第11話「厳島の水神」

1


熊野の地を後にした四人は、西の聖地、厳島いつくしまを目指していた。陸路を進み、やがて海に面した港町に到着すると、そこから船に乗り換えることになった。


「厳島は海に浮かぶ島。船でしか渡れないのだ」安倍晴明あべのせいめいが説明した。


港には小さな船が数隻停泊しており、四人はその中の一艘を借り上げた。船頭は年配の男性で、厳島への渡航に慣れた様子だった。


「厳島へ参るのですか。神聖な場所ですぞ」船頭は言いながら、船を沖へと漕ぎ出した。


穏やかな海面を進む船の上で、四人はそれぞれの思いに浸っていた。橘千鶴たちばなちづるは海を見つめながら、未来と過去の間で揺れる心を静めようとしていた。


(時空転移の術が完成すれば、私は選択をしなければならない…)


藤原舞衣ふじわらまいは、これから自分が挑む試練に向けて、静かに心の準備をしていた。彼女の表情には緊張と決意が混ざり合っていた。


「舞衣殿、大丈夫ですか?」千鶴が声をかけた。


舞衣は微笑んで頷いた。「はい。少し緊張していますが…」


「私も晴明様も博雅殿も、舞衣殿を信じています」千鶴は優しく言った。「藤原家の血を引く舞衣殿なら、きっと水の力を得られるはずです」


「ありがとうございます、千鶴様」舞衣は感謝の表情を見せた。


船の前方では、源博雅みなもとのひろまさが手のひらに小さな炎を生み出し、それを形作る練習をしていた。南の熊野で得た火の力を制御する訓練だった。


「博雅殿、上手くなりましたね」千鶴が感心して言った。


博雅は笑った。「まだまだだ。火は情熱的で、時に制御が難しい。だが、少しずつ馴染んできている」


晴明は船の帆を見上げ、そっと手を動かした。すると、穏やかな風が帆を満たし、船は速度を増した。


「晴明様!」千鶴は驚いた。


「風の力を少し使ってみた」晴明は微笑んだ。「これで少しは早く着けるだろう」


船頭は不思議そうな表情を浮かべたが、何も言わなかった。おそらく、陰陽師の力に慣れているのだろう。


海上からは、遠くに厳島の姿が見え始めていた。島全体が神聖な雰囲気に包まれ、海に浮かぶ朱色の鳥居とりいが印象的だった。


「あれが厳島の大鳥居です」船頭が指さした。「潮の満ち引きによって、姿を変える神秘の門です」


四人は厳島に近づくにつれ、島から漂う神聖な気配を感じ取った。特に舞衣は、何か強い引力を感じているようだった。


「舞衣殿?」千鶴が心配そうに尋ねた。


「不思議な感覚です」舞衣は静かに答えた。「まるで…島が私を呼んでいるかのようです」


晴明は頷いた。「藤原家の血が反応しているのだろう。水の力との親和性があるはずだ」


船は徐々に厳島に近づき、やがて朱色の大鳥居の下をくぐった。潮が引いている時間帯だったため、鳥居の下部が露出していた。


「厳島神社は潮の満ち引きによって、陸と海の間を行き来する」晴明が説明した。「まさに水の力を象徴する場所だ」


船が岸に着くと、四人は上陸した。目の前には、海に浮かぶように建てられた朱色の社殿が広がっていた。


「まずは神社に参拝しましょう」舞衣が提案した。「水の力を得る前に、神様に挨拶をするべきです」


四人は厳島神社へと向かった。参道を進むと、荘厳な社殿が見えてきた。潮の香りと神聖な雰囲気が混ざり合い、独特の空間を作り出していた。


神社では、地元の神官たちが日々の儀式を執り行っていた。四人が参拝を終えると、一人の年配の神官が近づいてきた。


「都からの旅人ですね」神官は四人を見て言った。「特に…」彼は舞衣をじっと見た。「藤原家の方ですか?」


舞衣は驚いて頷いた。「はい、藤原舞衣と申します。どうして…?」


神官は微笑んだ。「藤原家の血を引く方には、特別な輝きがあります。特にここ厳島では」


「実は私たち、水の力について調べるために来ました」晴明が説明した。「時空転移の術のためです」


神官の表情が変わった。「時空転移の術…それは安倍家の秘術ですね」


「ご存知なのですか?」千鶴が驚いて尋ねた。


「この島には古い伝承が多く伝わっています」神官は答えた。「その中には、時を超える術についても…」


「水の力について、何かご存知でしたら教えていただけませんか?」舞衣が丁寧に頼んだ。


神官は舞衣をしばらく見つめ、「社務所へどうぞ」と言って四人を案内した。


社務所の中で、神官は古い巻物を取り出した。「これは厳島の秘伝書です。藤原家と水の神との関係について書かれています」


四人は興味深く巻物を見つめた。神官が巻物を開くと、古い文字と共に、水の神と人間の姿が描かれていた。


「かつて、藤原家の先祖の一人が、水の神と契約を交わしたと伝えられています」神官が説明を始めた。「その契約により、藤原家の血を引く者、特に女性には水の力との親和性が生まれたのです」


「私の先祖が…」舞衣は驚きの表情を浮かべた。


「はい。特に藤原北家の血筋には、その力が強く残っています」神官は続けた。「あなたは北家の血を引いていますね?」


舞衣は頷いた。「はい、傍流ではありますが」


「それでも十分です」神官は微笑んだ。「水の力を得るためには、龍宮りゅうぐうの洞窟へ行く必要があります。そこで水の精霊と対話し、試練を受けるのです」


「龍宮の洞窟?」博雅が尋ねた。


「島の西側にある海食洞です」神官は答えた。「潮が引いている時だけ入口が現れます。中は海底へと続いています」


「海底…」千鶴は不安そうに言った。


「水中で呼吸する術を使えば大丈夫だ」晴明が千鶴を安心させるように言った。


「試練の内容は?」舞衣が尋ねた。


神官は首を振った。「それは人によって異なります。水の精霊はあなたの心を試すでしょう。特に…」神官は一瞬躊躇った。「水の本質である『適応と受容』を理解できるかどうかが鍵となります」


「適応と受容…」舞衣はつぶやいた。


「明日、潮が最も引く午前中に洞窟へ行くとよいでしょう」神官はアドバイスした。「今夜は神社の宿坊でお休みください」


四人は神官に感謝し、宿坊へと案内された。夕食後、四人は明日の試練について話し合った。


「舞衣、明日は君一人で試練に挑むことになるだろう」晴明が言った。「準備はいいか?」


舞衣は決意を固めた表情で頷いた。「はい、晴明様。藤原家の名に恥じぬよう、必ず水の力を得てみせます」


「無理はするなよ」博雅が心配そうに言った。


「大丈夫です」舞衣は微笑んだ。「私には使命がありますから」


千鶴は舞衣の手を取った。「舞衣殿、どうか気をつけて」


「ありがとうございます、千鶴様」舞衣は千鶴の手を握り返した。


その夜、舞衣は一人で厳島神社の境内を歩いていた。月明かりに照らされた社殿は、昼間とは違う神秘的な美しさを放っていた。


「舞衣殿」


振り返ると、千鶴が立っていた。


「千鶴様、まだ起きていたのですか?」


「はい、少し考え事をしていて」千鶴は舞衣の隣に立った。「明日のことが心配で」


「ご心配なく」舞衣は微笑んだ。「私は必ず成功します」


二人は静かに月明かりの下で海を見つめていた。


「舞衣殿」千鶴が静かに言った。「私が未来に戻ることになったら…晴明様のことを…」


「千鶴様」舞衣は千鶴の言葉を遮った。「まだ決まったわけではありません。それに…」


「それに?」


「晴明様の心は、既に千鶴様に向いています」舞衣は少し寂しそうに言った。「私にはわかります」


「そんな…」千鶴は言葉を失った。


「大丈夫です」舞衣は強く微笑んだ。「私は晴明様の弟子として、彼の傍にいられるだけで幸せです。千鶴様が未来に戻るにしても、この時代に留まるにしても、私は千鶴様の友人でいたいです」


千鶴は感動して舞衣を抱きしめた。「ありがとう、舞衣殿。私も、ずっと舞衣殿の友人でいたいです」


二人の友情は、時代を超えても変わらないものだった。


「さあ、休みましょう」舞衣が言った。「明日は重要な日です」


二人は宿坊へと戻り、明日の試練に備えて休息を取った。


2


翌朝、四人は早くに起き、朝食を済ませた後、神官の案内で島の西側へと向かった。潮が引き始めた海岸線に沿って歩くと、岩場の間に大きな洞窟の入口が見えてきた。


「あれが龍宮の洞窟です」神官が指さした。「中は複雑な構造になっていて、やがて海底へと続いています」


洞窟の入口は神秘的な雰囲気を漂わせていた。岩肌には奇妙な模様が刻まれ、まるで龍の鱗のようだった。


「ここからは私一人で行きます」舞衣が決意を固めた表情で言った。


「舞衣」晴明が真剣な表情で言った。「水中呼吸の術を教えよう」


晴明は舞衣に特別な印を結ぶ方法と、呪文を教えた。「これで水中でも呼吸ができる。だが、効果は限られた時間だけだ。無理はするな」


「はい、晴明様」舞衣は師の教えを慎重に受け止めた。


「これを持っていくといい」千鶴が小さな玉を舞衣に渡した。「晴明様が作ってくれた光の玉。洞窟の中で道を照らすのに役立つはずです」


「ありがとうございます」舞衣は玉を大切に懐に入れた。


「気をつけろよ」博雅も心配そうに言った。


舞衣は三人に深々と頭を下げた。「必ず戻ってきます。水の力を得て」


神官は舞衣に最後のアドバイスをした。「水の精霊は心の奥底を見透かします。偽りの心では力を得ることはできません。真実の自分と向き合ってください」


舞衣は頷き、洞窟へと足を踏み入れた。入口を過ぎると、外の光は徐々に弱まり、千鶴から受け取った光の玉が唯一の明かりとなった。


洞窟の内部は予想以上に広く、壁には美しい鉱物が埋め込まれていた。それらは光の玉の明かりを反射し、幻想的な空間を作り出していた。


舞衣は慎重に進んだ。洞窟は次第に下り坂となり、湿度が増していった。やがて、足元に水が現れ始めた。最初は足首程度だったが、進むにつれて水位は上昇し、やがて腰まで達した。


(ここからは泳ぐしかないようね)


舞衣は晴明から教わった水中呼吸の術の印を結び、呪文を唱えた。体が淡い青い光に包まれ、水中でも呼吸できる状態になった。


深呼吸をして、舞衣は水中へと潜った。光の玉は水中でも輝き続け、前方を照らした。洞窟は完全に水没しており、海底へと続く通路のようになっていた。


舞衣は泳ぎながら進んだ。水中では体が軽く感じられ、スムーズに動くことができた。通路は時に狭く、時に広くなりながら、さらに深部へと続いていた。


しばらく泳いだ後、舞衣は大きな空間に出た。それは水中の洞窟で、不思議なことに天井部分には空気の層があり、呼吸することができた。舞衣は水面に浮上し、周囲を見回した。


洞窟内部は幻想的な光景だった。壁には発光する苔が生え、青白い光を放っていた。中央には小さな島があり、その上に石の祭壇が置かれていた。


舞衣は島に上陸し、祭壇に近づいた。祭壇には古い文字で何かが刻まれていた。


「水の力を求める者よ、己の心と向き合え」


舞衣がその言葉を読み上げた瞬間、洞窟全体が震動し始めた。水面が波打ち、発光する苔の光が強まった。


突然、水面から一筋の水柱が立ち上がり、人の形を取り始めた。それは水でできた女性の姿だった。透明な体を通して向こう側が見え、全身から水滴が絶えず落ちていた。


「藤原の血を引く者よ」水の精霊が語りかけた。その声は水の流れるような、柔らかな響きだった。「何故、水の力を求める?」


舞衣は真摯に答えた。「時空転移の術を完成させるためです。大切な人を、彼女が属する時代に送り返すために」


水の精霊は舞衣の周りをゆっくりと回りながら、「その想いは純粋か?私利私欲はないか?」と問いかけた。


「私の心は開かれています」舞衣は静かに答えた。「見たいものを見てください」


水の精霊は舞衣に近づき、冷たい手を彼女の額に当てた。舞衣は自分の心が読み取られていくのを感じた。


「あなたの心には複雑な想いがある」水の精霊が言った。「師への恋心、友への嫉妬、そして…友情と献身の間での葛藤」


舞衣は黙って頷いた。否定することはできなかった。


「水の試練を受けよ」水の精霊が宣言した。


突然、洞窟の景色が変わり、舞衣は平安京の晴明の屋敷にいた。しかし、それが幻影であることはわかっていた。


幻影の中で、晴明と千鶴が親しげに話している姿が見えた。二人の間には明らかな愛情が流れていた。


舞衣の心に嫉妬の感情が湧き上がった。しかし、同時に、二人の幸せを願う気持ちも感じた。


「あなたの心は揺れている」水の精霊の声が響いた。「本当の想いはどちらなのか?」


場面は変わり、今度は千鶴が未来に戻った後の光景が現れた。晴明は一人寂しげに庭を眺めていた。舞衣には彼に近づくチャンスがあった。


「これがあなたの望みか?」水の精霊が問いかけた。


舞衣は静かに首を振った。「いいえ…それは違います」


「では、何を望む?」


舞衣は深く考えた。自分の本当の気持ちと向き合った。


「私は…晴明様の幸せを望みます」舞衣は静かに答えた。「たとえそれが千鶴様との幸せであっても。そして、千鶴様が未来に戻ることを選んだなら、晴明様の傍で彼を支えたい。それが私の本当の気持ちです」


水の精霊は満足したように頷いた。「水の本質を理解し始めたようだな。水は形を変え、状況に適応する。しかし、その本質は変わらない」


幻影が消え、舞衣は再び洞窟の中にいた。水の精霊は彼女の前に立っていた。


「最後の試練だ」水の精霊が言った。


突然、洞窟に水が激しく流れ込み始めた。舞衣の足元から水位が急速に上昇した。


「水の力を得るには、水に身を委ねなければならない」水の精霊が言った。「抵抗せず、受け入れよ」


水は舞衣の胸まで達し、さらに上昇を続けた。通常なら恐怖を感じるはずだが、舞衣は静かに立ち続けた。


(水に抵抗せず、受け入れる…それが水の本質)


水が顔を覆い、舞衣は完全に水中に沈んだ。しかし、彼女は恐怖を感じなかった。水中呼吸の術を使わず、ただ水を受け入れた。


すると不思議なことに、水の中でも自然に呼吸ができるようになった。水が彼女の一部となり、彼女が水の一部となったかのようだった。


「水の本質を理解したようだな」水の精霊の声が水中でも明瞭に聞こえた。「水の力を授けよう」


水の精霊は舞衣の胸に手を当て、青い光が彼女の体内に流れ込んだ。舞衣は強い力が体内に満ちるのを感じた。


水が引き、舞衣は再び島の上に立っていた。体は濡れていたが、心は清々しかった。


「藤原舞衣」水の精霊が言った。「あなたは水の力を得た。水は適応し、受容する。しかし、その流れは決して止まらない。あなたの心も同じように」


舞衣は深く頭を下げた。「ありがとうございます」


「さあ、戻りなさい」水の精霊が言った。「あなたの仲間があなたを待っている」


舞衣が振り返ると、来た道とは別の通路が開いていた。それは水上にあり、外へと続いているようだった。


「これからの道のりは平坦ではない」水の精霊の最後の言葉が響いた。「しかし、水のように柔軟に、そして強く流れ続けなさい」


舞衣は水の精霊に別れを告げ、新しい通路を進んだ。通路は上り坂となり、やがて外の光が見えてきた。


洞窟の出口に到達すると、そこは入った場所とは違う、島の別の場所だった。海岸線に出た舞衣は、自分の体が変わったことを感じた。手のひらを開くと、小さな水の球が浮かび上がった。それは彼女が水の力を得た証だった。


舞衣は深呼吸し、仲間たちの元へ戻るために歩き始めた。


3


舞衣が洞窟から出てから数刻が過ぎていた。晴明、千鶴、博雅は洞窟の入口で彼女の帰りを待ち続けていた。不安と期待が入り混じる中、千鶴が海岸線の向こうに人影を見つけた。


「あれは…舞衣殿!」千鶴が叫んだ。


三人は急いで舞衣の方へ駆け寄った。舞衣は疲れた様子だったが、その表情には達成感が満ちていた。


「舞衣!」晴明が心配そうに声をかけた。「大丈夫か?」


舞衣は微笑んで頷いた。「はい、晴明様。無事に…水の力を得ることができました」


舞衣は手のひらを開き、小さな水の球を浮かび上がらせた。球は光を受けて美しく輝いていた。


「見事だ」晴明は感心した様子で言った。


「舞衣殿、本当によかった」千鶴は安堵の表情で舞衣を抱きしめた。


「おめでとう」博雅も笑顔で言った。


四人は宿坊に戻り、舞衣は洞窟での体験を詳しく語った。水の精霊との対話、心の試練、そして最後に水に身を委ねたことなど。


「水の本質は『適応と受容』」舞衣は説明した。「水は形を変え、状況に適応する。しかし、その本質は変わらない。私はそれを理解することで、水の力を得ることができました」


「三つの力が揃いましたね」千鶴が言った。「風、火、そして水」


「あとは北の出羽の山で土の力を得るだけだ」晴明が言った。「そうすれば、時空転移の術が完成する」


その言葉に、千鶴の表情が複雑になった。時空転移の術が完成すれば、彼女は選択を迫られることになる。未来に戻るか、平安時代に留まるか。


夕食後、舞衣は千鶴を誘って、二人きりで厳島神社の境内を歩いた。夕暮れの神社は、また違った美しさを見せていた。


「千鶴様」舞衣が静かに言った。「洞窟で、水の精霊に心を見透かされました」


「どんなことを?」千鶴が尋ねた。


「晴明様への想い、そして…千鶴様への複雑な感情です」舞衣は正直に答えた。


千鶴は黙って聞いていた。


「でも、水の試練を通じて、私は本当の気持ちに気づきました」舞衣は続けた。「私は晴明様の幸せを望んでいます。たとえそれが千鶴様との幸せであっても」


「舞衣殿…」千鶴は感動して言葉を詰まらせた。


「だから、千鶴様」舞衣は真剣な表情で千鶴の目を見つめた。「あなたはどうしたいのですか?未来に戻りたいのですか?それともこの時代に留まりたいのですか?」


千鶴は海を見つめ、深く息を吐いた。「正直に言うと…わからないのです。未来には私の家族や友人、仕事がある。でも、この時代には…晴明様がいる」


「晴明様は千鶴様を愛しています」舞衣は静かに言った。「それは私にもわかります」


「でも、私が未来の人間だということを、晴明様は本当に受け入れてくれているのでしょうか」千鶴は不安そうに言った。


「晴明様は千鶴様の正体を知っても、その気持ちは変わりませんでした」舞衣は確信を持って言った。「それが何よりの証拠です」


千鶴は黙って考え込んだ。


「時間はまだあります」舞衣は優しく言った。「焦る必要はありません。ただ、千鶴様の本当の気持ちに従ってください」


「ありがとう、舞衣殿」千鶴は感謝の表情を見せた。「あなたの言葉が、私の心を軽くしてくれます」


二人は静かに海を見つめながら、それぞれの思いを胸に抱いていた。


翌朝、四人は厳島を後にする準備をしていた。神官たちに別れを告げ、再び船に乗り込んだ。


「次は北の出羽の山ですね」千鶴が言った。


「ああ」晴明は頷いた。「そこで最後の力、土の力を得る」


「長い旅になりますね」博雅が言った。「平安京から出羽までは遠い」


「急ぐ必要はない」晴明は静かに言った。「しっかりと準備をして、万全の状態で挑もう」


船は厳島を離れ、再び海を渡った。舞衣は島を見つめながら、自分の中に宿った水の力を感じていた。それは彼女の体の一部となり、新たな可能性を開いていた。


(水のように、適応し、受容する。しかし、本質は変わらない)


舞衣は自分の成長を実感していた。晴明への想いは変わらないが、その形は変わった。より純粋で、より無私のものになった。


船が対岸に着くと、四人は馬に乗り、平安京への帰路についた。帰りの道中、舞衣は水の力を制御する練習をしていた。小さな水の球を形作り、時には水の流れを操る練習をした。


「水の力は扱いやすいですか?」千鶴が尋ねた。


舞衣は微笑んだ。「はい、不思議と自然に感じます。藤原家の血のおかげかもしれません」


晴明は舞衣の成長を見て、満足げな表情を浮かべていた。「よくやった、舞衣。君は立派な陰陽師になりつつある」


舞衣はその言葉に喜びを感じた。晴明に認められることは、彼女にとって何よりも嬉しいことだった。


「晴明様、ありがとうございます」舞衣は深々と頭を下げた。


四人は平安京を目指して旅を続けた。三つの力を得て、彼らの絆はさらに深まっていた。そして、最後の力を得るための旅が、もうすぐ始まろうとしていた。


(続く)

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