第2話(前編)……『仮釈放と裏切り者たちへの復讐』

前書き

終わったはずの事件が、祐実との再会で再び与一の胸を刺す。かつて命じられた暗殺、消えない罪、そして、街の変貌と女たちとの再会。記憶と現在が交差する中、与一は静かに未来への布石を打ち始める。


■ 8月13日・出所と最初の報復


朝10時……尼崎刑務所

与一は出所した。一夫の手配で防弾ガラス付きのトラックに乗って松崎町のビルまで帰って来た。途中で待ち伏せしていた刺客に白昼堂々と銃撃された。こちらはちゃかも持っていないので一目散に逃走した。潤の仕業だろう。報復はさせてもらうぜ。


8月13日昼12時……松崎町の事務所

昔の仲間たちが集まってくれた。出所祝だ。浪速警察署の生活安全課の課長岩崎太一44歳まで居たのにはびっくりしたぜ。


岩崎:与一、出所祝だ。ビールを2ダース持ってきた。


与一:岩崎さん、有り難えな。でも何か言いたいことでもあるんじゃないですかい。


岩崎:そうじゃねえよ。おめえが足を洗ったお祝いだ。社長さんになるんだろ。わるいことはいわねえ。どんぱちはもうやめろ。カチコミされたら俺のところに言ってこい。お前にゃ向いてる道だが、極道には先がない。


与一:心配掛けてすみません。なんとかこの道で頑張ってみますよ。それじゃみんな乾杯だ。俺は悪いがジュースにするよ。


与一:今から西成の西島牧師のところに顔を出してくるよ。夕食までには帰ってくるからここで麻雀して待っててくれ。


8月13日午後3時……西成の光の塔教会

西島牧師に挨拶に行った。

与一:この度はえらくお世話になりました。聞けば先生は他にも沢山出所の世話をしているそうですね。


西島牧師:そうよ。何十人と世話してきたわ。ほとんど元に戻るけどね。シャブ中やギャンブル依存症が多いからね。あんたのようなタイプは初めてだけどね。あんたはそういうバカはやらないと聞いてるよ。


与一:そういうバカはやらないけど、どんぱちはガキの頃から好きでして。


西島牧師:もう辞めるんだね。それよりあんたパチンコ屋をやるんだろ。何人か雇ってくれないか。功徳だと思ってちょうだい。


与一:分かりました。男女1人ずつ雇いましょう。成績が良ければまた増やします。


与一はシャブ中の淳二33歳と傷害罪で1年半喰らい最近出てきたばかりの安子21歳の2人を選んで事務所に連れて帰った。


8月13日午後7時……松崎町の事務所

一夫、洋子、黒田さん、サングラスの兄ちゃん、的場、的場の女の6人が麻雀をしながら待っていた。岩崎は帰ったようだ。


黒田さん……昔のパチンコ仲間、近くの梶原病院の放射線技師をしている。


サングラスの兄ちゃん……昔のパチンコ仲間、遊び人。


的場……昔のパチンコ仲間、遊び人、女房がカバン屋を経営しており昔は羽振りがよかった。


的場の女……昔のパチンコ仲間……近くの3流女子短大に通っている頃、パチンコ屋で的場と知り合い的場の女になった。


当時的場、的場の女房、的場の女と3人で並んでパチンコを打っており、俺と黒田さんとサングラスの兄ちゃんでひそひそうわさ話をしたもんだ。


俺と黒田さんとサングラスの兄ちゃん:女房は知らないんだろうな。3人並ぶとは的場も的場の女もいい度胸してやがる。


仕事は16日からだ。


与一:今日はみんなで豪勢にやろうぜ。


黒田さん:わらじやへ鴨鍋食いに行こうや。ココから近いだろ。


一夫:私は場所は知っておりますがまだ行ったことはありやせん。鴨鍋は鶏鍋と同じようなものですかね?


与一:もっと美味えよ。値段が違うわ。まあお前にも食わしてやるよ。洋子も行くか?


洋子:行く。行く。私も鴨鍋なんて生まれて初めてよ。


与一:それじゃ皆で行こうぜ。


8月13日午後12時……潤の住む梅田の高級マンション内

「わらじや」さんでの宴会を終えた与一と一夫は二手に分かれて武「与一の長兄、元安藤組組長」のマンションと潤「武の長男」の住むマンションに向かった。雇った男たちも4人ずつに分けて同行させた。残りの2人は安藤組の事務所前に待機させた。


マンション住人の後ろからオートロックをくぐり抜け、与一は潤の部屋1101号室のすぐ近くのPSパイプスペースに潜り込んでいた。連れて来た4人も近くの部屋のPSで待機させている。朝の5時までここで潜んでいるつもりだ。


■ 8月14日・復讐の完遂


午前5時……1101号室のPSにて

与一は水道の元栓とガスの元栓をきつく閉めた。しばらくすれば気がついて誰かが飛び出してくるかもしくは管理員がやってくるだろう。ここの管理員は日勤だから来るのは早くとも8時半だ。おそらく潤の女房が飛び出してくるに違いない。そのすきに室内に入ってしまうつもりだ。


8月14日午前6時……1101号室のPSにて

子供の声がする。


子供:お母さん、トイレの水が流れないよう。どうしたらいいの?


潤のばした:おかしいわね。キッチンの水も出ないわ。管理員さんは9時にならないと来ないし、ねえあんたなんとかしてよ。


潤:どこか壊れたんかな。PSを開けて中を見てみるよ。


ドアを開ける音がした。与一はポケベルを鳴らして4人に知らせた。メールより早い。潤がPSを開けた。みぞおちに一発食らわして気絶させ、5人で室内に入り、ばしたとガキを縛り上げて担架に乗せた。一気にエレベーターを下りて待機していた車に乗せた。


8月14日午前7時……天下一ビルの地下

一夫も首尾良く武と武のばしたをさらってきたようだ。残りの2名は安藤組の事務所に車を突っ込んで逃げてきた。これでしばらく時間を稼げる。潤と武の猿ぐつわを外してやった。


2人は状況を把握して観念した。


武:与一、助けてくれ。俺が悪かった。頼む。命だけは助けてくれ。


与一:お前らをこのままにしておいたら俺の命が危ない。仕掛けておいて今更泣き言云うな。俺が出所した時、殺し屋を送り込んだろう。全員皆殺しにしてやるぜ。コンクリ詰めにしてやる。おい一夫、ドラム缶5個とコンクリを車に積んで持ってこい。


潤:かしら、やめてくれ。親父もおふくろも何も知らないんだ。みんな俺が独断でやったことだ。やるなら俺1人にしてくれ。4人は助けてくれ。


与一:よし分かった。おめえがそこまで云うんなら4人は助けてやろう。


与一:だが4人が口を割らない保証がねえな。


与一:おめえを俺の知ってるロシアンマフィアのマグロ漁船に乗せてやる。そこで5年働け。


与一:昨日の殺し屋の名前と住所を此処に書け。お前が命令したとこの場で白状しろ。


与一:ビデオがおめえのやったことの証拠だ。懲役10年は食らうぞ。


与一:兄貴の命令でやったと云うんだ。兄貴もここでそう云え。兄貴の方は懲役15年は食らうぞ。


与一:それからばした2人は俺の事務所で働け。俺の女にしてやる。


潤と武は与一の云う通りに供述した。ビデオを複製して弁護士にも渡す手筈を整えた。一夫に潤を渡した。それ以後潤の行方は分からない。おそらく生きては居ないだろう。


武とばした2人とガキを解放してやった。ばした2人に阿倍野区松崎町○丁目○番地○号天下一ビル101号室㈱天下一に8月16日月曜日の朝9時から出勤するよう命令した。


今日のところはここまでです。血を見なくて良かった。良かった。


後書き

かつての仲間に向けられた鉄槌。だが血を流すだけでは、過去は洗い流せない。与一の復讐は、これで終わりではなかった。

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