第17話 日曜日のお見舞い(共鳴)
日曜日。
末女の
白のメッシュが入ったウルフカットの黒髪と、眠たげに垂れているネコ目が特徴的だ。
制服ではなく、私服。
ぶかっとしたパーカーに、ショートパンツ。
首にはヘッドフォン、肩にはギターケースをかけている。
セイラや円ちゃんと顔の造形は似ている。
化粧の仕方や髪型、身に付けるものは全く違うけれど、やはり姉妹なのだと思わされる。
ただ、雰囲気はやはり違う。
一言で表せばダウナーで、肩の力をだらんっと抜いたような、脱力系の子だ。
「どーも。……さがしました。もう動けるんっすね?」
「こんにちは。お見舞に来てくれてありがとう。医者は奇跡だって言ってたけどね」
「天野奏多、高1。よろしくです、先輩」
「笹川夕です。よろしくね」
外出許可が出て、病院の屋上でぼーっとしていたところ、奏多ちゃんがわざわざ俺のことを探してここまで足を運んでくれたらしい。
屋上のベンチで、二人並んで座る。
「いつもギター、持ってるよね?」
「これ、ボクの相棒なんで」
ギターケースを撫でる奏多ちゃんは、嬉しそうに眉尻を下げる。どこか愛おしささえ感じられるような触れ方だった。
その瞳に宿る色は『慈愛』に満ちているというか、相棒を大切にしていることが伝わってくる。
ぽつぽつと雲が漂う、青空。
ひさしぶりの日光浴に、エモさを感じるワンシーン。
心が浄化され、どんどん穏やかな気持ちになっていく。鼻歌でも口ずさみたい。鼻歌を口ずさむという表現は、ちょっとおかしいか。
奏多ちゃんはケースをベンチに立てかけると、小さな手で毛先をいじくる。
この手で難しいコードも弾いてみせるんだとしたら、すごいなぁ、と素直に感心してしまう。
「ボク、音楽が好きで、弾き語りやってて……」
「弾き語りって駅前とかでたまに歌ってる人だよね」
「まさにそれです。……退院したら、暇なときでいいんで駅前に茶化しに来てください」
「茶化しにはいかないけど、聴きに行くよ。奏多ちゃんの歌、聴いてみたいし」
「ありがとです。……ボク、ジミ・ヘンドリックスが好きで、ジミヘンが発明したジャズのコード進行を下敷きに、曲作ってるんです」
「ふむふむ」
「……正確には『#9』のコードをロックに落とし込んだ……って、感じなんですけど。ジミヘンコードって呼ばれてて、すごく感情が揺れ動く音で、ボクはそれを自分の歌に乗せてるっていうか……」
「じ、ジミヘンコード」
「はい……FFのビッグブリッジの死闘とか、めざポケなんかにも使われてるコードです……」
奏多ちゃんは眠たげながらも、饒舌に語り始める。
可愛い、というより、いじらしい。好きなものを語ってる女の子って、なんでこんなにかわいいんだろう。
ただ、俺は音楽にまったく詳しくない。
ジミヘンコードがなんなのか、まったくわからなかったので、とりあえず笑って誤魔化した。情けない。
「俺は流行りの歌とかにもうとい方だから、コードには難しいものがあるとかそれぐらいの知識しかないんだけど……奏多ちゃんは、その、何をきっかけに音楽にハマったの?」
「きっかけは……あまり覚えてないっす。スーパーやデパートに行けば有線が流れてて、ショートにも色んな曲が使われて、ドラマやアニメにも主題歌があって……音楽って身近にある当たり前のもののような気がして。だから、いつのまにかって感じです」
「そっか、あんまり意識したことなかったけど、確かに身近にあふれてる気がするね」
「はい。先輩の質問への……答えがあるなら、ボクは一番下の妹だから、とか……そんなとこかもしれません。お姉ちゃんたちを見てて……自分には個性がないと思ったので……」
「な、なるほど。もしかしてボクっ娘なのも?」
「はい……お恥ずかしながら」
奏多ちゃんは、パーカーのフードを深くかぶって、顔を隠してしまった。
遠目から見ても個性豊かな七姉妹だとは思っていたけれど、奏多ちゃんの『個性』は後付けのものだったらしい。普通の女の子が年相応の悩みを抱えて一歩踏み出してみました、という感じだろうか。
まっさらな楽譜に音符を刻み込んでいくような、そんな泥臭さが感じられた。
「そ、そんなに恥ずかしがることじゃないと思うよ。可愛いし、個性があっていいと……思う」
「で、でも、ボク……けっこう無理して……その、キャラ作ってるっていうか……。この口調も、無理してて」
「……ダウナーな感じも?」
「それは……意識したことないですね。はじめて言われました……」
「俺個人の感想だけど、奏多ちゃんの個性は、色んなことに挑戦できるところだと思うよ。もしかしたら気疲れから、ダウナーな感じになってるのかなって。アンニュイともちょっと違う気がするし、もっとポジティブに、好きなことを押し通しちゃってもいいんじゃないかな」
単純以外なにもない無個性の俺が、こんな偉そうなことを言ってもいいのだろうか。
そもそも個性ってなんだろう。哲学になりそうなので、ここは深く考えないでおく。
奏多ちゃんはフードからチラッと顔を覗かせる。
頬がほんのり赤く染まってて、少し目が潤んでいるような……そんな顔だった。
「……ボク、夕先輩に、伝えたいこともあって。でも、うまく言葉にできそうになくて……好きなもので伝えてもいいですか?」
「も、もちろん。好きなもので伝えられるのが一番嬉しいよ」
奏多ちゃんは、パーカーのポケットから、アイポッド、を取り出す。
「久しぶりに見たよ、それ」
「二〇二二年に販売が終了しましたからね……最終モデルです。スマホはスマホでわけたくて、DAPもちょっと……違うなって気がしてて、ずっと使ってるんです」
さすさすと、奏多ちゃんは愛おしげにアイポッドをなでる。照れ隠しではなく、本当に好きなものなのだと伝わってくる。
「イヤホンもまだケーブル……使ってます。ワイヤレスは音飛んだり……遅延したり、色々あってまだ慣れなくて。管理も大変ですし……」
奏多ちゃんは有線イヤホンのプラグをアイポッドに差し込むと、片方のイヤホンを俺に差し出した。
ど、ドキドキするやつだ……これ。
ぷらんと垂れた線と線が、俺と奏多ちゃんを繫ぐ。
「……音楽って、どんなジャンルにも伝えたいメッセージが……あるんですよね。大好きな歌で……夕先輩を、癒せたらいいなと……思ってます。R&Bとソウルの曲です……」
再生された曲が聴覚をゆさぶる。
知ってる。この歌は俺も知ってる。
力強くて優しい歌声。
限られた時の中でどれだけのことができるだろう。
一人じゃないから。
時がなだめてく、痛みとともに流れてく。
日の光が優しく照らしてくれる。
「……アイさんのストーリーです……ぴったりだなと……思って」
ひさしぶりの日光浴に、この曲はぴったりだった。
青い空がどこまでも広がっていて、雲は自由気ままに流れていく。
俺の痛みも奏多ちゃんの痛みも時と一緒に流れてくれればうれしい。
奏多ちゃんも恐かったんだろう。恐くないわけがない。
あんな事件の後だ。
音楽は魔法みたいだ。
癒しと安らぎを与えてくれる。
奏多ちゃんが俺に伝えたいメッセージが、メロディーと歌声とともに、俺の中に入ってくる。
「俺、奏多ちゃんの個性わかった気がする」
「……ボクの個性、ですか?」
「うん」
「知りたいです……ボク」
「今は秘密にしておこうかなって。また今度、答えあわせでもしよう」
「……いじわるです。夕先輩……あの円姉が、心を開いたのも……なんとなく、わかる気がします」
「あはは。円ちゃんはちょっと俺と似てるところがあるかも」
「退院したら……曲聴きに……来てくださいね」
「もちろん。楽しみにしてるよ」
「……次、どんなのが聴きたいですか? ボク、DJ役をするので……リクエストあれば」
こういうほのぼのとした時間を過ごすのもいいものだなぁ。
女の子とイヤホンを半分こして、同じ音楽を共有する。
その子は天使みたいにかわいい女の子で、音楽に詳しくて、俺の好きな曲をセレクトしてくれる。
個性がないと言い張る奏多ちゃんの個性のひとつは、おそらく共鳴力。
誰に影響されたかまではわからないけれど、この人のスタンスがいいと感じながら、自分にもその個性を取り入れてきたんじゃないだろうか。
相手の考えを受け入れて、同じ考えを持つようになる。
その共鳴が複数あれば、自分だけの『個性』になる。
悪く言えば染まりやすいし、よく言えば『タブラ・ラサ』。
人を知るために哲学書をよく読んでいた俺が、唯一知ってる『ロック』――人名だけど。
人間の心は、生まれたときには白紙の状態にあり、経験によって知識を獲得していく。
それってどこか理由なき反抗にも似ているような気がするし、奏多ちゃんの個性をひとくくりにするのであれば、まさしく『ロック』なのではないだろうか。
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