パラノーマルアクティビティ

第19話 天野さんちの賑やかな雑談2

「樹里……! ちょっと聞きてえことがあんだ」

「樹里姉、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 かがりと円は互いの頬をぐいぐい手で押しあいながら、樹里に問いかける。

 譲れ、いやそっちこそ譲れ、と言わんばかりに。


 学校から帰ってきたばかりの二人は制服姿だ。


「……あとにしてくれ、円。あたしは大事なことを先延ばしにしないタイプなんだ」


「はー……? かが姉こそ邪魔しないでくれる?」


 リビングでノートパソコンをカタカタと打つ樹里はタンッと手を止めて、かがりと円に、それぞれ視線を送った。


「聞こうか」


「この前いってた、学校の女子が何人夕のことを好きになるかってやつ!」

「樹里姉が取ってる学校の女子が何人夕先輩を好きになるかってデーター!」


 二人の声が重なり、リビングに反響する。

 樹里はパソコンをパタンと閉じると、かがりと円の二人に向き直る。


「100%――その問いが二人からくることは予想できていたよ」


「……ま、円もそれか?」

「……かが姉こそ」


「落ち着くんだ、二人とも。データは逃げやしない。現日付をもっての話ではあるがね」


 くいっと眼鏡を中指で上げ、樹里は不敵に笑う。


「驚異の数字だよ。なんと『17%』……一年生、二年生、三年生を含む全校女生徒のうち、17%が夕くんに大なり小なり好意的な印象を持っている。私の立てたシミュレーション通り、事は大きく進んでいる」


「じゅ、じゅうななぱーって多いのか?」

「……けっこう、すごそうな数字だけど」


 具体的な数字はすぐには思い浮かばない。

 が、かがりと円にも、なんとなく多いのだろうということはわかった。


「簡単な話さ。うちの学校は一学年、八クラス。一クラス、四十人。単純計算で全校生徒の数は九六〇人。そのうち42%が女子、この数字に17%をかけると。およそ六〇人から七〇人の女生徒が、夕くんに好意を寄せているということになる」


 かがりと円は顔を見合わせ、樹里に向き直る。

 六、七十という具体的な数字を出されると、なんだかすごいことのように思えてくる。


「……や、やっぱり。なんかおかしいと思ったんだよ。……やたらめったら夕のこと聞きたがるヤツがいやがっから」

「……じゅ、樹里姉、それって。ちゃんと本人から聞き出して算出したデータなの……? 」


 円の鋭い指摘に樹里は動じない。

 それどころか、さらに笑みを深めて。


「一人一人、聞いてまわった。もっとも、枕詞には実験用のフレーズを使ったがね。『笹川夕についてどう思う?』という問いに、『病室で寝る彼はキミの名前をつぶやいていた』だとか『以前校内でキミのことを見つめていた』など、特別感を演出する情報を付け加えて、その反応を見た。するとどうだ、女子はみな口を揃えて彼のことを褒め称えるのだよ」


 その内の『70%』は同級生だったという情報はあえてぼかす。そっちの方が樹里にとっては面白かった。


「な、なにしてくれてんだよ樹里」


「樹里姉、なんでそんな……よけいな嘘つくかなぁ」


「……はは。かがりと円に同時に責められると、さすがにこたえるな」


 樹里は眼鏡を外して、目頭を軽く押さえる。


「精確なデータを取れたんだ。嘘も方便、というやつだよ。要因はネットニュースがバズっていることが大きいね」


「はあ、やっぱそれかぁ……」


「よくよく思えば夕せんぱいってかなりすごいことやり遂げたんだよね……」


「凄いよ、実際。警察が総出をあげて追ってた犯人を、たった一人で制圧したんだ。警官二人を裁鬼が殺害していたという情報も後から加わった。裁鬼が異常すぎて、夕くんの評価が爆上がりするなんて、なんとも皮肉な話ではあるが」


 そう呟く樹里もまた、皮肉めいた笑みを浮かべていた。

 洋画に出てくる、ニヒルな主役のような。


「しかも『重症』を負うというおまけつき。これだけで格闘技経験があったとか、なにかの武術を習っていたとか、そういう類いの憶測が飛び交うことはなくなる。弱きものが、勇気で私たちを救った。その美談が、新聞やネットニュースの一面を飾ったんだ」


 樹里の分析は的確で、かがりと円も納得せざるをえない。

 夕のやった事は、まさにそれだ。


「さらに付け足せば、裁鬼は女性の敵だった。女性だけを狙う、快楽殺人者。コメント欄は圧倒的に女性からの感謝のコメントで溢れていた。夕くんは外部の票を得たのさ。ここからは私個人の分析になる」


 樹里は眼鏡を掛け直し、カップのなかのコーヒーを一口含む。

 かがりと円は樹里の次の言葉を待つように、じっと視線を送り続ける。


「結論から言えば『意外性』が17%という驚異的な数字に繋がったのさ」


「「意外性?」」


 二人の声がまた重なり、樹里はくすっと笑う。


「たとえば文化祭の催しでこれまでパッとしなかった男子がバク宙の一つでも披露しようものなら、それだけで女子という生き物はその『意外性』にドキッとする。ギャップってやつだね」


 ふむふむ、と頷くかがりと円。


「別にこれは女の子に限った話だけではないんだ。たとえば業績の悪いサラリーマンが、社内が騒然とするような大手柄をある日突然に挙げる。すると上司は今までの態度がウソだったかのように手のひら返しで彼を褒める。同僚も部下も、彼のことを慕うようになる。意外性ってのは、日常に潜んでいてね」


 カップをくるくる回しながら、樹里は続ける。


「夕くんは今回、男子票も多く獲得した。つまり妬みやそねみが一切ない純度100%の好意を全校生徒から勝ち取ったのさ」


 樹里はカップをテーブルに置く。


「夕くんの評価はマイナスだったから。マイナスであればマイナスであるほど、大きなことをやり遂げた時の評価は爆上がりするものさ。『彼はいつだって本気だった。なぜ私は気付いてあげられなかったんだろう』――そんなやすっぽい後悔が、本気の恋になる可能性は大いにある」


 樹里の分析はまさに正鵠を射ているのだろう。


 その実、かがりと円は、教室内で女子たちが夕の話題で盛り上がっているのを聞いた。男子もそこに混じっていた。


 ニュース見た? 

 あれって笹川君のことだよね? 

 連続殺人犯から天野さんを救ったんだって。

 もしかしたら犯人らしき男を見かけてずっとガードしてたとか?

 下心じゃなかったんだ。

 普通にすごいよね。

 話してる時は悪い人じゃないし。

 意外に素直なところあって可愛いと思ってた。

 だから言ったろ、笹川は悪いやつじゃないって。

 お前ら第一印象で人のことあれこれ決めすぎな。

 女はこれだから。

 うっさい、男子。

 笹川先輩って二年の人たちが言ってるイメージと違うくない?

 わかるー、話したこともないのに恐い人って思うの違うよね。

 

 などなど。


 憶測が憶測を呼び、夕の話題で盛り上がっていた。


「蛇化現象ならぬ龍化現象。うなぎのぼりでも鯉の滝のぼりでもなんでもいい。とにかく夕くんの評価は今もなお上昇し続けているんだ。メディアが報道をやめない限り、しばらくはバフがかかったままだろうね」


 かがりと円は、樹里の話に聞き入る。

 

「問題があるとすれば、夕くんが入院中という点だろうか」


「それのどこが……問題なんだよ」


「けろっとしていれば笹川夕はそういうやつだ、と熱も冷めるかもしれない。でも、夕くんは重症を負ったんだ。リアリティだよ。ありそうでない現実が女心をくすぐるんだ。こればかりは脳科学ですでに解明されていてね――かがりと円も、心当たりがあるだろう?」


「「心当たり?」」


「唯姉に全てをもっていかれるのではないか、と朝からソワソワしてたじゃないか」


「「……」」


「男は目から入る情報に大きく依存される。そういう脳の仕組みだ。しかし女の脳は、想像と妄想だけで架空の恋愛をできるように作られている。男女で推し活の熱に違いがあるのはそういうことだ。事実、カレシ持ちの女の子のほとんどが『現実』と『理想』の二つを使い分けて、恋愛をしている。ああ、これ男子には内緒だよ」


 樹里の話は、やけに生々しい。


「夕くんは『理想』のような物語の主人公になってしまった。白馬の王子様現象だね。理想が現実をも侵食して、妄想がどんどん膨らむ。考える時間が多ければ多いほど妄想は加速する。だから入院ってやつが厄介になってくるのさ。妄想力の豊かな女の子であれば、この待機時間中に質問の十個や二十個は用意しておいて、夕くんがこう返してくればこう返す、というシュミレーションを頭の中で何度も繰り返していることだろう」


 樹里は一息ついて、またコーヒーを口にする。


「王道にはなぜ不謹慎がつきものなんだろうね。ファンタジーで例をあげれば、いくつもの村を焼き払った数万の軍勢をたった一人の英雄が倒す。その英雄の行いを、かっこいいと評する人たちがいる。その英雄は己の命すら顧みない献身で、敵に立ち向かい、生死を彷徨ったというのに。世界は悲しみで満ちているというのに」


「「……」」


「哲学には答えがなく、あまり好きではない。まあ、それはいいんだ」


 樹里は眼鏡のブリッジをくいっと上げる。

 

「退院明けに起こるよ。間違いなく。空前絶後の笹川フィーバーが。このデータを取る前から18%というシミュレーションを組めるほど、今回の事例は予想がつきやすいものだった。かがりと円も頑張るんだ。夕くんに好意を抱いている女子は多い。購買に人気のパンがあと一つだけしかない状況だと思ってくれ」


「だ、ぁあああああああ……! 聞きたかねえこと聞いちまったよ!」

「うぐ……早めに手を打たないと……夕せんぱいに変な虫があああ!」


「つーか、円。いつの間にそんな夕に懐いたんだよ。ついこないだまでいってたことと正反対じゃねえか……」

「かが姉には関係ないでしょ。夕せんぱい、わたしのこと理解してくれるから……なんていうか」


「二世代三世代のクセモノ二人にこうまで好印象を持たれるとは、夕くんも罪作りな男だね」


「樹里にだけはいわれたくねえ!」

「樹里姉だけにはいわれたくない」


 かがりと円の声が重なり、樹里はひくっと頬を引きつらせた。


「ただいま。あら、かがりと円はまた喧嘩してるの? 私との約束を破って」


 夕のお見舞いから帰ってきた唯香が、リビングの惨状を見てちょっとだけ困った顔をする。


「ゆ、唯姉、おかえり。け、喧嘩はしてねえから」

「唯姉、おかえり。うん、してないしてない」

「おかえり、唯姉。仲良しなものさ。二人して夕くんのことを話してただけだよ」


 唯香はかがりと円の二人を交互に見て、それから樹里に視線を送る。


「まあ、なんとなくは想像がつくけど。安心なさい。お姉ちゃん、夕くんと約束してきたから」


 ん? と三人は同時に首を傾げる。

 

「樹里風に言えば、100%を勝ち取ってきたってことになるのかしらね。ふふ」


 にこりと微笑む唯香は悪い顔をしていた。


「……」

「……」

「……」


 容赦のない選択を夕に迫ってきたのだろう、という想像はつく。


「年下の男の子っていいものよね。まだまだ子供の一面もあって、つい困らせたくなっちゃったの。少し大人げがなかったかしら」


「おい……夕のやつダイジョーブか?」

「わかんない……唯姉のことだから」

「ひゃくぜろということは……そういうことだよ」


 かがりと円と樹里は唯香の笑顔を見て、夕が無事でありますようにと祈るしかなかった。

 長女の恐い一面をこれでもかというほど間近で見てきた三人だからこそ、そう願わずにはいられなかった。

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