第2話 気になる他校のあの子のこと
「マジー? それやっばーっ!」
前の席で女子三人が、大きなリアクションをまじえながら大声で騒いでいた。朝から元気なものだ、俺も少しは見習うべきなのかもしれない。
「メールが一日に十通以上? 絶対エリコのこと
「エリー、悪いこと言わないからさっさと別れた方がいいよ。いくら彼氏でもそれは引く」
「何だよ、ショウコもマリも。メールのやりとりくらい付き合ってたら普通っしょ?」
「量が普通じゃないっつーの!」
朝の教室に声が響く。ホームルームが始まるまであと三十分はある。元気なのはいいが、やっぱりこんなにはいらんわな。
一週間前の席替えで窓際の席を獲得できたのは中々に運がよかった。ここは風通しがいい。ホームルームが始まるまで教室にクーラーはつかないのだが、ここなら涼しくて快適だ。まぁだからこうして、お話好きが集まってきたりもするわけだが。
スマホでソシャゲやらネットニュースやらを適当に見て、俺は毎朝をすごす。別に面白くはないが、この時間が嫌いなわけでもない。やっぱり朝はこうやって穏やかに優雅に、ゆとりをもってすごしたいものだ。
「そういえば聞いた? 島井のやつ、高校辞めたらしいよ」
「マジで?」
「しかもさぁ、髪とか金髪に染めてるらしくてさぁ、もう不良みたいってよ」
「へー、あの島井がねぇ」
ちょっと待て。今の話、もう一回言ってくれ。
人違いかもしれないが、『島井』がなんだって? あいつの話をしてるのか?
失礼ながら、俺は聞き耳を立てる。まぁそんなことしなくても充分聞こえる声量なのだが、この人たち。
「島井? 誰ー?」
「あー、マリは違う中学か。あたしらの中学にいたんだけどね、今は別の高校。今は
「
「そう、中学でも頭よかったのよ。そんでケンカも強くてさぁ、中一のときに三年の不良グループを一人でつぶしたってうわさもあってさぁ」
「その人、男?」
「いやいや、女子女子」
「へぇー」
その話は知っている、事実である。
あいつは中三の不良男子三人を一人で倒してしまったのだ。あのソリッドかつマッシブな見事な回し蹴りは、俺の中だけで伝説になっている。あいつ、脚が長いしスタイルいいから絵になるんだよな。
「何? 頭のいい不良?」
「別に不良ってわけじゃないよ、見た目も普通だったし」
「そう? ケッコー可愛かったっしょ。いやカワイイ系というより、キレイ系だったね」
「ふーん」
島井。下の名前は
中学の途中まではよく一緒に遊んでいた。でもあいつは神霜に入るための受験勉強が大変だったから、俺とは段々と疎遠になった。
そして高校に上がってからは、まだ一度も会っていない。
そうこうするうちに、なんだかメールとか電話するタイミングもつかめないまま、ズルズルと七月になった。まぁ別にこれといって用もないのだが……。
「あ、そういえばさぁ船井。たしかあんたって島井と仲よかったっしょ? 最近会った?」
「え、なんて?」
「だからさぁ……」
いきなり江梨子がこっちに話を振ってきたので、俺は少し焦った。聞こえてたけど聞こえないふりして、今までのあなたたちの会話を聞いてませんでしたよアピールをしておく。やれやれだ。
江梨子は俺と同じ中学校だったから、面識は一応ある。話しかけられたのはこれが初めてだったが。
「……それで、島井と最近会った?」
「いや、高校に上がってからは一度も会ってない。っていうか中学の途中からも会わなくなったなぁ」
「ふーん」
会話はそれだけで終わった。岬の話も終わった。
彼女らの話題は他校の女子生徒の話から、美味いマリトッツォを食べたいという話に変わっていた。たしかにあれ、ブームの時は何度か食べたけど最近見ないな。
やがて教室には生徒が揃い、担任が入ってきた。クーラーがついたため、俺は窓を閉める。七月の涼しい風が止んだ。
「もうすぐ夏休みだが、お前ら一年生だからって気を抜かないように。高校三年間なんてあっという間だぞ。今の内から進路についてよく考えること。あと……」
俺はうわの空で、入道雲を眺めていた。
岬の不良デビューのウワサが、どうにも気になっていた。
あと、今日はいつあれがくるのかも考えた。まぁ、こっちの方は取るに足らないことだ。
変というか、使い勝手が悪いというか、くだらない能力だよなぁ、やっぱり。
「おい、聞いてるのか船井。船井
「あ、すんません」
俺は頭を下げた。もし岬が見たら、しっかりしろとケツを叩いただろうなと思う。比喩ではなく、あいつは本当に叩く。たまに蹴る。
あいつ、元気だろうか。やっぱり連絡してみようかな。
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