第五話 文化祭クライマックス! 恋の策略と世界の危機!?
文化祭の喧騒は、まるで煮えたぎる鍋のように最高潮に達し、星ヶ丘高校は文字通りの老若男女で埋め尽くされていた。模擬店の前には、今や伝説となりつつある二年B組の焼きそばパンを求める長蛇の列ができ、ステージでは、ボーカルの熱唱が校舎の壁を震わせる軽音楽部の演奏が、青春のエネルギーを爆発させていた。抜けるような青空は、そんな熱気を優しく包み込むように広がり、生徒たちの笑顔と歓声、そして食欲をそそる香りが、この一日限りの祝祭空間を、まるで異質なエネルギーで満たしていた。
そんな喧騒の裏側、ひっそりとした体育館の倉庫を改造した二年B組と三年A組の合同お化け屋敷「冥府の迷宮」は、悲鳴、嬌声、そして時折聞こえるえずき声が、絶え間なく響き渡る、文字通りの“冥府”と化していた。入り口では、特殊メイクの腕前がプロ顔負けのセレスが、「冥府へようこそ! 生きたままでは、二度とこの世の光は見られんぞ!」と、子供たちの小さな手を震わせながらも、そのホラーショーを楽しませていた。あかりは、そんなセレスの過剰な演出に苦笑しながらも、青ざめた顔で出てくる来場者に、「大丈夫ですよ、あれ全部メイクですから!」と、優しい笑顔でフォローに回っていた。
通路の奥深く、最終チェックを終えた健太は、壁に飾られた自作の、古城に絡みつく鎖の絵を、薄暗い懐中電灯の光で照らしながら、改めて見つめていた。(まさか、あの完璧超人の月影さんと二人きりで、あんな遅くまで準備することになるとは思わなかったな……あの時、彼女がふと見せた、氷の仮面がほんの一瞬だけ溶けたような、柔らかな、どこか寂しげな表情は、一体何だったんだろう? ただの僕の勘違い、見間違いかもしれないけど……)ふと、通路の奥の、セレスがゾンビとして潜んでいるはずの暗がりから、微かに聞き慣れた、しかし今の状況では信じがたい、ガルムの声が聞こえてきた。「セレスティア様! いったいこのような下等な場所で、何をなさっているのですか……!?」
健太が、訝しんで声のする方へ足を進め、おそるおそる暗闇を覗き込むと、そこには、ヨレヨレのカーキ色のトレンチコートを着た、あの怪しい男――ガルムが、舞台衣装の裾をまるで命綱のように掴んで、大粒の涙をボロボロと流しながら、ゾンビメイクのセレスに、必死の形相で詰め寄っていた。「お戯れはもう、おやめください! 魔王陛下が、あのように忽然と姿を消された今、あなたがこのような下等な世界の、取るに足りない芝居などに興じている場合では……! アストラルディアの命運がかかっているのですぞ!」
セレスは、ガルムのあまりの必死さに、ゾンビメイクの能面のような顔で一瞬固まっていたが、すぐにいつもの、どこか人を小馬鹿にしたような、小悪魔的な笑みを浮かべた。「あらあら、ガルムったら、こんな人間臭い、埃っぽい場所まで、わざわざ私を探しに来たの? まったく、あなたは昔から、過保護で心配性なんだから! 私は今、人間界の、驚くほど奥深い文化を体験しているのよ! 舞台役者! どう、この血糊と白塗りの芸術、なかなか似合うでしょう?」と、ゾンビメイクのまま、くるりと優雅に(本人はそう思っている)ターンしてみせた。
健太は、目の前で繰り広げられる、異様な、そして全く意味不明な二人のやり取りに、完全に思考回路がショート寸前だった。(な、なんだこのシュールな状況は!? あの歩道橋の怪しい男は、やっぱりセレスの知り合いなのか? ていうか、セレスは一体何を言ってるんだ? 魔王様? アストラルディア? 舞台役者? まさか、このお化け屋敷の小道具の名前か何かか……?)
その時、背後から、氷のように冷たい、しかしなぜか、どこかで聞き覚えのある、ゾッとするような声が、静かに、しかし確実に響いた。「騒がしいですね、セレスティア。ここは公共の場です。もう少し、その奇妙な唸り声を控えることはできませんか?」
健太が、まるで操り人形のようにゆっくりと振り返ると、そこには、周囲の喧騒がまるで別世界の出来事のように感じられるほどの、圧倒的な静謐さと、息をのむほどの美しさを湛えたルナリアが立っていた。彼女の普段の、夜の闇をそのまま閉じ込めたような漆黒のドレスではなく、今日は珍しく、控えめな印象の、淡いグレーのシンプルなワンピースを身につけていたが、その内に秘めたる威圧感は、周囲の人間を無意識のうちに畏怖させ、静かに道を譲らせるほどだった。
ガルムは、ルナリアの姿を認めた瞬間、まるで雷に打たれたようにその場に土下座し、額を床に激しく擦り付けた。「魔王陛下! なんという……! ご無事でいらっしゃいましたか! わたくし、愚かなガルムは、あなたの尊いお姿が消え失せて以来、夜も眠れず、 भोजनも喉を通らず……!」その声は、安堵と慚愧の念で震えていた。
セレスは、姉の予想外の登場に、ゾンビメイクのまま、まるで金魚のように目を丸くし、「あっ、姉様! どうして、こんなところに……?」と、どこか後ろめたいような、小さな声で呟いた。
健太の頭の中は、もはや完全に処理能力を超えていた。(魔王陛下!? セレスの姉!? 一体全体、どういうことだ!? まさか、あの時、あの男が意味深に言っていた『魔力』って……まさか、この信じられないほど美しい二人と、あの怪しい男が、本当に、人間じゃないっていうのか!? ファンタジー小説じゃあるまいし……)
ルナリアは、床に平伏するガルムを冷たい視線で一瞥すると、次に、困惑と反抗の色が混ざった表情のセレスに、鋭い視線を向けた。「セレスティア。あなたは一体、何をしているのですか? あなたに与えられた、アストラルディアの未来を左右する重要な使命は、下等な世界の、刹那的な文化に浸ることではありません。いい加減、その幼稚な遊びは終わりにするべきです。」
セレスは、姉の有無を言わせぬ厳しい言葉に、いつもの生意気で反抗的な態度を引っ込めて、まるで叱られた子犬のように、肩を落とし、しゅんとした表情になった。「だって、姉様……人間界って、意外と、魔界にはない面白いものもたくさんあって……それに、舞台の上で、自分の感情を表現するの、すごく楽しいんです! 人間って、意外と、感情豊かな生き物なんですね……」
ルナリアは、セレスの、どこか感傷的な言葉に、深い、諦めにも似た溜息を吐いた。「愚かな妹よ。あなたは、自分がどれほど危険な場所に、無防備に身を置いているのか、全く理解していない。この世界には、私たちの存在を微かに感知し、その力を利用しようと企む、狡猾な人間もいるのです。」
その時、お化け屋敷の入り口付近が、急に騒がしくなった。「きゃー! 何あれ!?」「うわ、マジで怖い!」「え、あれ、さっきまで動いてなかったよね!? まさか、本物……!?」
健太が、何事かと慌てて騒ぎのする入り口の方へ駆け寄ると、そこには、お化け屋敷の目玉として、入り口に鎮座させていたはずの、古びた中世の騎士のような巨大な鎧のオブジェが、カタカタと鈍い音を立てながら、ゆっくりと、まるで意志を持っているかのように動き始めていた。その動きはぎこちなく、明らかに何者かが内部から操っているようだったが、その異様な光景は、来場者に本物の恐怖を与えていた。
ルナリアは、その尋常ではない異変に、誰よりも早く気づき、その深淵のような蒼い瞳を、動く鎧に鋭く向けた。「あれは……微弱ながら、しかし確かに、魔力の反応があります。何者かが、このお化け屋敷に紛れ込み、私たちに気づかれないように、何かを企んでいるようです。」
ガルムは、主君の言葉に、慌てて地面から立ち上がり、「魔王陛下! わたくし、愚かなガルムが、すぐにあの不届き者を鎮圧してまいります!」と、手に持った、表面が曇った奇妙な水晶玉を、まるで武器のように構えた。
しかし、ルナリアは、静かに手を上げ、ガルムの行動を制止した。「待ちなさい、ガルム。下手に騒ぎ立てれば、周囲の無力な人間を巻き込み、無用な混乱を引き起こす可能性があります。ここは、私たちが本来いるべき世界ではありません。慎重に行動すべきです。」
その時、ルナリアの鋭い視線は、ふと、動く鎧の背後に、まるで獲物を狙う影のようにひっそりと立っている、見慣れない人影を捉えた。それは、数日前、最悪の出会い方をした、あのヨレヨレのトレンチコートを着た、怪しい探偵のような男だった。男は、ルナリアの視線に気づくと、ニヤリと歪んだ、底知れない不気味な笑みを浮かべ、手に持った、黒曜石のような輝きを放つ奇妙な杖のようなものを、ゆっくりと、しかし確実に鎧に向けていた。
「ふむ……やはり、この平凡な学園には、予想以上に面白いものが隠れているようだ。魔族の王女と、その姉……いや、魔王、でしたか。そして、あの、どこにでもいるような平凡な少年……面白い、実に面白い!」男の声は、周囲の騒がしい喧騒にかき消されそうになりながらも、ルナリアの、常人離れした聴覚にはっきりと届いた。
ルナリアの、吸い込まれるような蒼い瞳の色が、一瞬、底なしの深淵の闇のように、より一層濃く、そして冷たく輝いた。「あなた……一体、何者です? そして、あなたの目的は、一体何なのです?」
男は、被っていた大きすぎるソフト帽のつばを、指先でわずかに持ち上げ、その奥の、濁ったヘーゼル色の瞳に、嘲弄の色を滲ませた、不気味な笑みを深めた。「ただの、真実を追い求める、しがない探偵ですよ。あなたたちの世界の『真実』に、並々ならぬ興味がありましてね……そして、そちらの、実に平凡そうな少年……彼の持つ、微弱ながらも、他の人間とは明らかに異なる、特異な『何か』にも、ね。」
健太は、突然、まるで鋭い氷の刃で突き刺されたような、悪意のある視線が自分に向けられたことに気づき、全身の毛が逆立つような、本能的な嫌悪感と恐怖を覚えた。(なんなんだ、この男は!? まさか、月影さんたちのことを……一体、何を知っているんだ!? あの『何か』って、僕のことなのか!?)
その時、セレスが、姉と怪しい男の間に張り詰めた、一触即発の緊迫した空気を感じ取り、ゾンビメイクのまま、まるで子供が親を庇うように、二人の間に大胆にも割って入った。「ちょっと! あなたたち、こんなところで一体何をしているの!? せっかくの、この人間界で初めて体験する、素晴らしい文化祭のお化け屋敷が、あなたたちのせいで台無しじゃないか!」
ルナリアは、邪魔をする妹を、冷たい、まるで氷の彫像を見るような視線で一瞥した。「セレスティア、下がっていなさい。これは、あなたの手に負えるような、下等な存在ではありません。」
しかし、セレスは、姉の威圧的な態度に全く怯むことなく、両手を広げて、まるで小さな鳥が翼を広げるように、ルナリアを庇うように前に立った。「姉様を、傷つけようとするなら、この魔界の王女であるこの私が、最初に相手になるわ! あんたみたいな、薄汚い人間風情に、姉様の指一本触れさせない!」
健太は、目の前で繰り広げられる、信じられない光景に、完全に思考が停止していた。冷酷で、完璧なまでの美しさを持つルナリア、そして、わがままで、騒がしいだけのセレス。この二人が、本当に異世界の、それもとんでもない地位の存在だというのか? そして、自分に向けられた、あの男の底知れない不気味な視線は、一体何を意味するのか? あの『何か』とは、一体何なのだ?
その混乱の中、健太の胸の奥底から、これまで感じたことのない、熱く、そして強い衝動が、マグマのように湧き上がってきた。(何が何だか、さっぱり分からないけど……この、不思議な二人を、月影さんたちを守りたい! なぜ、そう思うのかは自分でも分からないけど、そう強く思うんだ!)
次の瞬間、健太は、まるで何かに導かれるように、お化け屋敷の小道具として、隅に立てかけてあった、先の尖った、ただの木の棒――ハリボテの槍のようなもの――を、無意識のうちに手に取っていた。それは、ただの安っぽい装飾品に過ぎなかったが、今の彼にとっては、勇気を奮い起こすための、唯一手にできる“武器”だった。
「お前……一体、何が、目的だ!」健太は、恐怖で声が震えながらも、精一杯の勇気を振り絞り、怪しい男を睨みつけた。
男は、健太の予想外の行動を、まるで滑稽な寸劇を見るかのように嘲笑し、歪んだ笑みを深くした。「ほう? まさか、背景に溶け込むだけのモブキャラが、勇気などという、実に人間らしい、愚かな行動に出るとは。面白い。だが、哀れなあなたに、一体何ができるというのです?」
その時、ルナリアの、静かに、しかしその奥底で激しく燃えるような蒼い瞳が、初めて、明確な、強い感情の色を宿した。それは、驚愕にも似た、しかしそれだけではない、もっと複雑な、何かを憂うような……。
「ガルム。あの不届き者を、捕らえなさい。生きたまま、徹底的に尋問する。この人間界で、これ以上、無用な混乱を引き起こすことは許しません。」
ガルムは、恭しく、しかし焦燥の色を隠せない面持ちで一礼し、手に持った、表面が不気味に脈打つ水晶玉から、黒い、まるで悪夢のような霧状の魔力を放出しようとした。
しかし、その瞬間、男の持っていた、黒曜石のような杖が、眩いばかりの、まるで太陽が凝縮したような強烈な光を放ち、お化け屋敷全体を、地鳴りのような轟音と共に激しく揺さぶった。「そうはさせませんよ。あなたたちの、この世界での滑稽な茶番劇は、ここで終わりです!」
轟音と共に、お化け屋敷の脆弱な壁が、まるで紙屑のように吹き飛び、制御不能な強烈な爆風が、すぐ近くにいたあかりや他の生徒たちを、危険な渦へと巻き込もうとした――!
「危ない!」健太は、咄嗟に、まるで反射的に、ルナリアとセレスの華奢な腕を掴み、爆風から二人を庇うように、自分の体を盾にして身をかがめた。
その爆風が吹き荒れる中、ルナリアの、普段は氷のように冷たい瞳が、初めて、明確な、強い感情の色を宿した。それは、信じられない光景に対する驚愕か、それとも……。そして、健太の背中に、確かに感じた、ルナリアの、ほんの一瞬の、しかし確かな温もりは、彼の心に、小さな、しかし消えることのない灯火を灯したのだった。
文化祭の、幸福感に満ちた喧騒は、一瞬にして悲鳴と混乱の阿鼻叫喚へと変わり、星ヶ丘高校は、平和な祝祭の舞台から一転、異世界からの侵略者、その陰謀に巻き込まれた平凡なモブ男子、そして、二つの世界の静かなる均衡を揺るがす、壮大な戦いの、予期せぬ舞台へと、否応なく変貌を遂げようとしていた――。そして、爆風に晒されながらも、健太の心には、これまで感じたことのない、熱い、そして揺るぎない決意が、静かに、しかし確実に燃え上がっていた。(たとえ、相手が何者であろうと……この、不思議な二人を、月影さんたちを、僕が、絶対に守り抜く!)彼の、どこにでもいるような平凡な日常は、今、彼の想像を遥かに超える、壮大な、そして予測不可能な物語へと、急転直下していたのだった。
(第五話完)
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