吸血侯爵と転生捨てら令嬢のアレソレ

猫宮 秋

第1話 婚約破棄事変①

 それは王家の主催する大規模な夜会でのこと。


 この国の第三王子であるアダルバート・オースティンが17歳の成人を迎えて初めての夜会という事もあって、余程のことがなければ年頃の貴族令息令嬢は殆どが参加していたのだけれど、当の王子はまぁ三人目だし様子を見ながら…とでも言いつつ、未だ婚約者が定っておらず。


 直接話したこともないから実際のところは分からないけれど、個人的に感じた印象を語らせて貰えば、ただ今はまだ同性の友人達とのちょっとしたお祭り騒ぎや、深入りしない擬似恋愛的なやり取りを楽しむだけが気楽で良い、といった風。

 まだまだお相手に縛られたくないと思ってらっしゃるのではないかしら。


 とはいっても年頃の、それも王族の美麗な王子様。

 周りからすれば王子の思惑なんて関係ないといったところで、娘との婚約の打診をするつもりの貴族当主やら、自らアピールに余念がない肉食令嬢方が密集することとなって大盛況というか、王子周辺の人口密度がとてつもなく高くなっている。


 生まれた時から婚約者が決まっていた私は、王子とどうこうだとかは考えていないけれど、年齢が同じという事もあって、夜会自体には当然参加することになっていた。


 居たのだ、が。


 事が起こったのは尊き方々からのご挨拶が終わって割とすぐ。

 さぁ、今からダンスタイムに移行しようかといった時、長年聞き慣れた男の声が私の耳に飛び込んできた。


「ソレイユ・ローズブレイド!今ここで君との婚約を破棄する!」


 国中の貴族が集まってダンスをするくらいだから、当然会場は相応に広い。しかも今回は人数的にもかなり多いと言っていい。


 そんな賑わった会場で、声高に声をあげたのが私の婚約者である、ドレール・スタンフォード公爵令息。


 煌びやかかな金茶の髪に鮮やかな緑の瞳のドレール様は、女性受けしやすいその華やかな相貌を怒りに染めて、正面に立つ令嬢の…要するに私の瞳をめ付けた。

 その腕には、緩やかなウェーブでどピンク髪をツインにアップした、赤いドレスのコレット・シェリー男爵令嬢が、そのほっそりとした体躯をぎゅうぎゅうに押し付けてドレール様の背に腕を回している。

 彼女の華奢な体格は男性から見て、とても幼気いたいけで庇護欲を誘うらしく、詳しい事情を知らない人達からすれば、私はまるで物語の悪役か何かのように見えるらしかった。


 たった今ドレール様から婚約破棄を突きつけられたソレイユというのが、私のことである。


 全体的にキラキラしいドレールに比べ、髪は黄白色に瞳は薄茶という私は、どちらかというと地味。

 良く言えば楚々とした柔らかい印象の見目と言えるけれど、悪く言えばぼんやりとしていてハッキリとしない、ザ・中間色。

 婚約者からは卵の白身だのボヤけてるだの滲んで見えるだの言われ続けての現在17歳。

 この度やっと成人を迎えたデビュタントである。


 別に卑屈になっているわけではないのだ。

 私自身は私の事を、結構可愛いのでは、と思っているので。

 あくまで婚約者からの意見がそう、と言うだけ。


 その婚約者のドレール様から見れば、どうやら『ボヤけた印象』らしい私といえば、実際のところ見目の印象とは裏腹に、声こそ大きくは出さないものの性格の方は割合ハッキリとした物申すタイプだった。

 前世の記憶が目覚めたあたりからだから、多分に影響を受けていたんだと思う。


 そしてこの性格は、この国の貴族社会においては、実に不利に働いた。

 この国は基本的に男性の立場が優位にあり、女性は男性を立てるよう一歩下がってただ微笑む…が美徳と言われるから。


 別にそれが悪いというわけではない。

 この世界では普通の女性が一人で生きていくのは正直不可能に近いから、男性に守られるのが一番生存率を上げれられるのは間違いないから。

 ただ、そこそこ女性の社会進出が進んでいた世界の記憶がある私とすれば窮屈に感じたのだというだけで。


 例えば。


 『ドレール公爵令息がソレイユ伯爵令嬢と婚約関係にも関わらず、コレット男爵令嬢と二人きりでお茶をしている』というような事があったとする。

 そういった場合はこの国の「一般的」な貴族令嬢であれば、「一時の火遊びですから」ということで大目に見る(ふりをする)か、騒ぐのもみっともないとして周囲に噂され嘲笑されようともただ自分が泥を被る。

 懸命に波風を立てたところで両親や周囲の人間に「むしろそうした態度のせいなのでは」と責任を転嫁されるだけで何も良いことが無いから。


 火遊びではなかった場合。

 この時ばかりは両家の男親同士の賠償の話し合いが行われる。

 貴族の婚姻は政略的なものが殆ど。

 契約を結ぶための婚約者なのだから、当然破棄には謝罪と補償が必要になる。

 そしてその補償とは、破棄を申し出た方が負うとこの国の法で決まっている。

 国が許可した婚約という契約を一方的に反故にする訳だから当然のこと、補償金は馬鹿みたいに高額だったりする。


 だからこそ常識的な人物であれば。

 婚約破棄などしないし愛人を正妻にしようなど考えないし、何より王家主催の夜会の目立たしい場所で、婚約相手(とその家)を貶めるような真似はしない。

 自分の家と一族の誇りを傷つけられて黙っているような貴族はいないし、何より自分は公式な契約すら守れない信用の置けない人物だと言って回るようなもの。


 当然。当たり前。


 そんなことすれば通常の金額に加えて、様々な賠償金を上乗せされるに決まっている。

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