第6話 第2章 音楽は会議室で完成するんじゃない!現場で完成するんだ!(1)
歩いていると、心臓の鼓動が昨日よりも倍近く速くなっている。それに伴い、吐く息が熱くなっているのが分かる。真冬なら、タバコの煙のように吐く息が真っ白になっているだろう。
いつもと変わらない大学に行くだけなのに、なんでこんなにも心臓の音がはっきり分かるのだろうか。明らかに、いつもと体調が違う。
ロックン・ロール部への挨拶を考えると緊張しすぎて昨日は、あまり眠れなかった。自己紹介をどうやるのか、考えすぎて分からなくなった。頭の中で何回も予行練習をしていたら夜更かしをしてしまった。
多分、顔色が良くなくて、頭もいつもよりも回らない、この挨拶をしに行くには最悪の状態で、多分陽キャの集まりだと予想されるロックン・ロール部に行くのは、視力をほとんど失った状態で肉食動物が獲物を狙うサバンナに放置されることと等しい状況だ。そんな事を考えていると、脇がじんわり熱くなってきた。俺は、今日1日、家に帰るまで上着を脱がない事を決めた。
思考力の落ちた頭で必死に、この体調を少しでも良くする方法を考えた。
そういえば、昨日の南川さんも夜更かしをして授業に来て、エナジードリンクをがぶ飲みしてたな。南川さんも飲んだ後の方が元気が出てたみたいだし、少しでも効果があるかもしれないから試しに買って飲んでみるか。俺は、大学に行く道の途中にあるコンビニにエナジードリンクを買うために寄ることにした。
しばらく歩くとコンビニに着いた。コンビニの中を見ると、見覚えがある図体の大きい男がいた。あ、あれは‥
「おいすー!、藤田氏、今日もおはようでござるよ!こんな所で出会うなんて奇遇でござるな!あ、そういえば昨日のモチの子も最高だったでござるな!」
見た事がある図体だと思ったら山口だった。山口を見たら普段の日常を感じたのか、何故か緊張が少しほぐれた気がする。緊張を気づかれないように、普段通りを装い言葉を返した。
「おはよう、山口はコンビニで何してたんだ?」
「アニメのくじでござるよ!藤田氏!今期の神作画アニメ『リコリコ・リスリス』はもちろん知ってるでござろう!そのキャラクターグッズのくじを引きに、早起きしてコンビニに来たでござるよ!」
楽しそうに話す山口の両手を見るとそこには、『リコリコ・リスリス』のヒロイン達のフィギアが二つあった。なるほど、推しのグッズが手に入ったから、こんなにも機嫌がいいんだな。良かったなと思い俺は、思わず微笑んでしまった。
「藤田氏は、コンビニに何しに来たでござるか?」
「あー。ちょっとエナジードリンクを買いたくてね」
「そうで、ござるか!藤田氏がエナジードリンクを飲むなんて珍しいでござるな。今日は、何かあるでござるか?」
「実はこの後、昨日入る事を決めた部活に挨拶しに行かないといけないんだよね。その為の元気を出すためにね」
「な、なんと!」
山口は、鳩が豆鉄砲で撃たれたような顔をした。
「ちょっと、すぐ買ってくるから、そこで待ってて、一緒に学校行こう」
「お、おうでござるよ‥」
「ありがとう!」
俺はそう言って、コンビニの中に入り、入ったらすぐの所にある冷蔵ケースの中にあるエナジードリンクを1本手に取り、レジで会計を済ませた。そして、外で待たせている山口のいる場所に戻った。
「お待たせ」
「そんなに、待ってないでござるよ。さてと、行くでござるか。さっきの話は本当でござるのか?」
「ああ、昨日山口と別れた後、ちょっと色々あったんだよね‥」
それから、学校に向かいながら山口に南川さんと駅の近くで、再び出会いその演奏に感動して、南川さんの所属するロックン・ロール部に入れてもらうことになった経緯を話した。
「なるほどでござるな‥。まるで運命的な再会でござるな‥」
「そうなんだよね。俺も、今しかないなって思ってしまってさ、その場の勢いに任せて行動しちゃったんだよね」
「拙者達も大学生になったでござるから、勉強に差し支えなければ、たまにはそんな行動してもいいのではないでござるかな。まぁ、拙者は藤田氏のことを応援するでござるよ」
山口は、優しい口調でそう言ってくれた。
「ありがとう、そう言ってくれると緊張が少しほぐれたよ‥」
「ははは、緊張するということは、それだけ真面目だってことでござるからな。悪いことではござらんよ」
そんな話をしていると、もう目の前に大学の校門が見えてきた。さっきと違って、
心臓の音はそこまで大きく聞こえてこない。コンビニで山口に出会えて良かった。
校門をくぐると、今日は二時限目から来たからか、昨日よりは混み込みしてなく、教室に移動するのに困らないぐらいには道が空いていた。
「さてと、山口は確か西棟の教室の授業だったよな?」
「そうで、ござるよ。藤田氏は南棟の教室でござりましたよね?」
「うん、そうだよ。じゃあ、俺こっちだから、また授業の後に食堂で‥」
「また、授業が終わったら連絡するでござるよー」
そう言って、山口は手を軽く振り、自分の授業のある棟の方に歩いて行った。俺も山口が手を振ると、手を振り返して自分の授業のある方に歩いて行った。
南棟に着いた。うちの大学は東西南北にそれぞれ授業を行うための棟があり、生徒は、それぞれの棟をグルグルと周りながら授業を受けるという感じだ。ちなみに、昨日南川さんと会った教室があるのは東棟だ。棟の中に入り、そそくさとエレベーターに乗り、授業が行われる教室に向かった。
教室に入って席に着くと、すぐに授業が始まった。授業の時間は、何事もないように過ぎていった。授業の中でノートを取る時間は、俺に普段と変わらない日常を感じさせて、また少しだけ緊張をほぐしてくれた。どうやら、これが俺のルーティンらしい。
普段の日常から脱げ出したいのに、その日常に安らぎを感じている。矛盾した感情だ。ただ、どっちも本当の気持ちだと思う。
その後、コンビニで買ったエナジードリンクを飲みながら、授業のノートを取り、片手間で今日の挨拶で話すことをノートに書いた。
そういえば、ロックン・ロール部てどこにあるんだろう?
南川さんが何も教えてくれてないことに今気づいた。
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