ー2ー
「マリちゃんは成仏できたのか?」
「たりめぇよぉ、ぱっといなくなっちまったぁ。あっけねぇ、あっけねぇ」
「ほんとうか? なら、ヘリで病院に運んでいいのか? 旦那さんにもすぐ連絡しねぇと」
慌ててスマホを取りだした上田に、堂々島は待てをかけた。
「ボンクラ刑事。闇口家の番号は知ってるか?」
「番号? ああ、知ってるぜ。かけたことはないが登録はしている。あれ? じゅういちはまだもどらねぇのか? 長いトイレだなぁ」
それを聞いた堂々島はかっかっと笑った。
「こいつぁおもしれぇ! ひとりだけ視えてねぇってのはぁ、傑作だなぁ! まわりとはまったく別で話しが進んでいやがるぜぇ」
「そ、な……! しかたねぇだろ、見えねぇもんは!」上田は恥ずかしそうだ。
「だが、そこがいい! じゅういちがあんたと一緒にいる理由が、わかるなぁ、わかるぜぇ」
「そりゃ、おれが刑事だからだろう?」
「ちがうなぁ、ちがう。犬を飼うと癒やされるだろう? それと一緒さぁ。最低限の言葉で、わん、と返してくれる。命令があれば、深く考えないで実行する。あたまの上にいっつもハテナがあるが、つくづくお利口さんだぁ、いるだけで気が休まる存在よぉ」
上田はしばらく考えた。あまりピンときていない様子。
「犬のおまわりさん、困ってしまって、ふぉ、ふぉ、ふぉふぉ〜」
リズムよく嘉次郎が歌うと、堂々島は腹を押さえて笑った。
・…………………………・
【六月六日から、二週間が経ったころ】
署内のデスクで、上田は資料をにらんでいた。
一〇ページ前後の書類で、見出しには〈日流村 記録〉と書かれている。
マル秘の赤いハンコが目立つ秘匿資料だ。
「上田さん、このあいだの件、大変だったみたいっすね」
後輩の警察官が声をかけた。三〇代前半の男で、新婚のせいか浮かれている。右利きなのに、わざわざ左手をちらつかせる仕草をいちいち挟んでくるから、既婚未婚問わず婦警からの好感度はガタ落ちだ。
「あ?」上田は資料を見ながら、「ああ。おれなんか、なんともねぇけどな。もっと大変な思いをしたのが、ほかに何人もいるからよ」
「日流村の跡地に行ったんですよね? なんだって、あんなとこに?」
「あ? ああ……。クライアントの大事なもんを探しに行ったんだよ」
「へぇ、クライアントですか……」後輩はせせら笑って、「報告に困る心霊現象相手に大騒ぎして、あげくには恫喝同然のヘリコプター出動要請……。署長はまだ眉を曲げているみたいですよ。それに比べて、闇口家の騒動に駆けつけ、現場の指揮をとった梶原警部を高く評価していましたけどね」
「しらねぇよ。いやみを言うな、いやみを」
上田は手元の資料で後輩の頭を軽く叩いた。
「イッテ」後輩は笑みを浮かべて、「で、そんな資料をひっぱり出してどうしたんすか?」
「あ? ああ……。過去に日流村で起きたことを調べたくなったんだよ」
「へぇ……。そんな探偵まがいのことに時間を費やしていたら、今度は窓際じゃ済まないかもですよ? 地下室行きになっちゃうかも」
「あ? 地下室なら地下室のほうがいいぜ。おまえに邪魔されずに、ゆっくりと資料を見ていられる」
「ああ、上田さんひっでぇ」
「他人の降格を心配してねぇで、自分の出世を心配しろ」
それもそうだと納得して、茶化すだけの後輩は去った。
うるさい虫がどこかに行った、くらいのため息で見送って、上田は資料に集中する。
「兵働咲良……。消息不明……。日流村の住民に拉致された可能性あり。日流湖の山林にて、鹿を無免許で狩猟し、解剖していた疑い。地質学の再評価検証にともなう、平成六年度の再調査により、当人の自室にあった頭髪のDNAと、鹿の死体に付着していた人髪のDNAが一致すると判明。なお、当人の自室には、首や手足を切り落とされた日本人形や、小動物の遺体を瓶に詰めたもの。サイズの異なる肉切り包丁や、ノコギリなどが数多く保管されていた」
自然と顔が険しくなることばかりが書かれている。上田は喉に胃液の熱を感じた。文字をこぼさぬよう、声にしてつづける。
「日流山大規模土砂災害発生当初より、依然として証拠不十分のため、日流村崩壊と、当人の精神状態の関連性は確認できず。一般大衆のなかでは都市伝説としてうわさされる、刃物による大量虐殺の可能性——その是非を立証することは現在も不可能とす……。ちなみに日流村には数年に一度、儀式のために若い女性を拉致する風習があるとされている。災害の日は、ちょうど儀式の日であったとする民族学的意見は複数件存在する……」
次のページをめくる。
ここからは比較的最近の記録のようだ。
「民族学者、および地層専門家の協力があり、日流村跡地の調査が実施される……。湖畔に住んでいる管理人の制止があるも、調査は実行。道中、調査隊のひとりが消息を断つ。のちに胸が切り裂かれた遺体で発見される。表向きには、クマによる殺害と発表。しかし鑑識は、人為的な刺殺であると評価。爪ではなく、短刀のようなもので切られた可能性が高い。遺族やメディアの混乱を避けるため、クマを容疑者とする」
さらにページをめくる。
人名がならぶ表があった。
日流村の被害者の一覧表だ。
「こんなに死んじまったのか……。ひでぇな……」
そこからさらにページを進めると、上田の目はぴたりと釘づけになった。さっきまで動いていた口もポカンと開いて止まった。
芦茅了——日流村における大規模土砂災害の唯一の生存者。災害時に出稼ぎに行っていたため、難を逃れたとされる。「呪いの山からの使者」というレッテルにより、石を投げられる等の被害を受けたとの報告有り。
芦茅かや——了の妻。双子の子女をもうけるも、長女であるマリを殺害。数年後、当時一六歳であった次女、マキに殺害される。旧生明村(現生明町)の河川にて遺体発見。死因は石による頭部の殴打とされる。
芦茅マリ——遺体、遺骨など未発見。
芦茅マキ——河川にて母を殺してすぐの投身自殺。遺体は旧生明村から数キロ離れた川辺にて発見される。死因は溺死。
篠田節夫——芦茅かやの弟。かや、マキの遺体を日流山に埋葬したとされるが、当局未確認。
「篠田……」上田は全身に鳥肌を感じて、「篠田って……、誠子さんの苗字じゃねぇか」
ふと、上田の勘がうずいた。
もし篠田夫婦が結婚するときに、妻の姓を選んでいたとしたら——
篠田という名字が、旦那のものではなく、誠子のものだとしたら——
「血縁を調べりゃ、もしや……!」
これだよ、これがあるから刑事はやめらんねぇ。上田の口角を持ち上げながら、灰色のデスク脇フックにひっかけた車のキーをわしづかみ、署から飛びだした。
定刻より一時間早くcloseの札をおろした一十探偵事務所にはひとりの客がいた。
「ほんとうに、お世話になりました」
深々と頭を下げる篠田の前に、人間姿のシラツユはコーヒーを置いた。相変わらず肌の露出が多い。
「誠子さんは?」冬夜がたずねる。
「ええ。一週間ほど昏睡状態で入院していました。いまは家にもどって、家事もこなせるようになってきました」
遠慮するような篠田の口調は変わらない。けれど表情は晴れていて、すっきりとした雰囲気がある。
ゆっくりと鏡を見る余裕はまだないのか、以前よりも髭が伸びている。髪も少々ぼさぼさだ。
「よかった」シラツユが言った。「長い憑依だったものね。心身に相当な負担がかかっていたはずよ」
「ええ……、ほんとうに、もどってよかったです」
それでなんですが……、と篠田はトートバッグから一枚の紙を取りだした。縦に長い紙で、くるりと巻かれている。
「目が覚めた誠子が、なにを思ったか、実家の家系図が見たいと言いだしまして……。理由をたずねても、本人にすらわからないみたいだったんです。けど……、ぼくが目を通したら、その理由にならない理由がわかったのです」
篠田はちぎれないように、丁寧に紙を開いた。
あみだくじのように流れる血縁の軌跡——
「篠田……。そうか、あんた、奥さんの苗字を名乗ったのか?」
「そうなんです。養子縁組をしたわけではないのですが、こっちの苗字のほうがいいよね、とふたりで合意する流れになって。うちの実家からはちょこっと野次を刺されましたけど。別にどっちの姓を名乗ろうが、ぼくらの勝手ですからね……。しかもぼく、次男ですし……」
篠田の話しを流しながら、冬夜は縦長の紙を下から舐めるように見た。
「篠田かや。婚姻ニトモナヒ戒名。芦茅かや……。特記トスル——芦茅マリ……、芦茅マキ……」
「古くて、しかも自家製の家系図みたいなので、書き方がおかしいかもしれませんが……。情報自体は正しいはずです」
「誠子さんは、マリ、マキと血縁があったわけか……」
実のところ、冬夜はうすうす勘づいていた。
「あれだけの長期間、ひとりの人間に憑依することは、幽霊にとって難しいことだ。しかし血縁関係があれば、憑依はしやすい。維持も楽だったはずだ。なにせ自分に近い細胞と血で構築された体だからな」
冬夜が言うと、篠田は深く考えてから言葉を選んだ。
「誠子の様子がおかしくなってすぐのことです。夜中に家を出ようとしたことが何度もありました」
日流村に行く、行かんとならん——マリはそう言ってパジャマ姿の誠子の体を玄関にむかわせた。
「車で送ってくれとせがまれても、こちらは拒みました。何度も阻止すると、さすがにムダだと悟ったのか、今度は狂ったふり……、といいますか。ご存じのとおりの彼女になって……」
「強行で行けるような場所じゃないからな……。船で渡らないといけない。無理に動いたとて、けっきょくあんたに捜索願いでも出されて保護されるのがオチだと、マリもわかっていたんだろう。子供のしゃべり口調だが、あいつは大人だ。幽霊が長い分、時代の流れも見てきた。賢くもなっている」
なるほど……、と篠田は顔を沈めた。
「——不思議な話しだな、と思うのです」
「なにがだ?」
「妹との接点を探すために、どうして自分の遺骨を探すのでしょう? 普通は、妹の遺骨や遺物を探すものではないのですか?」
「ああ……。それか」
それに関して冬夜は、堂々島からある事実を聞いていた。
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