対話ならざる話し合い

 藁垣わらがき愁思郎しゅうしろうの意向により、事件から四日後の夕刻。龍ヶ崎りゅうがさき万丈ばんじょうとの話し合いの場が設けられた。


 ただし、大勢は厳重。


 両者の間には魔法戦車の砲撃でも割れない強化魔法が施された超強化ガラス。

 両者の部屋は分かれており、藁垣は車椅子。龍ヶ崎は床に固定された椅子に両手両足を枷で拘束され、全身を鎖でグルグル巻きにされた状態だ。


 藁垣の側には妖怪が二体。護衛のために立っている。

 両者共に殺気が充満しており、ガラス越しでもその殺気だけで龍ヶ崎を殺しかねん勢いで憤慨していた。


 が、龍ヶ崎は臆さない。

 それどころか対魔族用の枷を力尽くで粉砕。

 鎖を引き千切り、自分と藁垣を隔てるガラスを殴り付けた。


 が、さすがに魔族の魔法を対策するため作られたガラスまでは割れず、殴った拳から血を流す。


「フフフ……」

「何笑ってやがる」

「あぁ、ごめんなさい。あなたを笑ったというか……今のあなたが、昔の彼女そっくりで」


 と、視線を送られた羅刹女らせつにょは赤面する。


「た、大将! こんな時に昔の事を引っ張り出さないでくれよ!」

「ごめんよ羅刹女。でも喧嘩っ早いところとか、昔を思い出すなぁって」

「大将……」

「俺を前に漫才たぁいい度胸してるなぁ。出て来い! 自分一人じゃ何も出来ねぇ召喚士サモナーなんざ、ぶっ殺してやる!」


 そう言って何度もガラスを蹴られるが、藁垣は動じない。

 ガラスの強度を信頼しているからではなく、両隣にいてくれる二人――羅刹女と玉藻たまも御前ごぜんの二人を信頼しているからこそ持てる余裕であった。


「そもそも誤解があるようだ。確かに僕はカテゴリーでは召喚士サモナー、もしくは獣使いテイマーに見えるかもしれませんが、僕は彼女達の力を自らに仮受けて戦う特殊な存在。あなたの言う方々とは、系統が違うのです」

「どこが違うってんだ? 要は自分一人の力じゃ戦えない腰抜けって事に、変わりはねぇじゃねぇか!!!」


 体の骨は幾つも折れているはずなのに、それでもガラスを破ろうと蹴る、殴る。

 馬鹿馬鹿しい行動だと監視の看護師は怯えながらも呆れていたが、藁垣はその光景から一切目を離さなかった。


「何だその目は!」

「僕の目が、見えるのですか」

「布越しでもわかるぜ。その気色悪い真っ黒な目。初見でチラッと見えただけでも悪寒がした! そんな汚い目で、俺を憂いてんじゃねぇよ!」

「若……この者、黙らせてもよろしいでしょうか」

「玉藻姉。最悪の事態になるまで、こちらからは手を出さないのが条件だよ。それとも、あなたは仮にも群れの長に、恥を掻かせようと言うのかい?」

「……失礼。出しゃばった事を言いました」


 見えているのなら、わかっているのなら隠す必要もない。

 藁垣は布を取り、双眸を開く。

 血色の瞳からは濁った血涙が流れ出し、ずっと殴る蹴るを続けていた龍ヶ崎を一瞬だが止め、話す間を作った。


「友達の情報網を駆使して、この数日調べて頂きました。龍ヶ崎くん。君が喧嘩し、病院送りにしたのは、ほとんどが召喚士サモナー獣使いテイマー能力の魔法師。そして、貴族の地位に胡坐を掻き、自らは手を汚さずに他人を蹴落とす……そんな人達」


 歯噛みする彼が今何を思い出しているのか、藁垣にはわからない。

 クラウディウスに言って事件の詳細は調べて貰ったが、彼の過去――人生とも呼べる記録については何も調べさせなかった。


 情報として、彼の過去を暴く事は容易かもしれない。

 けれどそれでは、龍ヶ崎万丈という人間を知る事は出来ない。


 妖怪だってそうだ。

 一見悪い事をしているように見えて、その実自分でしか守れない物を守るため戦っていたり、その逆に正義の味方の面をして私腹を肥やしている奴もいる。


 龍ヶ崎と話したいと言ったのは、そんな彼の人柄を知るためでもあった。


「ムカつくんだよ……自分では碌に戦えもしねぇ癖に、デケェ面してる奴らが! 戦ってるのはいつだって、金も権力もねぇ、俺達廃土地スラム生まれの野郎達だ! 俺も、俺の兄貴も、俺の親父も、ずっとそうして生きて来た! だが親父も兄貴も死んだ! そうしたらどうだ、貴族は掌を返して、俺達はもう用済みと来た! だから俺は、そいつの家に忍び込んで!」

「その貴族を暴行。半殺しにしたと、聞いています」

「あぁそうだ。そうしたらよ、あの貴族の当主様が息子の命と引き換えに、元々そいつが入学する予定だったあの学園への入学の席と、入学から卒業までの資金援助をすると約束して来た。俺はその話に乗ったさ。でなきゃ、監獄ぶたばこ行きだったからな」

「ですがあなたは、すぐさま暴力事件を起こした。それは何故?」

「貴族の情報網ってのは、俺達凡人のそれを超えてるらしくてよ、俺が廃土地スラムの生まれと知った貴族の連中が、俺に話しを持ちかけて来やがったのさ。我が身の盾となり鉾となれば、相応の報酬を約束しようと。学園の奴ら全員がそうだ! 奴らにとって、俺は使役する精霊や戦士、獣と大差無かったんだ! だから悉くぶちのめしてやっただけの話だよ!」

「なるほど……色々と、納得出来ました」


 後神の能力を使い、車椅子ごと龍ヶ崎の背後へ転移。

 羅刹女と玉藻も霊体となり、壁を擦り抜けて藁垣の側へと追い付く。


「しかし、どうして僕が召喚士サモナー獣使いテイマーだと思ったのですか?」

「それも貴族の情報網って奴さ。時季外れの転入生は話題だったからな。俺をここに送った貴族を脅迫して、おまえに関する情報を送らせただけだ。そうしたら、妖怪だとかよくわからねぇ奴を使役すると来た。だから奴らと同類だと思うと虫唾が走って、殴り殺してやろうと思っただけだよ!」


 龍ヶ崎の拳が、藁垣に打ち込まれる。


 羅刹女も玉藻も動かなかったが、それは動けなかったからでも、反応出来なかったからでもない。動く必要が無かったからだ。

 玉藻に実力を認められ、羅刹女を実力で負かした藁垣は、不意打ちでさえ無ければ、力任せの素人パンチなど片手で受け止められる。


 そのまま拳を捻って龍ヶ崎の体勢を傾け、肘の駆動域と反対に曲げてやれば、龍ヶ崎はあっという間に片膝を突かされる。

 力尽くで無理矢理立とうとするが、肘が固められていて動けない。


「生憎と、妖怪は実力主義でしてね。従えるというのならそれなりの実力を見せてみろという方ばかりで、一方的に精霊や英霊と契約する召喚士サモナーや、魔法で獣を使役する獣使いテイマーとは、根本的に違うんですよ」

「てめぇは、そいつらも服従させたって言うのか……!」

後神うしろがみは違いますが、二人はそうですね。玉藻姉は当時彼女が使役していた八百の霊獣を倒す事で力を証明し、羅刹女は、一対一の決闘の末実力を認めさせました。今も加減を誤ると……」


 龍ヶ崎の肘が外される。


 痛みに悶絶してその場に倒れる龍ヶ崎に歩み寄った羅刹女は不服そうだったが、藁垣に一瞥を配って頷かれると外れたばかりの龍ヶ崎の肘を嵌め直し、起き上がるのに嫌々手を貸した。


「この野郎っ……!」

「動くなよ。下手に暴れたら、また肘が外れるぜ? そうしたら俺は嵌めてやらねぇからな」


 龍ヶ崎は悔しそうに歯噛みする。

 そんな彼を見て、藁垣は彼に攻撃の意思を持たぬ手を差し出した。


「龍ヶ崎くん。その怪我が治ったら、僕と同行して頂けませんか? あなたに、一緒に来て欲しい場所があるんです」

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