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へのぽん

召喚獣とコンタクト

「師匠、何の骨ですかね」

 グランが持ち上げた。

 牛だな。

 雑木林の一画、焚き火跡もある。

 前には壮大なる湖が広がる。

「どこにもいませんけど?」

「いると思うんだけどな」

 ヴィンが答える。

 少年グランが召喚獣を呼ぶために紐で結わえた笛をブンブン鳴らした。

 湖の水が揺れた。

 風ではない。

 視野の隅で魚が跳ねた。

 次第に波が近づいてくる。

 グランは逃げた。

 師匠も追いかけるように逃げた。

 逃げて逃げて逃げた。

「あんなもん買い取れるか!」

「何ですか?」

「ラマル族だよ」

 至上極悪の召喚獣にして、暴れたら手が付けられないラマルのメスだ。普段は水や闇に隠れているが、ここぞというときは現れる。


『喚んではいけない召喚獣ランキング』

 魔術学院調べ(賢者シュミット監修)

 第三位・ラマル族

 特にメスはキケンだ。召喚した瞬間、君がオスなら魅入られる可能性がある。どちらが主かわからなくなるぞ。基本的に召喚主の命令は聞かないと思っていた方がいい。もし人里離れたところなどで出逢えば、君がオスなら甘美の世界で死ぬのを待つしかない。骨の髄まで溶かされて死ぬしかないので死を楽しもう。


 美しい姿は旅人を惑わす。

 爪で突き刺し、髪で絞めて殺すのだ。一時間後かもしれない、一日後かもしれない。

「あんな召喚獣捨てた奴は誰だ」

 ヴィンが叫んだ。

 後ろから首が絞められ引きずられる。

 弟子のグランは短剣を抜いた。

 師匠、すみません。

 逃げやがった。

「助っ人呼んできますから」

 ぬるっと背に肌が触れる。

 濡れた髪が首筋に絡みついた。

 サファイアの瞳が魅入ろうとする。

「わたしと遊ばない?」

「お、おいくら?」

「い・の・ち」

「僕の命か。ハハハ。安いもんだね」

 首筋を舐め上げられた。

 ゾクゾクする。

「君の召喚主はどこかに消えた」

「知ってる」

「だから今君は元の世界へ戻ることができないでいる。僕は君を戻せるかもしれない」

「召喚主はいないわよ」

 腕を甘く噛んできた。

「君はラマルだな?」

「ラマルは種族で名はスレイよ」

「スレイ、戻ろうと思わないか?」

 突き放された。

 振り向くと、聞いていた以上に美しい姿の人がいた。銀の髪、白い肌、豊かなバストと腰をあらわにしていた。

「ひとまずこれを」

 ヴィンは鞄から服を渡した。

 彼女は渋々シャツとズボンを着た。

「あなた誰?」

「僕はヴィン。召喚された人や獣を元の世界へ戻す仕事をしてるんだ」

「わたしは戻る気ないわよ」

 スレイは木にもたれた。

「何で?」

「わたしは自由を満喫してるの」

「弱ったな」


 十数年前の戦争時、様々な国が様々な獣や人を召喚したが、戦後に残された召喚獣が世界で問題と化していた。村で畑を耕し、街で商売をするものなどはいいのだが、野良と化して凶暴化すものなどは負の遺産として扱われた。


「ひとまず役所へ行かないか。君の戸籍を調べないといけないんだ」

「断れば?」

 スレイはヴィンの腰の剣を裸足の足でつついてきた。斬るのか?と挑発だ。

「使いたくないんだ」

 短剣を抜くと、途中までしかない。途中から折れて、折れたところも摩耗していた。

「あそこです」

 グランの声がした。

 賞金稼ぎ三人がライフルを構えた。

「待て待て待て」

 ヴィンは腕を広げた。

 殺すな。

 まだ話し合える。

 言うことなど聞いてくれない。

 ヴィンのことなどお構いなしに賞金稼ぎのライフルが魔法弾を放ってきた。

 背後のスレイは森の枝に飛び上がる。

 賞金稼ぎが弾を装填した。

 一人が倒れた。

「スレイ、トドメはやめるんだ」

 ヴィンは剣を抜いた。

 折れた刃が現れて、賞金稼ぎのライフルを斬り捨て様、スレイの首筋に添えた。彼女の爪がシュルツの頭を鷲づかみにしていた。

「スレイ、悪いようにはしない」

「偉そうに言えた格好なの?」

 パンッと乾いた音がした。

 スレイの頭ごと体が吹き飛ばされた。

 賞金稼ぎが一人、ニタニタした。

 爪でヴィンの頬が裂けた。

「命を救ってやったんだ。感謝しな。これは俺の獲物だ」

「まだ彼女とは話ができた」

 ヴィンは答えた。

「彼女は理由もわからないままこの世界へ連れてこられて戦わされたんだ。理由もわからないまま殺されるなんておかしいだろうが!」

 氷る刃が拳銃を斬る。

 ヴィンは賞金稼ぎを追い返すと、倒れたスレイの隣で膝をついた。

「ごめんよ」

「気にしないでいいわ」

「え?」

「おまえを主にすることに決めた。三食食わせて寝かせてくれればいい。そろそろ一人も飽きてきたし。前の世界には戻らないわ」

 指でこめかみの弾を抜いた。

 スレイは起き上がる。

「僕が飼うわけには」

「役所で登録すればいいのね?わたしはあなたに恋をしたみたい」






 

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