鬼に金棒、虎に翼、弱肉強食
修羅激昂
教室内に悲鳴が満ちる。
殴られた
だが、更にその先の相手にまで対応が追い付かず、通り過ぎた机を蹴り飛ばして何とか軌道を変え、椅子に頭をぶつけて止まるので精一杯だった。
「藁垣!」
「
クラウディウスが頭を抱えて様子を見ようとすると、後頭部から出ていた血がベッタリと付いて、クラウディウスの沸点を低くする。
「何だよその目、真っ黒じゃねぇか。キモっ」
「
「落ち着け、クラウ――」
「だ、めだ……」
越前はクラウディウスを押さえていたが、彼を含めた誰もが忘れていた。
藁垣の周囲には、姿を見せぬ者達が何人もいるのだと言う事を。
「殺、しちゃ……
「あ?」
藁垣の机の上に乗る、黒ずくめの女。
やや長めの灰色の前髪の下、皆既月食を起こした月の如き瞳が鋭い眼光を見せた直後、龍ヶ崎の喉に鋭いヒールの先が突き立てられた。
揺らぐ巨体の前に降り、フラつく足を払って下顎を掌底で打ち上げる。
更に心の臓腑の上に拳を二発。机の上に尻餅を突いた巨体の顔面にアッパーカットを決め、机の上に広がった龍ヶ崎の股間を蹴り飛ばした。
窓ガラスを破り、龍ヶ崎の巨体は校舎の外へ。
無抵抗でずっとやられ、男の弱点まで蹴られたが、若干フラつきながらも大したダメージを感じさせない様子で立ち上がる。
だが追って来た夜叉は一切驚かず、寧ろ鼻の下を覆う覆面の下で笑っていた。
「なんだてめぇは。あいつの護衛か何かか?」
問いに対する返答も、語り聞かせる言葉も無し。
代わりに応じる方法は、苦無で宙に描く漆黒の新円。
「招集……
新円の中に現れる襖。
開いて出て来るは巨躯の怪物。
牛の頭の鬼と、馬の頭の鬼。
二体には理性を感じられず、獣の様な印象を抱かされる。
「何だ? 魔物を召喚する魔法か? 下らねぇ」
「牛頭鬼、馬頭鬼……主を脅かす不届き者を……蹴散らせ」
二体の体が、筋肉で更に膨れ上がる。
牛頭は真っ黒に、馬頭は真っ赤に体表の色を変え、炎の魔法でも使っているのかと思わされる熱量を放出し始めた。
「気持ち悪い怪物だな。そんなの俺の敵じゃあ――ねぇんだよ!」
肉薄した馬頭鬼に一撃。
拳一発で打ち倒す。大の字に倒れた馬頭鬼は痙攣したまま、動かない。
「ケッ、呆気ねぇ。見掛け倒しの木偶が」
吐き捨てた唾が、馬頭鬼に掛かる。
それがきっかけ――ではないのだが、そう思わせるタイミングで馬頭鬼が立ち上がり、龍ヶ崎をガード諸共蹴り飛ばした。
飛ばされた先で受け身を取り、転げて起き上がる龍ヶ崎の背後に立っていた牛頭鬼が、腕を振り下ろす。
が、龍ヶ崎は受け止めると弾き返し、裏拳で顔に一撃喰らわせてから角を持ち、跳び膝蹴りを腹に叩き込んだ。骨が折れ、臓物の潰れる嫌な音が軋む。
倒れた牛頭鬼は呼吸を停止、ピクリとも動かなくなった。
「死んだか――あ?」
牛頭鬼が息を吹き返したと同時、立ち上がる。
もう一度倒してやろうと下顎に一発入れるが、牛頭鬼は微動だにしない。
先の裏拳の仕返しとばかりに、大きく振り被った拳にて龍ヶ崎を打ち、校舎に叩き付けた。
「こいつら……不死身か?」
牛頭鬼が校舎から龍ヶ崎を引き剥がし、投擲。
投げられた先にいた馬頭鬼が腹に膝蹴りを喰らわせ、また吹き飛ばす。
そうして始まる、地獄の獄卒によるキャッチボール。
片方は殴り、片方は蹴る。
そうして
が、唯一止められる人間が、一人だけいた。
「やめなさい!!!」
牛頭鬼が殴ろうとして、止まった側を龍ヶ崎が落ちて行く。
クラウディウスの肩を借りてやって来た藁垣の前に二体とも片膝を突き、首を垂れる形で制止。後れて、夜叉も彼らの前で同じ姿勢を取る。
「申し訳ありません、若。勝手な行動、取りました」
「君達が……ハァ、ハァ……僕の事を思ってくれているのは、わかっている、つもりです。だけど、限度がある。そしてこれは……ハァ、あからさまに、やり過ぎだ」
「しかし若。あの人間、一方的に、理由なく若を殴りました。半殺しでも、加減したつもり」
「君達も……知って、いるでしょう……人間は、強くも脆い。君達は加減したつもりでも……死んで、しまう、かもしれない……だから……より繊細に、扱わないとダメだ、と」
こんな時だが、クラウディウスは関心していた。
妖怪達を束ねているとか言っていたけれど、仲良しこよしの域は出られないだろうなと勝手に思っていた。けれど、彼はしっかり上の者として叱っている。
怒るのではなく、ちゃんとやっていけない事を教え、叱っているのだ。
それは誰にでも出来る事ではない。上に立つ者ならば、必要とされる才能だ。
「夜叉」
「は」
「僕のために戦ってくれて、ありがとう……ただ、牛頭鬼と馬頭鬼を出すのは、やり過ぎだ。彼一人なら、君でも充分対処出来た、はずだろう」
「怒りに身を任せた結果……反省、します」
「牛頭鬼、馬頭鬼。君達も、人間の殺生は僕以外の命令では禁止していたはず……怒りに、身を……任せ、力の制御を誤るなど……未熟者の、する事です。反省しなさい」
二頭は言葉を持たない。
その代わりに、深々と頭を下げて返事とする。
そこまで来て意識が更に薄くなりだしたが、藁垣にはまだ仕事が残っていた。
「夜叉……あなたを、この世界で数えて一週間、無間地獄に投獄……します。少し、頭を冷やすように」
「
「牛頭鬼と馬頭鬼は……大炎熱地獄の血の池に、三日、浸かりなさい。入ってから三日経つまで、一秒と……出る事を、禁じ、ます……
「はい」
「彼女達の処遇を、記憶……したね?」
「はい」
「では……すぐ家に、飛んで……皆に情報の共有、を……頼んだ、よ」
「わかりました、若」
普段は名前で呼ぶ後神でさえ、この時ばかりは弁える。
そうして今出来る事の全てをやり終えた藁垣は、完全に意識を停止した。
目を覚ましたのは、半日後だった。
目は布で覆われていたので何も見えなかったが、体を包まれている感覚から、保健室のベッドだろうと予想する。
「藁垣?」
「愁思郎! 起きた?!」
「越前くん……ヴァンティエムさん……起きたよ」
二人の疲れた息が聞こえる。
後頭部の鈍い痛みからある程度は察していたが、相当にヤバい状態だったらしい。
「頭の傷、あと少し深かったら致命傷だったかもしれないとさ。おまえ、あの時他人を庇って自分から椅子にぶつかっただろ。さすがにお人好しが過ぎる」
「そうだよ。彼らは普段から、君の事を良く言っていなかったんだ。クッションにされるくらい……」
「さすがに、とばっちりで怪我させるのは、ちょっと……僕だって、傷付ける相手くらい、選びますよ」
今の言葉には、ちょっとした怨みが見えた。
殴られた事を気にしているのだろうか。
クラウディウスも思い出して考えてみたが、藁垣はやり過ぎだと叱ったが、やるなとは言わなかった。
実は根に持っていたのかと思うと、ちょっとだけ藁垣が怖く見えてしまった。
「龍ヶ崎さんは」
「さすがに保健室では処置し切れなかったからな。近くの総合医療施設に運ばれたそうだ」
「両腕二か所ずつ。右脚三か所。肋骨を五本。五臓六腑の三割を損傷。肺が片方潰れてたらしいのに、それでもまだ生きてるんだから、あの人やっぱり怪物だよ」
「あの人……どうなるんでしょう」
「多分また謹慎処分だろう。もしくは……停学か。最悪、退学か」
「なら、その前に……彼と一度、お話してみたいな」
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