第7話 第2章 音楽は会議室で完成するんじゃない!現場で完成するんだ!(2)
―食堂前の広場―
ここは、大学の食堂の前に設けられた自由広場。昼時は多くの人が溢れるが、今は授業中で人が少なく、広いスペースにはまばらにしか人がいない。
そんな中、一際大きな声で喋る男女の3人組がいた。
「いや!マジでどうすんの?期待の新入生が来るって南川が言うから、こんな朝早く学校に来たのに、連絡先を聴き忘れて、合流が出来ないなんて!」
そう、怒鳴る男は、耳にピアスを空けて背中にギターケースを背負い、英字プリントの服を着ている。いかにも、音楽が好きそうな男だ。
「ふー。西郷(さいごう)くん!やっちゃった!てへ!」そう言って、女はあざとい笑顔を怒鳴る男に向けた。
「お前の素性知っている俺の前で猫被ったて無駄だぜ。バカ!どうするかを今は考えろ!」
さらに、怒りが増した声で、罵声を浴びせられた女は、態度を急変させて、『チッ!』と特大の舌打ちをした。
「うるさいわね!今も考えてるわよ!発情期の猫じゃあないんだからギャンギャン騒ぐな!」
南川がそう言い終わると黙って2人のやり取りを見ていた、格好は他の2人に比べて落ちつていて優しそうな女の子が、2人の中を慣れたように取り持ちに入った。女の子の背中には、大きなドラムケースがある。
「まぁまぁ、2人とも落ち着いて、いがみ合ったって仕方ないよ。皆んなでどうにかしないと、いけないから今ここにいるんだよ。だから仲直りして、協力しよ!ね!」
「東ノ宮(ひがしのみや)先輩がそう言うなら、仕方ないわね。手伝いなさいよ。西郷」
「手伝えって、お前は何かアイディアでもあるのかよ。南川‥」
「何を考えてるか教えて、真美ちゃん?」
南川は、真剣な顔をして話し始めた。
「もうすぐ、昼時になったらここに多くの人が来るわ。多分、藤田くんもご飯を食べにここに来るはず、だったらこっちから見つけに行かなくても、ここで目立つこと、例えばライブとかしたら向こうが勝手に見つけてくれるんじゃあないかなーって思って‥」
「曲はどうするんだ?」
「この前のライブハウスでした曲でいいんじゃない。曲は、なんでもいいと思う。とにかく目立てて、向こうがこっちを視認できたらいいと思うわ」
「じゃあ、この前ライブハウスでした、あの曲がいいんじゃないか!アップテンポで盛り上がるし!」
「私もそれに賛成!ゲリラライブとかワクワクするね!」
「じゃあ、決まりね!そうと決まれば、急いで準備するわよ!」
やることが決まったらしく、3人は急いでライブの準備を始めた。
「そういえば、東ノ宮先輩、ノースさんの件は結局どうなったんですか?」
西郷がそう機材の準備をしながら問いかける。
「いや、まだ全然進展ゼロだよー。本当にどうしたらいいか分かんないよ‥」
東ノ宮は、気弱な声でそう答えた。
「あの人は、本当に取り扱いがめんどくさいよなー。今は、何してるんだっけ?前会った時は、陶芸家になるとか言ってたよな。本当に行動の意味とパターンがわからん‥」
西郷は、アンプにベースのシールドを繋ぎながらそう答えた。
「あの、変態芸術家のピアノの演奏の腕は確かだから‥、バンドに戻るように説得するのは、また後で考えましょう。まぁ、今は目の前のことに集中しましょう」
「そうだね!」
「おう!」
そう掛け声を交わした、3人は黙々と機材を組み立てて、あっという間に簡易的なライブステージを完成させた。そして、完成させた時には、二時限目の授業が終わったのか、さっきよりも周りに人が多くなり、ガヤガヤとした雰囲気になった。
「さてと、時間もいい感じだし、そろそろライブ始めようかしら、西郷と東ノ宮先輩は準備いい感じですか?」
「大丈夫だぜ!」
「いつでも、いけるよ!」
「じゃあ、早速やりましょうか!ライブスタートしましょ!」
南川がそう言うと、西郷と東ノ宮はそれぞれの楽器を手に取り、南川をセンターマイクにしてそれぞれの定位置についた。
3人とも、三者三様の性格をしているが楽器を手に持つと、その目は3人とも一緒だった。早く演奏がしたい、どんな演奏になるかワクワクして仕方ない、そんな目だ。それぞれが、楽器の音が出るか最終チェックを行い終わり、いよいよライブの準備が全て終わった。
「東ノ宮先輩のタイミングでお願いします!」センターの南川が楽しいことが始まるのが待ち遠しそうに言った。
「オッケー、それじゃあいくよ!」
次の瞬間、マシンガンのような爆音で細かいドラムの音が食堂前の広場に響き渡った。そしてその音が聞こえた人は、何が起こったのか気になり、一斉に三人の方を向いた。南川のギター、西郷のベース、東ノ宮のドラム、3人の奏でる爆音のシンフォニーと南川のハスキーなのにどこか美しい歌声が混ざり合い、一瞬で食堂前の雰囲気を一変させ、その場の空気を掌握した。
その場に居た通行人は観客に変わり、食堂前の広場はライブ会場に変わった。
―南棟のある教室―
「はい、じゃあ定刻になったため、今日の授業はここまでとします。出席カードを教卓に提出した人から帰って大丈夫ですよー」と温厚そうな教授はマイクを使い教室中にアナウンスをした。
授業が終わったので、スマホを取り出し画面を見ると、山口からメッセージが来ていた。
「今日も昼飯食べるでござるよな?食堂で席取って待っているでござるよー」
いつもと変わらない、昼飯の誘いだった。そのメッセージに俺は、『行くから待ってて』とメッセージを送ってスマホを閉じた。
南川さんとロック部のことは、山口と昼飯を食べた後に考えることにしようか。授業中にずっと、なんとか今日中に南川さんと連絡を取る手段を考えたけど、全然思いつかなかった。どうしたものか‥。考えが煮詰まってしまい、何もアイデアが浮かばなくなってしまったので、一旦頭をリフレッシュさせて、また考えようと思った。
次にすることが決まったので、出席カードに自分の学籍番号を手早く書き、荷物を全部持ってから席を立ち、教卓にカードを出してそのまま食堂に向かった。
食堂に近づくと、いつもと食堂の雰囲気が違うことに気づいた。いつもの食堂では、聞こえてこない、ギターとドラム、そして女の人の綺麗な歌声が聞こえてくる。俺は直感的にその歌声の主が分かった。
俺は、驚いてしまい食堂の入り口の手前で少し立ち止まってしまった。立ち止まって気づいたが、普段ならこの時間に食堂に到着すると席が埋まっていて、料理の受け取り口には常に行列ができているはずだ。加えて、いろんな人の話す内容が混ざり合い、全体的にガヤガヤした雰囲気になっているのだが今日は違った。
席に座っている人は、全員が広場のある方の窓を見ていて、その視線が集中していた。そして、流れてくる軽快なメロディーを楽しんでいる姿は大学生ではなく、さながらライブハウスで音楽を聴きながら食事を楽しんでいるお客さんのように見えた。
俺は、食堂の中に入らずに、歌声が聞こえてくる広場のある方に走って向かった。だんだんと歌声が大きくなるにつれて、さっきの直感は確信に変わっていった。この、声は絶対に南川さんだ。そう、思った瞬間に目の前に見えたのは‥。
かっこいいのに、どこか美しい歌声と華麗なギターの演奏を披露して観客を魅了する南川さんがいた。そして、南川さんの歌声に負けないほど力強く、鼓膜に突き刺さるようなベースを演奏する、少しファンキーそうな見た目の男の人と、二人の演奏の後ろで、流れるようなスティック捌きでドラムからマシンガンのような爆音を量産している、大人しそうな女の人だった。
「まだまだ!これからだぞ!盛り上がって行くぞーーー!、観客のみんな準備は、いいかい?、アーー、ユーー、レディーー!?」
南川さんはノリノリでオーディエンスにコールを投げた。
そのコールにバンドの周りを囲っていた観客は『いえーーい!!!』ととびきりのレスポンスを返した。
「それじゃあ、次の曲もノリノリでいくよ!次の曲は『うれしい悲鳴をあげたいんだ』です!では聴いてください!」
南川さんがそう言うと、ドラムとベースの2人が演奏始めて、リズムを作った。そのリズムに南川さんがギターの音を重ね、メロディーに変えた。そして、そのメロディーに南川さんが歌声を重ねて、メロディーをロックソングに変えた。
3人がそれぞれ出す音は、それぞれ個性が強いが相手の音を消すことはしていなかった。それどころか、3人の出す音は重なり、それぞれの良い個性を大きく伸ばし、唯一無二の綺麗な形のない芸術に変わっていた。
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