第一章 聖女と悪魔

プロローグ 〜大聖女の娘〜


 母の話を聞く時間は、幼いマナにとって何よりの楽しみだった。


「おばさん、今日もお話しして」


 寝支度を終えたマナは、いつも決まってそうねだる。

 伯母おばは微笑みを返し、灯りを少し落とした。

 

「一つだけよ。今日は、どんな話がいいの?」

「お母さんが魔女をやっつけたときの!」

「はいはい」


 伯母は優しい手をマナの髪に添えながら、ほんの少し目を細める。

 

「マナのお母さんは、自分の命を削ってでも、みんなを救う人だった。十年前のあの日、魔女を封じて……国を守った大聖女よ」


 伯母は遠い記憶を見るように続けた。


「ドロシアは、小さな青い宝石をいつも大事そうに持っていたの。それは……」

「私も、いつかお母さんみたいな大聖女になるんだ!」


 幼い声が、勢いよく伯母の言葉を遮る。

 伯母は驚いたように目を瞬かせたが、すぐに頬を緩め、くすりと笑った。


「そうね、いつかマナもなれるわ」


 再び髪を撫でる手のひらの温かさに、マナのまぶたがゆっくりと落ちていく。

 憧れは言葉よりも深く胸に刻まれ、呼吸するたびにふくらんでいった。


 ──いつかわたしも、だれかを守れる人になるんだ。


 マナはそう信じて疑わなかった。

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