終わり、終われど、終わんなよ

ー1ー


「そんじゃあ、与太話もこれくらいにしようやぁ、なぁ」堂々島は立ち上がって言った。「あんた、わかってんだろう? マリが外で待ってる」

「はい……」マキはうつむいて、「恥ずかしいです。一世紀近くもまたいで再開する姉……。でも、あわせる顔がない」


 横にいる実弥が、マキの肩をさすった。


「堂々島さん。姉妹の話し合いが終わったら……。わたしたちを祓っていただけますか」実弥が言う。

「どうだろうなぁ……。その必要、あんのかなぁ、なぁ嘉次郎ぉ」

「ふぉ、ふぉ、ふぉ。まずは姉妹の再開を果たしましょう。それからのことは、それから判断すればよいのです」

「おれぁ疲れた。きょうは物書きもできそうにねぇ。いったん寝るぜぇ、ああ眠てぇ」


 畳にごろがり、ライオンのようなあくびを放つ堂々島。それを見て、実弥はほのかな笑みを浮かべる。


「マキ……。行こう」

「ええ」


 ふたつの霊体は、ゆっくりと寺の外に出た。

 ヘリコプターのパイロットと上田が話している。

 機内にふたりの女性が寝ている。

 そぼろの母と、誠子。

 境内の中央に、女の子の霊が立っている。


「ああ、おねぇちゃん」マキの移動が早くなる。透けた足をまわすが、地面からはずいぶん離れている。


 マリは背を向けている。こちらを見ようとしない。しかし気づいているはずだ。


「おねぇちゃん」

「……」

「おねぇちゃん」

「……」

「ごめんなさい」

「あんた、何人殺したん」

「わかんない。わかんないよ」

「許せんよ……」

「そんなこと言わないで。やっと話せる、やっと会えた……」

「あんたが人を殺しているから会えなかったんよ。真っ黒な心だったから。うちはもう、すぐにおっかぁを許したのに。あんたが許さなかったから」

「そんなのできるわけない!」


 マキが叫ぶと、木々が激しく揺れた。


「おねぇちゃん、顔を見せてよぅ」


 見かねた実弥が、うしろから声をかける。


「マリさん……。わたしが余計なことを吹きこんだせいです。ほんとうに、申し訳ありません」

「錫の契り、だっけ……。そんなばかを、よくやったよね。よくつづけたものよね」

「ええ。死んでも死んでも、死にきれないでしょう。ただ、地獄の業火に焼かれるのは、わたしだけでいいんです」


 すると、堂々島があくびをふかしながら寺から出てきた。

 その手には鞠が。


「忘れもんだい」


 鞠は投げられ、宙に浮いたそれをひのえが蹴った。金色の光に包まれた鞠は、一瞬で新品のように綺麗になった。なんの術か、ひのえの能力ちからか。


「きゃはは、狐のまやかし! きゃはは!」


 石畳に鞠が転がる。

 それを見たマキは泣き崩れた。


「ああ、ああ、知っている、知っているよ。こんな色だったよ……」

「むかしはよく遊んだね。それで」背を向けたままマリが言う。

「うん、うん……、おねぇちゃん、どうして先に死んでしまったの、どうしてこんな、ちいさなものに埋められちまったの……」

「ねぇ、マキ」振り返って、「遊ぼう」

「おねぇちゃん?」


 マリは、そこにある鞠を蹴った。

 ころころと、かわいらしく転がる鞠。

 泣き崩れるマキのそばで止まった。


「蹴れない、蹴れないよう、思い出だもん、ふたりの——」

「おかしなこと、たくさんやったね。短くて苦しい子供の時間だった。けどあんたがいて、楽しかった」


 マリの体がだんだんと薄くなる。

 遡る雪のような光の粒が、天へと昇っていく。


「あ、ああ、行かないで、おねぇちゃん、おねぇちゃん」

「マキ——もう人殺しはしない。約束だよ」

「しないよ、しないから、ねぇ、おねぇちゃん、もっと話をしようよ、そばにいてよ」


 最期にマリは微笑んだ。

 寺の軒下で、堂々島は声を聞いた。


 ——堂々島さん。みんなにありがとうって、伝えて。あと誠子さんの体、長いこと借りて、ごめんねって——


 堂々島は耳の裏をぼりぼりかいた。くすぐったかったようだ。


「そんなもん自分で伝えろい、がきんちょぉう」


 機を見た実弥はゆっくり進んだ。

 鞠のそばで、ただ泣き崩れるマキに半透明の片手を当てる。


「マキ……。まちがっていたんだ。ぼくらはなにもかも。でも、贖罪を背負うことはない。それはきみの役目ではない」


 薄く透けるマキの躰、そのみそおちに赤黒い霧が満ちて現れた。それを実弥の片手がぐいぐいと吸いとっていく。


「あ、ああ、だめだよ、あなた!」

「いいんだよ。怨恨も、悔恨も、罪状も。ぼくの責任だ」


 赤黒い霧がすべて、マキの躰から抜けた。実弥の右腕は煤のように黒くなった。深い色は次第に半身を染めていき、顔の半分まで漆黒になるころ。晴れていた夜空が突然灰雲に覆われた。


 ごろろ、ごろろ……

 雷の轟音とともに鬼の顔が現れた。

 とても大きい、寺の敷地とおなじくらいの顔だ。


「おう、おう、閻魔さまのご登場かい」堂々島は空を見上げる。


 閻魔は灰雲のなかから手を伸ばした。黒く長い爪と、真っ赤な肌。

 実弥をがしりと掴んだら、我が元へと連れ去っていく。


「だめだよ、あなた——実弥さまぁ!」


 マキは飢えた物乞いのように空へ手を伸ばす。


「いいんだよ。これでいいんだ。愛しているよ。ずっと、ずっとね」

「ああ、ああ……」


 灰雲が消えて、あたりは静かになった。

 マキの嗚咽ばかりが境内に響く。

 堂々島はめんどうくさそうに近寄った。


「あんたも時間がねぇぞぉ、もうしめぇだぁ」


 たしかにマキの体は、じわりと薄くなっている。


「実弥は、あんたの罪を持っていった。恨みや、後悔も。だが深ぇ悲しみを置いていった。最期まで自分勝手だと思わねぇかい」

「……そうですね。あんなのに惚れて、なにをこだわっていたのでしょうね、一世紀余年も」


 その言葉は精一杯の強がりだった。

 マキは空を見た。

 灰雲は消えて月が見える。

 満月だ。


「だれかを想うことにこだわった。それがわたしです。大好きな姉や、恋人に執着すること。それに必死だった。執着を保つために何人も殺した。——姉は、そんなわたしにずっと言葉をかけたかった。きっと、こういうことです」


 ——自分の幸せくらい、自分で感じなさい。他人から得ようとせんでいいんよ——


「おめぇが飾らず笑っていりゃぁ、景色は自然と明るくならぁ。——母殺し。それは姉のためにやった部分もあるだろうがぁ、姉はそんなもん望んでなかった」

「母を殺せばすっきりするかと思ったんです。でもすぐに、ぐちゃぐちゃの血釜で煮詰められるような感覚がして、耐えきれなかった」


 気づいたら自らの命も奪っていた。


「そんでもってさぁっと気持ちを切り替えてよぉ。じゃあ死んじゃったならこうしようってよぉ。幽霊にプロポーズする実弥もどうかと思うぜぇ、なぁ」


 ふふ、とマキは笑った。


「なーんでも、お見通しなんですね」

「おめぇらがテレビからこんばんはぁしてから、びんびん、びんびんと押しつけてくるんだよぉ。こちとら霊視するまでもなく流れこんでくるからしんどかったぜぇ。死ぬ間際に駆けめぐる映像——走馬灯ってやつだよぉ、まったく」


 マキの体は薄さを増す。もうすぐおわかれだ。


「幽霊生活は楽しかったかい?」堂々島が訊く。

「あら……、無神経」マキは笑った。「そんなだから独身なんですよ」

「ここで結婚マウントたぁ……、いい度量だぜぇ、なぁ嘉次郎」

「先生は望んで独身なのですから、意にも介さないでしょう?」

「ちげぇねぇ」堂々島はあっけらかんとして、「言い遺しはねぇのかい?」


 全身を光の粒に変えながら、マキは声を遺した。


「日流村——そこには行ってはいけない。後生の人々にはそれだけ、お伝えください」


 堂々島は、しばらく考えた。


「元凶……? ああ……。生き残りか……」


 上田が近づいてきた。不思議そうな顔をしている。


「なぁ堂々島さん。なにかあったのか? 誠子さんが、誠子さんの意識を取りもどしたんだが……。マリちゃんの演技じゃないよな?」

「おうよ、おうよ、もう終わった」

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