならす。


 「僕は大切な人と一緒に過ごすことにした。」


 …………


 優斗の言葉を各々が消化し、、、しきれず、大がゆっくりきく。


 「大切な人って、誰?」


 なぜか理久が応える。


 「彼女だろ。」


 一斉に優斗に視線が集中する。


 優斗ははにかんで頷いた。


 「えっはいつから?!」


 「知ってる人?!知らない人?!」


 「どんな人?年上?年下?」


 「どっちから?まさか優斗?!」


 理久が一人落ち着いて、


 「七波さん。向こうからの告白で、えっと、小学生から?」


 「うん。」


 「いちず!」


 「え、私おんなじクラスだ…」


 「俺全然知らなかった……」


 「ってかなんで理久は知ってんの?」


 絵未がきくと理久はへ?という顔をした。


 「逆になんでお前ら知らないの?」


 「そういえば言ってなかったかな」


 「優斗…なぜ俺に教えない」


 「まぁ大は面倒くさそうだもんね」


 報告したら一番面倒くさそうな蒔紀がとりなす。


 「で、なに、結婚するの?」


 穂乃伽が足のプラプラを止めてきく。


 「うん。そのつもり。」


 この状況に合わせ、結婚できる年齢の制限は廃止された。他にも法律は特別例外用が作られた。義務教育などもその例外用が適応される。


 「はあ、おめでとう」


 「一途そうとは思ってたけど、本当にそうなんだね」


 「俺ん家来いよ。指輪作ってやる。」


 「いいね、それ」


 「いくいく」


 前方の日が陰り始めた。威風堂々とそびえる山に太陽が近付く。なんだか儚く思えて、景色にのせて言葉があふれた。


 「みんなさあ、助けてよね」


 「んー?」


 蒔紀に正面を向いたまま聞き返される。


 「私、絶対一人じゃ無理だから。それに私たちだっていま17歳で、生きられたとしてもあと三年しかない。そう思うとさ、ちょっと今生きてんのも悲しく思えてくる。」


 怖かった。不安だった。泣きたかった。やめたかった。どうしようもないものが、力強く私たちを流した。どこにも掴まれなかった。流される途中で沈んでいくものばかりで。正直、何一つ整理できていない。


 今、一緒に浮かんでいるのは私たちしかいない。


 「でも、俺ら生きてる。」


 大が明るく言った。


 「先が不安になって自殺した人も何人もいたじゃん?でも俺らは生を選んだんだなんか、かっこよくない?」


 そうか。失うことも悲しむことも生を選んだ宿命だ。それをかっこいいと言えるのはやはり大の良さであり、強さであろう。


 「だね、たしかにかっこいいかも!」


 蒔紀も明るく同意した。


 「それに、絶対助けるから。」


 「ていうか当たり前じゃない?私だって一人じゃ無理だもん」


 「僕も。」


 「俺も無理。」


 「もともと俺ら一人で生きてないからな。」


 ああ。


 身体の中で飼っていた息切れした化け物がようやく愛らしくなって吸収された。


 これは安堵というのだろうか。心強さというのだろうか。友情、友の情か?


 蒔紀が太陽を見つめたままいった。


 「みんなで生きていくんだよ。」


 全てだ。そして約束だ。


 決意だ。


 私たちが作る、幼く、つたなく、回る世界。


 その世界の一つの約束事。


 太陽がより山に近付く。そのとき初めて希望を見た気がした。


 「よっと、」


 両隣の大と理久の手を取って立ち上がる。


 「なんだよ」


 理久は怪訝な顔をしたが、大は微笑んで隣の蒔紀の手を引く。蒔紀も理解して優斗に手を差し出す。優斗と穂乃伽も手を繋ぎ、蒔紀がよいしょっと二人を持ち上げた。 


 「おお、やっぱ立つと立派に高所だな」


 「やば、私立ったら怖いかも」


 「さっきまで足プラプラさせてた人が言う?!」


 「…なんで手繋いでんだよ」


 「理久、まさか照れてる?」


 「照れてねえ!」


 「えーほんとにー?」


 「うっせー蒔紀。あと絵未も照れてるとか言うな」


 「優斗とは私たちと手繋いでて彼女に嫉妬されないの?」


 「言ってやれ、優斗。彼女はそんな人じゃないから好きなんだって」


 「なんで言わなきゃいけないの?…ま、たしかにその通りなんだけど」


 「うお~言うねえ」


 「お幸せにー」


 「…なんか恥ずかしくなってきた」


 茶化してツッコミ合って笑い合ってつつき合って。


 ああ、違うな。


 両手を強く握ってみる。


 すると右手も左手も同じくらいの力で握り返される。


 やっぱりここにある。


 さっきは太陽が希望の権化に思えた。でもやはり希望は目に見えるものではなく、今握りあった手の中にある。


 太陽が山に触れ、激しく発光する。その光を六人は目を細めて見つめる。


 そこに私は描いていた。


 自分の絶えたその先。自分が消えるその先。


 100年生きることなどとっくに諦めている。ただ、今いる人を、この先の人を、生かすことは諦めていない。


 _だから、きっとみんなもすがるように同じことを思っているだろう。


 この太陽は未来だ。

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