第23話 お弁当と曜日ごとにデート
昼休みになった。
かがりが俺のもとにやってくる。
「唯姉、中庭で待ってるって。一緒にいこ」
「なんか緊張してくるな……」
「あたしらのこと追っかけまわしてたのに、そこでひよるのがなんか夕らしいね。にゃはは」
「緊張もするさ。……唯香さん相手だと」
かがりにそう返しながら、俺は椅子から立ち上がる。
クラスメイトたちの視線は相変わらずだ。
特に藤咲と西条は興味津々といった具合に、俺とかがりのことをちらちらと見ている。
「あ、そだ。ポンポン話進めちゃったけど、夕にも予定あるでしょ? 中島くんとご飯食べなくてダイジョーブ?」
「大輔のことなら気にするな。サッカー部の連中と食べるだろ」
「そかそか」
廊下に出て、階段をおりる。
校舎と校舎の間に挟まれた、スタジイの木が生えた中庭へと向かう。
唯香さんが一人、ベンチに座っていた。
涼と樹里とセイラと円ちゃんと奏多ちゃんの姿はない。
ベンチの上にお弁当が広げられていて、唯香さんはその横で文庫本を開いている。
羅生門。しぶいな、芥川龍之介は。
「こんにちは夕くん。かがり、夕くんを連れてきてくれてありがとう」
ぱたりと文庫本を閉じながら、唯香さんはにこりと微笑む。
「ど、どうも、一昨日ぶりですね」
「だから畏まりすぎだって。もっとフランクにいこうぜ。にゃはは」
かがりに背中を叩かれる。
「こら、かがり。女の子がすぐに手をあげないの。ごめんなさい夕くん。この子ったらいつもこんなんだから」
「ああいえいえ。だってよ、かがり」
「……こ、こんなん手をあげたうちにはいらねーし。夕のばか」
かがりは唇を尖らせ、俺の肩をぱしっと叩く。唯香さんが、「もう言ったそばから」と呆れ顔でかがりをたしなめた。
「お昼まだでしょ? よかったら一緒にどう?」
三段重ねの重箱をてきぱきと広げながら、唯香さんが言う。
かがりとアイコンタクトする。
かがりはこくこくと頷いた。
唯香さんの横に、二人並んで座る。
お弁当の中身はキラキラしていた。
唐揚げ、卵焼き、アスパラのベーコン巻きといった定番のものから、お花みたいな形の人参やブロッコリーの炒め物などなど、色合いもよく、まるで宝石箱のようだ。
二段はオカズで、一段目は七色のおにぎりが所狭しと詰められている。
「あ、ありがとうございます。いただきます」
「ふふ。慌てずに食べてちょうだいね」
「あの、いつもは……七人で食べてますよね? どうして今日は」
「退院したばかりでしょ。話をするにも、いきなり全員で押しかけても気疲れしちゃうかなって思ったから」
唯香さんはにっこり微笑むと、肉巻きおにぎりを箸で掴んで、俺の方に差し出す。
「え? あ……」
「はい。あ~んして」
いきなりの青春イベントに俺は動揺する。
そんな俺の様子をかがりが、ニヤニヤしながら眺めているものだから余計に恥ずかしい。しかも中庭にいる他の生徒たちまで、なんだなんだとこちらを見てくるのでより恥ずかしい。
でもまあ、せっかくのご厚意なので素直に受け入れることにした。恥ずかしいけど嬉しいし、幸せだ。
「あ、あーん……」
俺は口を開ける。ぱくり。
う、うまい。美味しい。
カリっとジューシーに焼かれたベーコンのような食感のお肉は生姜焼き風味で、甘辛のタレが染み込んでいて美味しい。
はじける米粒の中にはネギを
モグモグもぐもぐ。
一心不乱に咀嚼する俺を見て、唯香さんは微笑む。
隣でかがりがまるで自分の手柄のように、ドヤ顔でふんぞり返っている。
「お、美味しいです……めちゃくちゃ」
「よかったわ。たくさん食べてちょうだいね」
「唯姉、朝から張り切って作ってたもんね」
「かがり、余計なことは言わないの」
「はーい」
唯香さんが注意すると、かがりはいたずらっぽく笑った。
「呼び出してごめんなさいね」
「い、いえ、全然大丈夫です。それで、話っていうのは……」
「そうね。どこからお話しましょうか。急にこんな提案をしたら夕くんも驚くと思うのだけど……」
唯香さんは神妙な顔つきで、俺に語りかける。
俺はごくり、とつばを飲み込み、唯香さんの次の言葉を待った。
「夕くんは私たちと仲良くなりたいのよね? 病室で私が伝えたこと、覚えてるかしら」
こくりと頷く。
「もしかしたらあったかもしれない恋を、未来ごと差し出す。俺の全部を、姉妹全員に捧げる。そういう……約束でしたよね?」
「うえ、げげ。ゆ、唯姉、夕にそんな約束させてたの?」
かがりがぎょっとした。
「かがり。周りの視線をゆっくり観察してみなさい。男の子の視線が集まるのは自然な形だと思うけど、女の子の視線がやけに湿っぽいと思わない?」
かがりはきょろきょろと周囲を見回し、「あ、ほんとだ」と、小さく呟いた。
「多分この一回で牽制しておかないと、明日から夕くんに話を聞きに行こうとする女の子で溢れかえっちゃうと思うの。今日は様子見でしょう。私、そういうの苦手なのよね」
唯香さんは肩をすくめる。
「え……? な、なんで俺が。クラスメイトならまだしも、俺けっこう女子に嫌われてますよ」
「夕くんも気付いているのでしょ?」
「まあ、その。どういう風に裁鬼に立ち向かったのか、とか。そういうのは聞かれると思ってます。ただ……牽制とか、そんな物騒な話には」
「そのファーストコンタクトが、武勇伝から始まるところが、ちょっと心配なの」
「は、はぁ」
「私もかがりも下の子たちもみんな夕くんには恩を感じているし、感謝もしてるわ。でもそれが直接的な恋愛に結びつくかというと、それはまた別問題だと思うの。でも、こうしてできたご縁をあっさりと他の女の子たちに持っていかれてしまうのも、なんだか癪なのよね」
かがりが俺の隣でおにぎりを頬張りながら、うんうんと頷く。ご飯粒ついたかがりも可愛い。俺はどう答えたらいいのか分からなくて、そのまま唯香さんの瞳を見つめ返す。
「どちらにもチャンスがある。そういう話で手打ちにできればと思ってるわ。私たちにも夕くんにもチャンスがある。ただし先日言った通り、他の女の子たちが介入する余地はなし。他の子からのアプローチはすべて却下してちょうだい。そのうえでお友達から、そうね、もっと深い関係から始められるのであればそれは各々の判断に任せる。どうかしら?」
唯香さんとかがり、二人の真剣な眼差しが、両翼から俺をじーっと射抜く。
「わかりました。そのチャンス全力でつかみとってみせます」
俺は迷わずそう答えた。
答えは最初から決まっていた。
唯香さんは満足げに微笑む。
かがりも嬉しそうに笑った。
「では、こうしましょう。曜日ごとに、私たちひとりひとりが夕くんとデートをするなんてどうかしら?」
「で、デート!?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
デート、なんて甘美な響きなんだ。
「そう。デートよ。今の時代、SNSやマッチングアプリで繋がって、複数の異性とデートするのが主流でしょ? それもご縁なら、私たちのご縁はもっと素敵なものだと思うの。デートしたから好きになる、ならないは別問題で。そういう感覚から夕くんにはもう一歩進んでもらいたいと思ってるわ」
「にゃはは、いいねいいね。あたし、そういうわかりやすいの好きだわ」
かがりはなんだか楽しそうにしている。唯香さんは、そんなかがりの様子を横目で流し見しつつ話を続ける。
「月曜日は私。火曜日はかがり。水曜日は涼。木曜日は樹里。金曜日はセイラ。土曜日は円。日曜日は奏多。もちろん夕くんにも都合があるだろうし、私たちにも別の予定が入る可能性もあるから、その曜日に絶対デートをしなきゃいけないわけじゃないわ」
……ふむふむ。
「でもお互いに合意があれば、私は姉妹全員が夕くんとデートしてもかまわないと思ってる。かがりもそれでいいかしら?」
「にゃはは。まあいいんじゃないかな。でもさ、たまにはみんなでわちゃわちゃしたいよね」
「そこはおいおい、ルールをちゃんと決めていきましょう」
唯香さんとかがりはキラキラと星のように笑いあって、俺の方に向き直る。
「夕くん。夕くんの気持ちは第三者から見れば不純かもしれない。でも、私たちは夕くんがどれだけ真剣で、どれだけ本気なのかをちゃんと理解してる。夕くんが真剣に私たちに向き合ってくれてることを知ってるから、この提案を受けてもらいたいの」
唯香さんは、ほほえむ。
それはそれは、天使のようなほほえみで。
提案を受けてもらいたい……か。もちろん喜んで受けさせてもらうけど、本来は俺からお願いしなければいけないことだ。
「よ、よろしくお願いいたします!」
「じゃあ決まりね」
「ね、唯姉。例えばさ、下の子たちが夕とはデートしたくないっていうかもしれないじゃん。そしたらその空いた曜日はあたしが夕とデートしてもいいわけ?」
た、確かに。
全員が全員……俺とデートしたいとは、限らないだろうしな。
唯香さんはかがりの意見に、少し悩む仕草を見せてから答える。
「気持ちに大小はあれど少なからず下の子たちは夕くんに興味を持ってると思うの。空いた曜日については話し合いね」
「……ん~、じゃ、あたし火曜日じゃなくて土日がいいんだけど」
「あら、妹たちに譲るのがお姉ちゃんってものでしょ」
「ぅぅ……でもさ唯姉もずるくね? ちゃっかり月曜日にしてるし、月曜日ってなんか三連休とか祝日が多いイメージだし。むぅぅぅ、なんか納得いかねえ」
かがりは不満げに頬を膨らませる。
そんなかがりの様子をみて唯香さんはにこりと微笑む。
ちなみに、かがり。
三連休と祝日はほぼほぼ同じ意味だと思うぞ。
「お見舞いに行った時の曜日をあてはめてみただけよ」
「むぅ」
「かがりは夕くんとクラスが同じなんだから、我慢なさい。さてこの話は家に持ち帰ってみんなで相談しましょう。まとまるまで、夕くんもデートの申し込みはしないでちょうだいね」
唯香さんはそう話を切り上げる。
「はい……唯香さんの言うとおりにします」
「ん~……まあ、夕があたしら全員と仲良くなるのはいいことだしね。わかった」
「ふふ。ありがとうかがり」
唯香さんは、心底嬉しそうにはにかんだ。
かがりが妹らしく素直に唯香さんの言うことを聞いているのがなんだか新鮮だった。
やはり長女には、妹は弱いということなのだろう。
残りの時間は激ウマなお弁当をつつきながら、他愛もない話をした。
天使のような七姉妹とラブコメが始まった 暁貴々@『校内三大美女のヒモ』書籍 @kiki-ki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。天使のような七姉妹とラブコメが始まったの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます