カラオケボックス
カラオケボックス。
密閉された小さな箱。
酸素は足りているはずなのに、呼吸が苦しい。
都市の夜に灯る、無数の光――
それは星ではない。魂の抜け殻たちが点滅する、無名の悲鳴。
その一つひとつに、人がいる。
孤独を数で覆い隠す者。
沈黙を音で濁す者。
あるいは、すでに何も感じぬ者。
マイクを握る。
これは剣ではない。
これは旗でもない。
これは、沈む者が最後に握る浮き袋。
愛を叫ぶ。夢を歌う。
だが誰にも届かない。
壁は厚い。心よりも厚い。
声は跳ね返り、自分の耳にだけ届く。
エコーとは、孤独が自分自身をなぞる音。
なぜ歌う?
それは、沈黙が怖いからだ。
本当に誰もいないと知ってしまうから。
それでも何かを発さなければ、
自分が“もういない”ことを、認めてしまうから。
カラオケボックスとは、
「誰にも届かない言葉」を吐き捨てる場所、
「誰にも聴かれない存在」が擬似的に在る場所。
そこでは、
普段言えなかった哀しみが、音程を外して這い出し、
普段見せなかった崩壊が、ネオンの下で微笑む。
沈黙に馴染みすぎた都市の住人たちが、
それでもなお「叫びたい」と願ってしまう――
それが、人間の弱さであり、哀しさであり、
そして、絶望の中でかすかに灯る唯一の光。
履歴に名は残らない。
声も消える。
記憶にも残らぬかもしれない。
だが、それでも、歌う。
「私はここにいた」と、
言葉にならぬ絶叫を旋律に乗せて、
誰にも聴かれないことを知りながら――
誰かに、ほんの誰かに、
届くはずもない声を向けながら――
今日もまた、小さな箱の中で、
世界の片隅で、音もなく崩れてゆく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます