第9話「藤原家の祖廟」
1
朝霧が立ち込める中、一行は馬を進めていた。
「もうすぐ着きます」舞衣が前方を指さした。「あの杉林の向こうに、藤原家の祖廟があります」
晴明は頷いた。「西の鍵、水の力を象徴するものがそこにあるのだな」
「父上の話では、
千鶴は周囲の景色を見回した。京から北東に位置する比叡山の麓に、藤原家の祖廟は建てられていた。静かな森の中に佇む荘厳な建物は、藤原家の権威を象徴するかのようだった。
「舞衣殿のお父上は、私たちの訪問を許可してくださったのですね」千鶴が確認した。
舞衣は複雑な表情を浮かべた。「はい…最初は驚いていましたが、事情を説明すると協力してくれることになりました」
博雅は舞衣の表情に気づき、「藤原殿とは、あまり良い関係ではないのか?」と尋ねた。
舞衣は少し躊躇った後、静かに答えた。「父上は…私が陰陽道を学ぶことをあまり良く思っていません。藤原家の娘として、もっと相応しい道があると」
「それでも許可をくれたのは、事態の重大さを理解したからだろう」晴明は言った。
舞衣は頷いた。「父上も、
一行が杉林を抜けると、藤原家の祖廟が姿を現した。石垣に囲まれた広大な敷地の中に、朱塗りの門と白壁の建物が建っていた。門の前には、藤原家の家紋を纏った警護の武士たちが立っていた。
「藤原舞衣様」武士の一人が頭を下げた。「お待ちしておりました。藤原忠通様より、ご案内するようにとの仰せです」
舞衣は礼儀正しく頭を下げ返した。「ありがとう。こちらは安倍晴明様、橘千鶴様、源博雅様です」
武士たちは三人に敬意を示し、門を開いた。一行は馬から降り、祖廟の敷地内へと足を踏み入れた。
敷地内は美しく手入れされた庭園が広がり、中央に本殿が建っていた。本殿の周囲には、歴代の藤原氏の墓所が並んでいた。
「荘厳な場所ですね」千鶴は感嘆の声を上げた。
「藤原氏は、長い間朝廷の中枢を担ってきた名家だからな」博雅が説明した。「特に藤原道長以来、その権勢は絶大だ」
舞衣は少し誇らしげに、しかし謙虚に頷いた。「私はその末裔に過ぎませんが」
本殿に近づくと、中年の男性が出迎えた。厳格な表情の中に、舞衣の面影を感じさせる人物だった。
「父上」舞衣は深々と頭を下げた。
「舞衣」藤原忠通は短く応じた後、晴明たちに目を向けた。「安倍晴明殿、お噂はかねがね伺っております」
晴明は礼儀正しく頭を下げた。「藤原殿、このたびはご協力いただき感謝します」
忠通は千鶴と博雅にも目を向け、「橘千鶴殿、源博雅殿もようこそ」と言った。
千鶴と博雅も丁寧に挨拶を返した。
「さて」忠通は本題に入った。「舞衣から話は聞いている。時の門と四つの鍵の件だな」
「はい」晴明は頷いた。「東の鍵と南の鍵は既に手に入れました。西の鍵が藤原家の祖廟にあると考えています」
忠通は深刻な表情で頷いた。「藤原家には、代々伝わる青い宝玉がある。『水の守り』と呼ばれるものだ」
「それが西の鍵かもしれません」千鶴が言った。
「可能性は高いだろう」忠通は同意した。「その宝玉は、藤原氏の始祖・藤原鎌足の墓所に祀られている」
「見せていただけますか?」晴明が尋ねた。
忠通は少し躊躇った後、「ついてきなさい」と言って先導した。
一行は本殿の奥へと進み、さらに奥の小さな祠へと向かった。祠の前で忠通は立ち止まり、「ここが藤原鎌足の墓所だ」と説明した。
祠の中には、古い石棺が安置されていた。その上に、小さな祭壇が設けられ、そこに青い宝玉が置かれていた。宝玉は拳ほどの大きさで、深い青色に輝いていた。
「美しい…」千鶴はつぶやいた。
晴明は宝玉に近づき、慎重に観察した。「間違いない。これが西の鍵だ。水の力を象徴するものだ」
「本当に持ち出すつもりか?」忠通が尋ねた。「これは藤原家の守り神だぞ」
「父上」舞衣が静かに言った。「時の門を封印するためには、四つの鍵が必要なのです」
忠通は娘を見つめ、そして深いため息をついた。「わかっている。だが、簡単には渡せない」
「何か条件があるのですか?」博雅が尋ねた。
忠通は厳しい表情で言った。「試練だ。西の鍵を持ち出すには、藤原家の試練を乗り越えなければならない」
「どのような試練ですか?」千鶴が尋ねた。
「水の試練だ」忠通は答えた。「祠の下には、古代から続く水の迷宮がある。そこで水の精霊の試練を受け、認められれば西の鍵を持ち出すことを許す」
晴明は真剣な表情で頷いた。「承知しました。試練を受けましょう」
「父上」舞衣が言った。「私も試練を受けます」
忠通は驚いた表情を見せた。「舞衣、お前は…」
「私は藤原家の娘です」舞衣は決意を込めて言った。「そして、晴明様の弟子として、この使命に関わっています」
忠通は長い間舞衣を見つめ、そして静かに頷いた。「わかった。だが、危険は承知しておけ」
「はい」舞衣は強く頷いた。
忠通は祠の床に描かれた紋様に手を置いた。すると、床が動き、階段が現れた。「この階段を下りれば、水の迷宮に至る」
晴明は千鶴、舞衣、博雅を見た。「全員で行くか?」
「もちろんです」千鶴は即答した。
「私も行く」博雅も頷いた。
四人は忠通に見送られ、階段を下り始めた。階段は長く、暗闇の中へと続いていた。晴明が術で灯りを作り、道を照らした。
「舞衣殿」千鶴が静かに尋ねた。「お父上とは、あまり良い関係ではないのですか?」
舞衣は少し悲しげに微笑んだ。「父上は私を愛してくれています。ただ…私の選んだ道を理解してくれないだけです」
「陰陽道を学ぶことを?」
「はい」舞衣は頷いた。「藤原家の娘として、もっと相応しい道があると。政略結婚を通じて家の権勢を高めるとか…」
「でも、あなたは自分の道を選んだ」千鶴は優しく言った。
「はい」舞衣は晴明の背中を見つめながら言った。「私は自分の心に従いました」
千鶴は舞衣の視線の先を見て、理解した。舞衣の晴明への想いは、単なる恋心ではなく、自分の生き方を賭けた決断だったのだ。
階段を下りきると、一行は広大な地下空間に出た。そこには、水路が複雑に入り組んだ迷宮が広がっていた。水は清らかに澄み、青く光っていた。
「これが水の迷宮…」博雅は感嘆の声を上げた。
「試練はどこで受けるのだろう」晴明が周囲を見回した。
その時、水面から青い光が立ち上り、人の形を取り始めた。それは水でできた女性の姿だった。
「藤原家の末裔よ」水の精霊が舞衣に語りかけた。「そして訪問者たちよ。西の鍵を求めて来たのだな」
「はい」舞衣が一歩前に出て答えた。「時の門を封印するために、西の鍵が必要なのです」
水の精霊は静かに頷いた。「時の門…古より封印されし門。それを再び封じるというのか」
「はい」晴明が言った。「冥府道が時の門を開こうとしています。それを阻止するためです」
「冥府道…」水の精霊はつぶやいた。「闇の陰陽師たちか」
精霊は四人を見回し、「試練を受ける者は誰だ?」と尋ねた。
「私です」舞衣が答えた。
「私も」晴明が続いた。
「私たちも」千鶴と博雅も前に出た。
水の精霊は四人を見て、「四方の力を持つ者たちか」とつぶやいた。「良かろう。試練は三つ。知恵の試練、勇気の試練、そして心の試練だ」
「準備はできています」晴明が答えた。
水の精霊は手を広げた。「では始めよう。最初は知恵の試練だ」
水面に映像が浮かび上がった。それは複雑な紋様だった。
「この紋様を解読せよ」精霊が言った。「これは古代の水の呪文。正しく解読し、唱えることができれば、次の試練へ進める」
四人は紋様を見つめた。複雑な線と文字が絡み合っていた。
「これは…」晴明が眉をひそめた。「古代陰陽道の文字だ」
「私にも少しわかります」舞衣が言った。「藤原家の古文書で見たことがあります」
千鶴も紋様を注意深く観察した。「これは水の流れを表しているようです。見てください、この線の動き方」
博雅は「ここに何か書いてある」と指摘した。「古い漢字のようだ」
四人は協力して紋様を解読し始めた。晴明の陰陽道の知識、舞衣の藤原家の伝承、千鶴の未来からの知識、博雅の直感が組み合わさり、少しずつ紋様の意味が明らかになっていった。
「わかった」晴明が最終的に言った。「これは水の浄化の呪文だ」
晴明は呪文を唱え始めた。「水の精よ、清らかなる流れよ、我に力を与えたまえ…」
呪文が完成すると、水面が光り、紋様が消えた。
「知恵の試練、合格だ」水の精霊が言った。「次は勇気の試練」
水面が再び変化し、迷宮の一部が姿を現した。「この迷宮の最深部に至れ。だが、道中には幻影の敵が現れる。恐れずに進め」
「行きましょう」晴明が言い、四人は示された道を進み始めた。
迷宮は複雑で、水路が入り組んでいた。時折、水から幻影の生き物が現れ、四人を脅かした。水蛇、水鬼、さらには過去の恐怖の姿まで。
千鶴の前には、現代での事故の光景が現れた。舞衣の前には、母の死の場面。博雅の前には、源氏の悲劇の記憶。晴明の前には、師の死の瞬間。
「幻影だ」晴明は仲間たちに言った。「恐れてはならない」
四人は互いを支え合いながら、恐怖に立ち向かった。千鶴は舞衣の手を取り、舞衣は博雅を励まし、博雅は晴明を支えた。
最終的に、四人は迷宮の最深部に辿り着いた。そこには小さな祭壇があり、青い光が輝いていた。
「勇気の試練、合格だ」水の精霊の声が響いた。「最後は心の試練」
祭壇の上に、四つの水晶が現れた。「各自、一つの水晶に触れよ。そこに映るのは、あなたの心の真実。それを受け入れることができれば、試練は終わる」
四人はそれぞれ一つの水晶に手を伸ばした。
晴明の水晶には、彼の孤独と責任の重さが映し出された。陰陽師として、常に孤高であることを求められ、誰かを心から愛することを許されない自分の姿。
千鶴の水晶には、彼女の帰属の葛藤が映し出された。未来に戻るべきか、この時代に留まるべきか。そして、晴明への想いと、舞衣との友情の間で揺れる心。
舞衣の水晶には、彼女の自己犠牲の心が映し出された。晴明への想いが報われないことを知りながらも、彼の傍にいることを選び、自分の幸せよりも彼の幸せを優先する姿。
博雅の水晶には、彼の忠誠と孤独が映し出された。源氏の血を引く責任と、真の友情を求める心の葛藤。
四人はそれぞれの真実に向き合い、受け入れた。水晶が光り、四人の心が一つに繋がった瞬間、祭壇から青い光が立ち上った。
「心の試練、合格だ」水の精霊が言った。「あなたたちは西の鍵を受け取る資格がある」
祭壇の上に、青い宝玉が現れた。それは祠で見たものと同じだった。
「これが西の鍵、水の力を象徴するもの」精霊が説明した。「藤原家の守り神であり、時の門の封印の一部」
舞衣が宝玉に手を伸ばした。「私が受け取ります」
宝玉が舞衣の手に収まると、青い光が彼女を包み込んだ。「水の力が私に…」
「藤原家の血を引く者として、西の鍵の守護者となるのだ」精霊が言った。
光が収まると、舞衣は宝玉を大切そうに胸に抱いた。
「これで二つ目の鍵が揃いました」千鶴は喜びを表した。
「あと二つだ」晴明は言った。「北の鍵と東の鍵」
「東の鍵は既に手に入れているだろう?」博雅が尋ねた。
「ああ」晴明は頷いた。「だが、四つ全てが揃わなければ、時の門は封印できない」
水の精霊は四人を見つめ、「急ぎなさい」と言った。「冥府道の新たな動きが始まっている」
「新たな動き?」晴明が尋ねた。
「物部陽炎は時の狭間に閉じ込められたが、冥府道はまだ存在する」精霊は答えた。「新たなリーダーが現れ、時の門を開こうとしている」
「誰です?」千鶴が尋ねた。
「物部影丸」精霊は言った。「陽炎の弟だ」
「影丸…」晴明はつぶやいた。「聞いたことがある。陽炎と同じく強力な術師だ」
「彼らは既に北の鍵を狙っている」精霊は警告した。「安倍家の墓所へ急ぎなさい」
「わかりました」晴明は頷いた。「すぐに向かいます」
水の精霊は最後に言った。「西の鍵の力を使いこなせるのは、藤原家の血を引く舞衣だけだ。彼女を守りなさい」
「はい」晴明、千鶴、博雅は同時に答えた。
精霊は水に戻り、消えていった。四人は来た道を戻り、階段を上って祠に戻った。
忠通が待っていた。「試練を乗り越えたようだな」
「はい、父上」舞衣は西の鍵を見せた。「水の精霊の試練を受け、西の鍵を授かりました」
忠通は厳かに頷いた。「そうか…舞衣、お前は本当に成長した」
「父上…」舞衣は感動した様子で父を見つめた。
「行くがよい」忠通は言った。「時の門の封印は、この世界の秩序を守るための重要な使命だ。藤原家も協力する」
「ありがとうございます」晴明は礼を述べた。
四人は祖廟を後にする準備をした。次の目的地は、安倍家の墓所。北の鍵を求めて、彼らの旅は続く。
しかし、彼らが知らないところで、新たな危機が迫っていた。物部影丸率いる冥府道の一団が、既に安倍家の墓所へと向かっていたのだ。
2
藤原家の祖廟を後にした一行は、急ぎ安倍家の墓所へと向かった。東山に位置する安倍家の墓所は、平安京からそれほど遠くはなかったが、山道は険しく、進むのは容易ではなかった。
「晴明様」千鶴が馬を並べながら尋ねた。「安倍家の墓所には、以前行ったことがあるのですか?」
晴明は少し複雑な表情を見せた。「ああ、父の命日には参っている」
「お父様とは…」千鶴は言葉を選びながら続けた。「あまり良い関係ではなかったのですか?」
晴明は少し間を置いてから答えた。「父は厳格な人だった。陰陽道の道を極めることだけを求め、それ以外の感情を認めなかった」
「それで晴明様は…」
「反発した」晴明は静かに言った。「感情を捨てることなく、陰陽道を極めようとした。それが父との確執だった」
博雅が後ろから声をかけた。「晴明の父、安倍益材は陰陽寮の長官を務めた名陰陽師だ。その厳格さは朝廷でも有名だった」
舞衣も静かに言った。「私も噂は聞いています。安倍益材様は、感情を捨て去ることで究極の陰陽道に達したと」
晴明は黙って頷いた。「父は…今も生きている。隠居して東山の庵で暮らしているはずだ」
「会うのですか?」千鶴が尋ねた。
「おそらく」晴明は答えた。「北の鍵のことを知っているのは、父だけかもしれない」
一行が東山の麓に差し掛かった時、空が急に暗くなった。不自然な雲が山を覆い始めたのだ。
「これは…」晴明が空を見上げた。「術の気配だ」
「冥府道か?」博雅が警戒して周囲を見回した。
「間違いない」晴明は厳しい表情で言った。「彼らも北の鍵を狙っている」
「急ぎましょう」舞衣が言った。
四人は馬を急がせ、山道を登り始めた。道は次第に細くなり、最終的には馬を置いて徒歩で進むことになった。
「安倍家の墓所はこの先です」晴明が案内した。
山の中腹に差し掛かると、古い石段が見えてきた。石段の両側には、苔むした石灯籠が並んでいた。
「荘厳な場所ですね」千鶴はつぶやいた。
「安倍家は代々、陰陽道の重鎮を輩出してきた」晴明は説明した。「この墓所には、多くの先人が眠っている」
石段を上りきると、広い平地が現れた。そこには、整然と並んだ墓石と、中央に建つ小さな祠があった。
「ここが安倍家の墓所だ」晴明が言った。
四人が墓所に足を踏み入れた時、突然、冷たい風が吹き抜けた。
「誰だ」厳しい声が響いた。
振り返ると、一人の老人が立っていた。白髪と長い髭を蓄え、質素な装束を身につけていた。その目は鋭く、晴明に似ていた。
「父上」晴明は静かに頭を下げた。
「晴明か」安倍益材は冷ややかに言った。「久しぶりだな」
「はい」晴明は答えた。「父上にお会いしたかったのです」
益材は晴明の後ろにいる三人に目を向けた。「連れは?」
晴明は三人を紹介した。「橘千鶴、藤原舞衣、源博雅です」
三人は丁寧に挨拶をした。益材はただ頷くだけだった。
「何の用だ?」益材は本題に入った。「墓参りにしては大勢だな」
「北の鍵について聞きたいのです」晴明は直接的に言った。
益材の目が鋭くなった。「北の鍵…時の門の鍵か」
「ご存知なのですね」千鶴が驚いて言った。
「当然だ」益材は答えた。「安倍家は代々、北の鍵の守護者だった」
「それで、その鍵は?」晴明が尋ねた。
益材は晴明をじっと見つめた。「なぜ知りたい?」
晴明は事情を説明した。東の鍵と南の鍵を既に手に入れたこと、舞衣が西の鍵を得たこと、そして冥府道が時の門を開こうとしていることを。
益材は黙って聞き、そして深いため息をついた。「やはり、その時が来たか」
「父上?」
「時の門の封印が弱まっていることは感じていた」益材は言った。「だが、まさか冥府道が動くとは」
「物部陽炎は時の狭間に閉じ込められましたが」晴明は続けた。「今度は弟の影丸が動いています」
「物部影丸…」益材はつぶやいた。「陽炎よりも狡猾な男だ」
「北の鍵はどこにあるのですか?」舞衣が尋ねた。
益材は舞衣を見て、「藤原家の娘が西の鍵を持っているのか」と言った。
舞衣は頷き、青い宝玉を見せた。「はい、水の試練を乗り越え、西の鍵を授かりました」
益材は感心したように頷いた。「北の鍵は…」
その時、突然の爆発音が墓所を揺るがした。
「来たか!」晴明が叫んだ。
墓所の入り口に、黒装束の一団が現れた。先頭に立つのは、物部陽炎に似た男だった。
「物部影丸!」晴明が警戒の表情で言った。
影丸は冷たく笑った。「安倍晴明、そして安倍益材。二代の陰陽師に会えるとは光栄だ」
「何の用だ」益材が厳しく問いただした。
「言うまでもないでしょう」影丸は答えた。「北の鍵を頂きに来ました」
「させるものか」晴明は護符を取り出した。
影丸は手下たちに指示した。「彼らを止めろ。私は鍵を探す」
黒装束の術師たちが一斉に攻撃を仕掛けてきた。晴明、千鶴、舞衣、博雅、そして益材は応戦した。
「父上、北の鍵はどこですか?」晴明が戦いながら尋ねた。
益材は中央の祠を指さした。「安倍家の始祖の墓だ。そこに北の鍵がある」
「行きましょう!」千鶴が言った。
晴明は博雅に目配せした。「博雅、父上を頼む」
博雅は頷いた。「任せろ」
晴明、千鶴、舞衣の三人は祠に向かって走った。影丸もそれに気づき、三人を追いかけた。
「逃がさん!」影丸が叫んだ。
祠に辿り着いた三人は、急いで中に入った。中央には古い石棺があり、その上に小さな祭壇が設けられていた。祭壇の上には、琥珀色の宝玉が置かれていた。
「これが北の鍵…」晴明はつぶやいた。
その時、影丸が祠に入ってきた。「見つけたな」
晴明は千鶴と舞衣を守るように前に立った。「影丸、お前の計画は失敗する」
影丸は笑った。「そうかな?私は兄と違って、慎重派だ。時の門を開くには、別の方法もある」
「どういう意味だ?」晴明が尋ねた。
「時を超えた女の力があれば」影丸は千鶴を見た。「鍵がなくても門は開く」
「千鶴には触れさせない」晴明は厳しく言った。
影丸は術を放った。晴明も応戦し、祠の中で激しい術の応酬が始まった。
「舞衣殿」千鶴が小声で言った。「西の鍵の力を使えますか?」
舞衣は頷いた。「試してみます」
舞衣は西の鍵を掲げ、「水の力よ、我に宿れ」と唱えた。青い宝玉が光り始め、水の力が舞衣を包み込んだ。
「水の流れよ、敵を押し流せ!」
舞衣の術により、祠の中に水の渦が発生し、影丸を押し流した。影丸は一瞬体勢を崩したが、すぐに立て直した。
「なかなかやるな、藤原の娘」
晴明はその隙に、北の鍵に手を伸ばした。「土の力よ、我に宿れ」
琥珀色の宝玉が光り、土の力が晴明を包み込んだ。
「土の壁よ、敵を阻め!」
晴明の術により、祠の床から土の壁が立ち上がり、影丸を押し返した。
「二つの鍵の力か…」影丸は苦々しく言った。
その時、外から博雅の声が聞こえた。「晴明!急げ!」
「行きましょう!」千鶴が言った。
三人は北の鍵を持って祠を出た。外では、博雅と益材が冥府道の術師たちと戦っていた。
「鍵を手に入れたか?」益材が尋ねた。
「はい」晴明は琥珀色の宝玉を見せた。
「ならば急げ」益材は言った。「ここは私が食い止める」
「父上…」
「行け」益材は強く言った。「時の門の封印は、お前たちの使命だ」
晴明は一瞬躊躇ったが、頷いた。「わかりました。気をつけてください」
「心配するな」益材は微笑んだ。「お前の父は、そう簡単には倒れん」
晴明は初めて、父の微笑みを見た気がした。
「行くぞ!」晴明は仲間たちに言った。
四人は墓所を後にし、山を下り始めた。後ろからは、益材と冥府道の戦いの音が聞こえていた。
「お父様は大丈夫でしょうか」千鶴が心配そうに言った。
「ああ」晴明は強く頷いた。「父は強い。必ず生き延びる」
四人は急いで山を下り、馬のところまで戻った。
「これで三つの鍵が揃った」博雅が言った。「あとは東の鍵だけだ」
「東の鍵は安倍家の屋敷に置いてある」晴明は言った。「急いで戻ろう」
四人が馬に乗り、平安京へと向かおうとした時、突然、空が暗くなった。黒い雲が渦を巻き、その中心から一筋の光が地上に降り注いだ。
「あれは…」晴明が驚いて見上げた。
「時の門の予兆だ」舞衣が言った。
「どういうことですか?」千鶴が尋ねた。
「冥府道が何かを始めた」晴明は厳しい表情で言った。「急ぐぞ!」
四人は馬を急がせ、平安京へと向かった。彼らの使命は、いよいよ最終段階を迎えようとしていた。
3
平安京に戻った四人は、急いで安倍家の屋敷へと向かった。屋敷に着くと、侍女たちが不安そうな表情で出迎えた。
「晴明様!」侍女の一人が駆け寄ってきた。「大変です!」
「何があった?」晴明が尋ねた。
「冥府道の者たちが屋敷を襲い、何かを持ち去りました」
「何だと?」晴明の表情が凍りついた。「東の鍵を…」
晴明は急いで屋敷の奥へと向かった。他の三人も後に続いた。晴明が隠し部屋の扉を開けると、そこには空の箱だけが残されていた。
「東の鍵が奪われた…」晴明は絶望的な表情で言った。
「どうすれば…」千鶴が不安そうに尋ねた。
晴明は深く考え込んだ。「冥府道は四つの鍵のうち一つを手に入れた。だが、時の門を開くには、まだ足りない」
「彼らの次の行動は?」博雅が尋ねた。
「おそらく…」晴明は言った。「残りの鍵を奪おうとするか、あるいは…」
「千鶴様を狙う」舞衣が言い終えた。
千鶴は身震いした。「私の力で時の門を開こうとする…」
「そうだ」晴明は頷いた。「だが、それを許すわけにはいかない」
「でも、東の鍵がなければ、私たちも時の門を封印できないのでは?」千鶴が尋ねた。
晴明は静かに言った。「方法はある。四つの鍵の力は、それぞれの家に宿っている。源氏、藤原家、賀茂家、安倍家…」
「つまり、博雅殿が東の力を…」千鶴が理解した。
「そうだ」晴明は博雅を見た。「博雅、お前は源氏の血を引いている。東の鍵の代わりになれるかもしれない」
博雅は真剣な表情で頷いた。「やってみよう」
「だが、その前に」晴明は言った。「冥府道の本拠地を突き止める必要がある。東の鍵を取り戻さなければ」
「どうやって?」舞衣が尋ねた。
晴明は「探索の術を使う」と言って、中庭へと向かった。四人は中庭に集まり、晴明は術の準備を始めた。
「三つの鍵の力を借りる」晴明は言った。「舞衣、西の鍵を」
舞衣は青い宝玉を差し出した。
「博雅、南の鍵を」
博雅は赤い宝玉を差し出した。
晴明は自ら琥珀色の宝玉を取り出した。「三つの鍵の力よ、失われた東の鍵の在処を示したまえ」
三つの宝玉が光り始め、その光が交わって一つの映像を作り出した。そこには、北山の奥深くにある古い寺院が映し出されていた。
「北山寺…」晴明はつぶやいた。「かつて陰陽道の修行場だった場所だ」
「そこが冥府道の本拠地?」千鶴が尋ねた。
「間違いない」晴明は頷いた。「そして、映像を見る限り、彼らは既に何かの儀式を始めている」
映像には、寺院の中央に大きな五芒星が描かれ、その上に東の鍵が置かれている様子が映っていた。物部影丸が儀式を執り行っているようだった。
「急がなければ」晴明は言った。「彼らは時の門を開こうとしている」
「でも、鍵が一つだけでは開けないのでは?」舞衣が尋ねた。
「通常はそうだ」晴明は答えた。「だが、影丸は別の方法を知っているようだ」
「どんな方法ですか?」千鶴が尋ねた。
晴明は千鶴を見つめた。「おそらく、時を超えた者の力を利用する方法だ。つまり、お前を捕らえようとしている」
千鶴は恐怖を感じながらも、決意を固めた。「私が囮になれば…」
「駄目だ」晴明は即座に否定した。「それは危険すぎる」
「でも、他に方法は?」
晴明は考え込んだ。「…作戦を立てよう」
四人は屋敷の居間に集まり、作戦を練った。
「北山寺に向かい、東の鍵を取り戻す」晴明は言った。「そして、四つの鍵を使って時の門を完全に封印する」
「冥府道の術師たちが多数いるでしょう」舞衣が指摘した。
「だから、分散して侵入する」晴明は説明した。「博雅と舞衣は南側から、私と千鶴は北側から」
「私は千鶴様と一緒の方が…」舞衣が心配そうに言った。
「いや」晴明は首を振った。「舞衣は西の鍵の力を使える。博雅は南の鍵の力を使える。二つの力があれば、術師たちに対抗できる」
舞衣は不安そうだったが、頷いた。「わかりました」
「私と千鶴は北の鍵の力で守りながら、東の鍵を取り戻す」晴明は続けた。
「作戦は理解しました」千鶴は言った。「でも、時の門が開き始めていたら?」
晴明は真剣な表情で言った。「その時は、四つの力を一つに集中させる。それが唯一の方法だ」
四人は準備を整え、北山寺へと向かった。夜が更けていく中、彼らは静かに山道を進んだ。
北山寺に近づくと、不気味な気配が漂っていた。寺院の周囲には、黒い霧が立ち込めていた。
「結界だ」晴明が小声で言った。「注意して進め」
四人は約束通り二手に分かれた。博雅と舞衣は南側へ、晴明と千鶴は北側へと向かった。
晴明と千鶴は慎重に寺院の北側に回り込んだ。壁に小さな窓があり、そこから中を覗くことができた。
「儀式が始まっている…」晴明はつぶやいた。
中央の広間では、物部影丸が五芒星の中心に立ち、呪文を唱えていた。東の鍵は五芒星の一角に置かれ、緑色に輝いていた。
「どうやって中に入りますか?」千鶴が尋ねた。
晴明は北の鍵を取り出した。「土の力で壁に穴を開ける」
晴明は静かに呪文を唱え、北の鍵の力を使って壁に小さな穴を開けた。二人は慎重に中に入り、柱の陰に隠れた。
一方、博雅と舞衣も南側から侵入に成功していた。二人は別の柱の陰に隠れ、晴明と千鶴の姿を探していた。
「見つけた」博雅が小声で言った。「向こうの柱の陰だ」
舞衣は晴明と千鶴の姿を確認し、安堵した。「無事でよかった」
広間の中央では、影丸の儀式が進んでいた。「東の力よ、時の門を開く鍵となれ」
東の鍵の光が強まり、五芒星の中心に向かって伸びていった。
「始まってしまった」舞衣が心配そうに言った。
「でも、鍵が一つだけでは完全には開かないはずだ」博雅が言った。
その時、影丸が不敵に笑った。「時を超えた者よ、姿を現せ!」
突然、千鶴の体が光り始めた。
「千鶴!」晴明が驚いて叫んだ。
千鶴は自分の意志とは関係なく、体が五芒星の方向に引っ張られるのを感じた。「晴明様…私が…」
「千鶴様!」舞衣も叫んだ。
影丸は千鶴の存在に気づき、笑った。「来たか、時を超えた者よ」
晴明は千鶴を抱きとめようとしたが、力が強すぎて、二人とも五芒星の方向に引きずられていった。
「博雅、舞衣!」晴明が叫んだ。「今だ!」
博雅と舞衣は南の鍵と西の鍵を掲げ、一斉に術を放った。
「火の力よ!」
「水の力よ!」
二つの力が影丸に向かって飛んでいった。影丸は不意を突かれ、術を受けて後退した。儀式が一瞬途切れ、千鶴への引力も弱まった。
「今だ!」晴明は千鶴の手を引いて走り出した。「東の鍵を!」
二人は五芒星に向かって走った。冥府道の術師たちが気づいて攻撃を仕掛けてきたが、博雅と舞衣の術がそれを防いだ。
晴明と千鶴は東の鍵に手を伸ばした。その瞬間、影丸が強力な術を放った。
「させるか!」
晴明は北の鍵の力で防御の壁を作ったが、影丸の術は強力で、壁を突き破りそうになった。
「晴明様!」千鶴が心配そうに叫んだ。
「大丈夫だ」晴明は歯を食いしばって言った。「東の鍵を取れ!」
千鶴は東の鍵に手を伸ばした。その瞬間、鍵が強く光り、千鶴の体も光に包まれた。
「何が…」千鶴は驚いた。
「東の鍵が千鶴を認めた」晴明は理解した。「千鶴も時の門の守護者として、東の力を使えるのだ」
千鶴は東の鍵を手に取り、「風の力よ、我に宿れ」と唱えた。
緑色の光が千鶴を包み込み、強い風が広間を吹き荒れた。影丸の術が押し返され、彼は後退した。
「四つの鍵が揃った!」晴明が叫んだ。「博雅、舞衣、こちらへ!」
博雅と舞衣は術師たちを振り切り、晴明と千鶴の元へと駆けつけた。
「四方の力を一つに」晴明は指示した。「時の門を封印するために」
四人は広間の四方に位置した。晴明が北、博雅が南、舞衣が西、千鶴が東に立った。
「始めるぞ!」晴明が叫んだ。
四人はそれぞれの鍵を掲げ、力を呼び覚ました。
「土の力よ」晴明が唱えた。
「火の力よ」博雅が唱えた。
「水の力よ」舞衣が唱えた。
「風の力よ」千鶴が唱えた。
四つの力が中央に向かって伸び、交わった。光の柱が天井を突き抜け、空へと伸びていった。
「何をする!」影丸が怒りに任せて叫んだ。
彼は最後の力を振り絞り、強力な術を放った。しかし、四つの力の前には無力だった。
「時の門よ、永遠に封じられよ」四人が同時に唱えた。
光の柱がさらに強まり、広間全体を包み込んだ。影丸と冥府道の術師たちは、光に飲み込まれていった。
「くっ…まだだ…私は…」影丸の声が消えていった。
光が収まると、広間には四人だけが残されていた。五芒星は消え、冥府道の者たちの姿もなかった。
「成功した…」晴明は安堵の表情で言った。
「冥府道は?」博雅が尋ねた。
「時の狭間に閉じ込められたのだろう」晴明は答えた。「陽炎と同じように」
四人は疲れ切った様子で、互いを見つめた。彼らは命懸けの戦いを終え、時の門の危機を回避したのだ。
「これで終わったのでしょうか」千鶴が静かに尋ねた。
晴明は頷いた。「ああ、時の門は完全に封印された。もう開くことはない」
「それは…」千鶴は言葉を詰まらせた。「私は未来に戻れないということですか?」
晴明は千鶴を見つめ、そして静かに言った。「それは…わからない。だが、時の門が封印されても、千鶴の存在自体が時を超えている。いつか道は開けるかもしれない」
千鶴は複雑な表情を見せた。未来に戻れる可能性があることに安堵しながらも、この時代で築いた絆を考えると、複雑な気持ちだった。
「どちらにせよ」舞衣が千鶴の手を取った。「今はここにいてください。私たちと一緒に」
「そうだ」博雅も頷いた。「時が来るまで、共に過ごそう」
晴明も静かに微笑んだ。「千鶴の選択を、私たちは尊重する」
千鶴は涙を浮かべながら頷いた。「ありがとう…みなさん」
四人は北山寺を後にし、平安京へと戻る準備をした。彼らの前には、まだ多くの冒険が待っていたが、共に戦う絆は固く結ばれていた。
千鶴は夜空を見上げた。満月が明るく輝いていた。彼女は自分の選択について考えていた。未来に戻るか、この時代に留まるか。
(答えはまだ出ないけれど…今は、この場所で、この人たちと共にいたい)
彼女の心には、もう迷いはなかった。少なくとも、今は。
4
一ヶ月後、安倍晴明の屋敷では、穏やかな日常が戻っていた。時の門の封印以来、冥府道の動きはなく、平安京は平和を取り戻していた。
晴明は庭で千鶴と舞衣に陰陽道の術を教えていた。二人は熱心に学び、日に日に上達していた。
「素晴らしい」晴明は二人の術を見て言った。「特に千鶴は、風の力を自在に操れるようになってきた」
千鶴は照れくさそうに微笑んだ。「晴明様と舞衣殿のおかげです」
舞衣も嬉しそうに頷いた。「千鶴様は本当に才能がありますね」
三人が術の練習をしていると、博雅が屋敷を訪れた。
「晴明、良い知らせだ」博雅は笑顔で言った。「安倍益材殿が無事だったぞ」
「父上が?」晴明は驚いた表情を見せた。
「ああ」博雅は頷いた。「冥府道との戦いで負傷したが、山の庵で療養していたそうだ。今日、朝廷に姿を現したよ」
晴明は安堵の表情を見せた。「そうか…無事で何よりだ」
「会いに行くのですか?」千鶴が尋ねた。
晴明は少し考え、そして頷いた。「ああ、父との和解の時かもしれない」
四人は益材の庵を訪れることにした。東山の静かな庵に着くと、益材は庭で瞑想していた。
「父上」晴明が声をかけた。
益材は目を開け、晴明たちを見た。「来たか」
「ご無事で何よりです」晴明は言った。
益材は静かに頷いた。「冥府道との戦いは激しかったが、この老骨もまだ捨てたものではない」
「時の門は完全に封印されました」晴明は報告した。
「知っている」益材は言った。「その波動は感じた」
益材は千鶴を見た。「時を超えた者よ、お前はどうするつもりだ?」
千鶴は真剣な表情で答えた。「まだ決めていません。でも、今はこの時代で、みなさんと共に過ごしたいと思っています」
益材は理解したように頷いた。「時が来れば、道は開かれるだろう。それまでは、この時代で学ぶがよい」
「はい」千鶴は頭を下げた。
益材は晴明を見つめた。「晴明、お前は正しい道を選んだ」
「父上…」
「感情を捨てず、それでも強くなる」益材は静かに言った。「それが真の陰陽師の姿かもしれん」
晴明は父の言葉に、深い感動を覚えた。長年の確執が、少しずつ解けていくのを感じた。
「ありがとうございます、父上」
益材はただ頷くだけだったが、その目には温かみが宿っていた。
四人が庵を後にする時、益材は最後に言った。「また来るがよい。次は茶でも飲もう」
晴明は微笑んで頷いた。「はい、必ず」
平安京に戻る道中、四人は静かに語り合った。
「晴明様とお父様の関係が良くなって良かったですね」千鶴は嬉しそうに言った。
「ああ」晴明も穏やかな表情で答えた。「長い確執だったが、ようやく和解の一歩を踏み出せた」
「舞衣殿のお父様とは?」千鶴が尋ねた。
舞衣は少し考え込み、そして微笑んだ。「父上も、私の選んだ道を少しずつ理解してくれるようになりました。先日は、陰陽道の書物をいくつか贈ってくれたんです」
「それは素晴らしい」博雅が言った。
四人が安倍家の屋敷に戻ると、侍女が手紙を持ってきた。
「晴明様、賀茂神社からの使いが届けていきました」
晴明は手紙を開き、内容を確認した。「賀茂忠行からだ。会いたいと言っている」
「賀茂忠行?」千鶴が尋ねた。
「賀茂神社の宮司だ」晴明が説明した。「南の鍵の元々の守護者でもある」
「何か問題でも?」博雅が心配そうに尋ねた。
晴明は首を振った。「いや、時の門の封印について話したいようだ。明日、賀茂神社を訪れることにしよう」
翌日、四人は賀茂神社を訪れた。神社の奥の院で、賀茂忠行が彼らを迎えた。
「安倍晴明殿、よく来てくださった」忠行は丁寧に挨拶した。
晴明も礼儀正しく応じた。「お招きいただき、ありがとうございます」
忠行は千鶴を見て、「あなたが時を超えた方ですね」と言った。
千鶴は驚いた。「ご存知だったのですか?」
忠行は頷いた。「賀茂神社には、時の流れを読む力があります。あなたが未来から来たことは、感じていました」
「それで、お話があるとは?」晴明が尋ねた。
忠行は真剣な表情になった。「時の門は封印されましたが、それは永遠ではありません」
「どういう意味ですか?」舞衣が尋ねた。
「時の流れは、常に変化しています」忠行は説明した。「百年後、あるいは千年後、再び時の門が開く可能性があります」
「そのために何かすべきことがあるのですか?」博雅が尋ねた。
忠行は頷いた。「四つの鍵の力を、次世代に伝えていく必要があります。源氏、藤原家、賀茂家、安倍家…四家の絆を保ち、時の門の知識を伝えていかなければなりません」
「わかりました」晴明は真剣に応じた。「私たちの使命は、まだ終わっていないのですね」
「そして」忠行は千鶴を見た。「あなたには特別な役割があります」
「私に?」千鶴は驚いた。
「あなたは未来と過去を繋ぐ存在」忠行は言った。「いつか、あなたが未来に戻る時が来るかもしれません。その時、未来の人々に真実を伝えてください」
千鶴は重大な使命を感じ、強く頷いた。「わかりました。私にできることがあれば」
忠行は満足そうに頷き、「これからも四人で力を合わせてください」と言った。
四人は賀茂神社を後にし、川辺で休憩することにした。穏やかな流れを見ながら、彼らは未来について語り合った。
「新たな使命か」博雅はつぶやいた。「退屈しなくて済みそうだな」
舞衣は微笑んだ。「四家の絆を保つ…私たち四人の絆のように」
「そうですね」千鶴も頷いた。「私たちの絆は、時を超えても続くものだと思います」
晴明は静かに言った。「千鶴、いつか未来に戻る道が開けた時、どうするつもりだ?」
千鶴は川面を見つめながら、しばらく考えた。「正直に言うと…まだわかりません。未来には家族や友人、研究があります。でも、ここには…」
彼女は晴明、舞衣、博雅を見た。「大切な人たちがいます」
「どちらを選んでも」晴明は優しく言った。「それはあなたの選択だ。私たちは尊重する」
「ありがとう」千鶴は微笑んだ。「でも、その選択をするまでには、まだ時間があります。それまでは、この時代で、みなさんと共に過ごしたいです」
「私たちもそれを望んでいます」舞衣は千鶴の手を取った。
「さて」博雅が立ち上がった。「これからも冒険は続くようだ。次は何が待っているのだろうな」
「それは誰にもわからない」晴明も立ち上がった。「だが、四人で乗り越えられないものはない」
四人は笑顔で頷き合い、夕暮れの平安京へと歩き始めた。彼らの前には、まだ多くの冒険が待っていた。時の門の秘密、冥府道の残党、そして千鶴の選択…
しかし、彼らの絆は固く、どんな試練も乗り越えられると信じていた。
千鶴は夕焼けに染まる空を見上げながら考えた。
(未来か、過去か…いつか選ばなければならない時が来る)
だが今は、この瞬間を大切にしたいと思った。晴明、舞衣、博雅との日々を。時を超えた絆を。
(続く)
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