第25話 誠実のような悪魔の笑顔

 昼食は夏野菜がたっぷりと入ったパスタだった。

 採れたての野菜と塩味の効いた伯母おばのパスタは、まさに実家の味。

 懐かしさと美味しさに自然と目尻が下がり、あっという間にお皿が空っぽになった。

 

 食後、マナはハーブティーを淹れることにした。

 用意したティーカップは三つ。自分と伯母と、レイの分だ。


「昨日話した紹介したい人、連れてきていいかな?」


 そわそわしながら尋ねると、伯母は「もちろんよ」と快く承諾してくれた。

 その返事にほっと胸を撫で下ろしながら、ティーカップに湯気の立つハーブティーを注いでいく。


「それで、どんな人なの?」


 伯母が興味津々な様子で尋ねてきた。


「うーん。一言で言うなら、無愛想な人、かな」


 ティーカップをテーブルに置きながら、自然とレイの姿が思い浮かぶ。

 意地悪そうな笑みで嫌味を飛ばしてくる彼の姿が鮮明に思い出されて、まるで目の前にいるかのようだった。

 それに引きつられるように言葉が漏れ出す。


「あと、口も悪いかも。それに、何を考えてるのかも全然わからない」

「そうなの、随分と気難しい人なのね。でも、それだけ?」


 伯母の優しい声で続きを促されると、いつの間にか次の言葉が出ていた。

 

「それから……、たまに優しいっていうか。綺麗だなって思ったりとか……」


 そう言った途端、自分が何を口走ったのかに気がつき、慌ててテーブルの隅に視線を落とした。

 身体中に熱さを感じるのは、淹れたハーブティーのせいではないだろう。

 

「一言じゃ足りない人なのね」


 伯母はふふっと満足そうに微笑んでいる。

 改めて、聞き上手な伯母の凄さを思い知らされた。

 触れないようにしていた気持ちを引き出されてしまったようで、少しだけ胸が締め付けられる感覚がした。


「じゃあ、連れてくるね! 今部屋で待ってもらってるから!」


 言い終わると同時に立ち上がって、浮足立つように階段を駆け上る。


 ──さっきの会話、聞かれてないよね。


 ドアの前で不安を振り払うように深呼吸をし、ドアノブに手をかけた。

 レイは数時間前と同じように、クローゼットにもたれかかっている。


「早かったな」


 彼はこちらを見据えて意地悪そうに微笑んだ。

 それはまさに、さっき頭に浮かんだ表情そのものだった。


 …………

 ……

 …


「この人が私の騎士で、レイっていうの。すごい強くてね、魔女が現れた時に助けてくれて、ここまで無事に送り届けてくれたんだ」


 ぎこちなくも精一杯の笑顔で隣に座っているレイを紹介する。

 実際は騎士でなければ人間でもないのだが、伯母を安心させるために考えた嘘だった。

 

 それに伯母は聖力も魔力もない。

 言い方は悪いかもしれないが、普通の人間だ。

 

 だから、レイの異様な魔力も伯母には伝わらない。

 伯母から見たら、彼は容姿端麗な青年としか映っていないだろう。

 

「マナの力になってくれてありがとうございます。何もない田舎ですが、ゆっくりしていってくださいね」


 伯母は柔らかい表情でレイを歓迎してくれた。

 その様子に安堵するも、リビングでレイが隣に座っているという状況は全くもって現実味がない。

 場の空気に馴染めず、緊張の糸はまだ張り詰めたままだ。

 

 一方で、レイは何も言わずにハーブティーを口に運んでいる。

 余裕をかましているような無表情な横顔、やはり何を考えているのか全然わからない。 


「マナってば本当にお転婆てんば娘だから、レイさんも大変だったでしょう?」

「伯母さんってば! もうお転婆って歳でもないよ!」


 思いがけない伯母の一言に照れくささを隠そうと、つい言い返してしまった。

 その横で、レイが静かにティーカップをテーブルに置いた。そして、硬かった表情がふと和らいでいく。

 まるで別人のような、悪魔らしからぬ爽やかな笑顔に変わっていった。


「彼女は聖女として、そして人間として強い芯を持った女性です。決して誰かに流されない、自分の信念を貫き通す姿には、見ている人を引き込つけるものがあります。その強さ故に、時折無謀なこともしますが、それも彼女の魅力だと思います。目が離せない。だから皆、彼女をしたうのでしょう」


 さらりと言い終えたレイは、再びハーブティーを口にして微笑んだ。

「まあまあ」とクロエは口元に手をかざし楽しそうに笑っているが、マナの心中は吹き荒れる嵐のようだった。

 悪魔から出てきたとは思えない清らかな言葉に、ぽかんと口を開けてレイを眺める。

 

 ──本音? それとも、合わせてくれてるだけ?


 どちらにせよ、レイからそんな言葉が聞けるなんて思ってもみなかった。

 不意をつかれて返す言葉が見つからずにいると、玄関の扉を勢いよく叩く音が響いた。


「クロエおばさーん! マナはいますかー⁉︎」


 扉の向こうから元気な子供の声がする。

 懐かしいその声は、すぐに近所の子だとわかった。


「はあい。今開けるからね」


 伯母は明るく返事をすると、こちらに「ちょっと待っててね」と言って、席を立つ。

 玄関に向かう伯母を横目に、小声でレイに尋ねる。


「さっきのって……なに?」


 彼は一瞬こちらに目を配ると、肩をすくめて面倒くさそうに答えた。

 

「意味なんてない。面倒事を早く終わらせるための方便だ。これで、見返りの分の働きはしただろう?」


 そう言った彼が浮かべた表情は、いつもの意地悪で挑発的な微笑みだった。


 ──やっぱり……。そんなもんだよね。


 胸の奥で膨らんでいた期待、とでもいうのだろうか。

 それが弾けるように消えていった。

 それでも、どこかホッとしてしまった自分がいるのも事実だった。


「マナだ! 本当にいた! いい天気だし、外に行こうよ!」


 リビングに駆け込んできたのは近所の子共、タクト。

 くるくるとした青い髪の毛が特徴の六歳児だ。

 無邪気な笑顔で手を広げる姿は相変わらずで、その可愛い仕草に「ただいま」と微笑みを返すも、今この状況で外に出るのは少し気が引ける。


「うーん。今からは、ちょっと……」


 少し躊躇ためらいながら言いかけたが、タクトは気にも留めず満面の笑みで手を握ってくる。


「早く早く! 兄ちゃんも外で洗濯してるから!」

「わかったわかった。今大事なお客さんを連れているから、少しだけね」


 子供らしい澄んだ瞳に負けてしまった。

 タクトは飛び跳ねるように喜ぶと、勢いよくマナの手を引っ張って外へと連れ出していく。

 それを見たレイは呆れたように立ち上がる。


「また面倒事か。どいつもこいつも、落ち着きがない」


 顔をしかめて呟く彼に、苦笑いをするしかなかった。

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