11 合宿①


夏の強い日差しが、校庭の真ん中を照りつけていた。

ジリジリと肌を焼くような暑さだが、僕の心は不思議と高揚していた。

今日から二泊三日の文芸部合宿が始まるのだ。


学校の正門前には、すでに部活のメンバーが集まっていた。

一番に目を引いたのは、もちろん入野さんだ。

今日はTシャツにデニムというカジュアルな服装で、大きな旅行バッグを抱えている。

隣には、少し眠たそうな宝条もいる。


「平岡っち、おはよー!」


入野さんが僕に気づき、満面の笑顔で手を振ってくれた。

その笑顔を見るだけで、僕の心は浮き立つ。


「おはよう、入野さん、宝条君。」


「おはよー、よっしー。」


宝条も気だるげに手を上げる。


少し離れたところには、福田先輩がテキパキと荷物の最終確認をしている。

隣には、一文字さんと古本さんもいて、何やら楽しそうに話している。

そして、部活の顧問である菊乃井まどか先生が、大きな紙のリストを片手に、全員の顔を確認していた。


「よし、全員揃ったわね。みんな、忘れ物はない?

 スマホの充電器とか、寝間着とか。部活メンバーは本とか、小説のノートとか!」


菊乃井先生の言葉に、僕は慌ててカバンの中のノートを確認する。


「はい、大丈夫です!」


僕がそう答えると、先生はにこやかに頷いた。


部員全員が揃ったことを確認し、僕たちはマイクロバスに乗り込んだ。

合宿用の荷物がバスのトランクに詰め込まれ、座席はすぐに埋まる。

僕の隣には、宝条が座った。通路を挟んだ向かい側には、入野さんと一文字さんが並んで座っている。

入野さんと直接話せないのは少し残念だったけれど、彼女が近くにいるだけで気分が上がった。


バスがゆっくりと動き出す。車窓からは、見慣れた街並みが次第に遠ざかっていく。

しばらくすると、視界いっぱいに鮮やかな黄色が広がるのが見えた。


「わあ!ひまわり畑だ!」


入野さんが、目を輝かせて窓の外を指差す。

その言葉に、僕も視線を向ける。

一面に広がるひまわり畑は、夏らしい青い空の下、太陽に向かって堂々と咲き誇っていた。

まるで、僕たちの夏を祝福してくれているかのようだ。


「すごいな……。」


思わず呟くと、隣の宝条も「夏って感じだなー」と、珍しくも、ロマンチックな一面を見せた。

バスの中には、合宿への期待と、普段とは違う場所へ向かうワクワク感が入り混じり、活気に満ちていた。



バスに揺られることおよそ二時間。

都会の喧騒はすっかり遠ざかり、あたりは深い緑に包まれていた。

バスが砂利道をゆっくりと進み、やがて一台の古民家の前で止まった。


「ここが、福田さんの祖父母の家よ。みんな、着いたわよ!」


菊乃井先生の声に、僕たちはバスを降りた。

そこは、まさに絵に描いたような田舎の家だった。

広い庭には、色とりどりの花が咲き乱れ、古い井戸ポンプが佇んでいる。

あたりからは、鳥の声や、風が木々を揺らす音が聞こえてくるだけで、都会の騒がしさが嘘のようだ。

僕は、深く息を吸い込んだ。土と草の混じった匂いが、どこか懐かしい。


「わー!すごい! 私、こんな家初めて来た!」


入野さんが目を輝かせ、庭を駆け回る。


「じぃちゃーん! ばぁちゃーん! 畑行ってるのかな?」


福田先輩は少し探した後、玄関の方に戻ってきた。


「私の祖父母は普段ここで農業しているから、色々不便なところもあるかもしれないけど、みんなで楽しく過ごしてね!」


福田先輩が、そう言いながら、少し照れたように笑った。

宝条は、縁側に座り込んで、すでにくつろいだ様子だ。


「みんな、まずは荷物を部屋に置いてちょうだい。

 部屋割りは、男子は奥の和室、女子は手前の二部屋ね。

 荷物を置いたら、リビングに集合!」


先生の指示で、僕たちはそれぞれの部屋へと向かう。


部屋に荷物を置いた後、リビングに集まった僕たちは、合宿のルールとスケジュールを確認した。


「この合宿の目的は、みんなで協力して短編小説を完成させること。

 そして、部員同士の親睦を深めることよ。」


菊乃井先生が、A3の画用紙に書きながら説明する。

夕食の準備や、風呂の順番、消灯時間など、共同生活を送る上での細かなルールも決まった。

リビングの壁には、可愛らしい家族写真が飾ってあり、棚には手作りの小物や古い本が並んでいる。

福田先輩の祖父母が普段ここで暮らしているのだと、その温かい生活感が伝わってきた。


「みんなで協力し合って、充実した三日間にしましょうね!」


先生の言葉に、部員全員が「はい!」と元気よく返事をした。



午後、部屋割りや役割分担も終わり、合宿最初のミーティングが始まった。

リビングのテーブルを囲むように、部員全員が座る。


「じゃあ、改めてだけど、今回の合宿の目標は、みんなで一つの短編小説を完成させること。もちろん、個々で書きたいものがあるなら、それはそれで構わないわ。でも、せっかくだから、みんなでアイデアを出し合って、協力して何かを生み出す喜びも感じてほしいの。」


菊乃井先生が、穏やかな口調で語りかける。

僕の心臓が、少しだけ高鳴る。みんなで小説を作る。

それは、今まで一人で書いてきた僕にとって、新しい挑戦だ。


「短編小説……。どんなテーマにするのがいいかな?」


古本さんが、すでにノートに何かを書き込みながら呟く。


「個人的には、青春物とか、ちょっと不思議な話とか面白そう!」


一文字さんが、笑顔で頷く。

福田先輩が、ノートを持ってきた。


「みんな、それぞれ書きたいものがあると思う。でも、せっかくの合宿だから、まずはみんなでアイデアを出し合って、お互いの小説にアドバイスし合う時間を作ろう。」


福田先輩は、具体的な進め方を提案してくれる。


「さて、じゃあまずは、それぞれが今回の合宿でどんな小説に挑戦したいか、自由に話してみようか。平岡くんからどう?」


福田先輩が僕に話を振った。

少し緊張しつつも、僕は頭の中にあった夏祭りの物語のアイデアを、少しだけ話してみた。


「へぇ、夏祭りの話かー。」


古本さんが、興味深そうに相槌を打ってくれる。

みんなで意見を出し合い、それぞれの小説への意気込みを共有する時間は、とても刺激的だった。



夕食までの少しの時間、各自で自由に過ごすことになった。

僕は、先ほどのミーティングで出たアイデアをノートに書き留めていると、入野さんと宝条が僕に声をかけてきた。


「平岡っち、ひまわり畑、見に行かない?」


入野さんが、腕を組みながら僕の顔を覗き込む。


「いいね! 俺も行こうかなー!」


宝条も、いつも通り乗り気な様子だ。


「うん、行こう!」


僕は、二人の誘いを二つ返事で受けた。


三人で家を出て、ひまわり畑へと向かう。

夕方の柔らかな陽射しが、ひまわりの花びらを金色に染め上げている。

昼間よりも風が心地よく、広大なひまわり畑の中を歩くのは、まるで夢の中にいるようだった。


「うわー、すっげぇ! この広さ、やばいな!」


宝条は、さっそくスマホを構え、様々なアングルからひまわりを撮り始めた。


「平岡っち、こっち向いて! いい感じに撮ってあげる!」


入野さんもスマホを構え、僕をひまわりの前へと誘導する。

少し照れくさいが、僕は言われるがままにひまわりを背景に立った。


「んー、もうちょっと笑顔! ハイ、チーズ!」


二人でとった後、入野さんの写真連射タイムが始まった。


宝条はというと、カバンから小さなスケッチブックと鉛筆を取り出した。


「やっぱ、これ、描いてぇな……。持ってきて正解だったわー。」


彼はそう呟くと、ひまわり畑の中央にある一際大きなひまわりに視線を固定し、熱心にスケッチを始めた。

その集中した横顔は、普段の陽気な彼とはまた違う、真剣な芸術家の顔だった。


鉛筆の線が、迷いなく紙の上を走る。

ひまわりの力強い形、花びらの繊細なカーブ、そして陽光に照らされる陰影。

宝条の手によって、それらが次々とスケッチブックに再現されていく。

入野さんと僕は、宝条の邪魔にならないように、少し離れた場所からその様子を静かに見守った。


「宝条、絵、ほんとに上手だよね。宝条のくせに。」


入野さんが呟く。


「うん。美術部に入ってから、もっと腕を上げたみたいだ。」


以前、彼の作品のアレキサンドライトシティを見た時、僕は宝条の絵の才能を思い出していた。

バスケを辞めて美術部に入った彼にとって、絵を描くことは、今やかけがえのないものになっているのだろう。


夏の陽射しと、ひまわり畑を吹き抜ける心地よい風。

この特別な空間で、僕たちはそれぞれの時間を過ごし、互いの新たな一面を知ることができた。

入野さんの笑い声が、ひまわり畑に響き渡り、僕の心を満たしていく。

この合宿は、きっと僕にとって、かけがえのないものになるだろう。

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