⓼・〖Ex ore parvulorum veritas.〗
✧
重々しい杵を肩に担ぎ、ミミがロビーを縦断する。小さな体躯に不釣り合いなその杵は、子供に扱えるものには到底見えないことだろう。だが、携帯モードに入ったレプス・レガトゥスの重力制御光で、杵がミミに負担をかけすぎることは無かった。バケツ一杯分の重さを肩にしょい込んで、ミミはカグヤ社ビルの本社前に現れる。
改めて外の様子を把握すれば、[エリア95]の一帯が地獄と化しているのがよく分かった。赫灼に染まった月下の遠方、[エリア92]の当たりでは黒煙が集中し、悲惨さを悟らせる。
ミミは煙から視線を逸らすと、ビルを出て真正面……この地獄を引き起こした張本人を睨みつけた。片腕を腰に当てて立つその人物こそ、アストラ幼稚園園長兼、地球からの使者〈テラ・レガトゥス〉だ。
ミミは目の前の敵を睨み上げ、一段と声を低くした。
「準備は良い?」
「早いとこ終わらせましょう、僕も仕事が残ってるんで。」
「……ああそうかよ!!」
サトウがネクタイに手をかけると、ミミも杵を握り直す。そのまま、ミミは全身を捻ってぶんと獲物を振りかぶった。
「テラ・レガトゥス————」
「レプス・レガトゥス!」
「「〈
両者が起動コードを口にする。ミミの杵が月下の底を搗いた途端、辺り一帯には爆発的な光が鬩ぎ合った。テラの黒い輝きと、レプスのライトグレーの輝きである。
杵は星の光へと姿を変え、少女を中心に星座のような線を紡ぎ出した。それが形作るのはレプス・レガトゥスの立体設計だ。ミミの全身が青色に飲み込まれると、鬩ぎ合っていた光は同時に収束する。そうして、[エリア95]には二体のレガトゥスが現れた。
ミミが次に目を覚ましたのは————星の無い宙の闇だ。ミミの本体はレプス・レガトスの胸部にあるコックピットに仕舞われているのだが、その精神は機体レプスの電脳空間へと導かれていた。
ミミの視界に入るのは、青いデジタルホログラムのモニターだ。モニターは緩い曲線を描いてミミの顔横まで広がり、五十センチほどの距離を開けて暗闇に浮遊していた。ミミは驚いたような顔で画面を見つめると、自身の視線が高い事に気づく。白く簡素な椅子に腰を下ろしている為だ。椅子にクッションなどはなく、デザインは繋ぎ目の無い一枚の板のようである。
ミミはまだ知らないが、そこは精神世界とも取れる意識の空間なので椅子を作り込む必要は無いのだった。
また、ミミの手元にはモニターによく似た青いホログラムが浮かんでいる。それは正面のものよりも強いカーブを付けてテーブル状に広がっていた。……ロボットのコックピットと言うには実にシンプル過ぎる空間だ。ミミは訝し気に思いながらも、手元のボードに触れてみる。
途端、正面モニターには先ほどまで居たビル前の景色が映し出された。画面中央に捉えるのは〈テラ・レガトゥス〉の黒い機体だ。光線銃を構えたテラは迷いなくその引き金を引くと、星の光が一直線にレプス機を目がけた。
「………………畜生!!」
ミミは焦りに声を漏らす。怒りに任せて敵と相対したが、冷静になってみればこの機械の操縦方法を知らないのだ。当然、その為の訓練を受けたことも無い。……これじゃ当たる!ミミは反射的に目を閉じた。
————その時、電子空間に機械音声が反響する。
『シグナルサポート:起動』
ミミの頭上にホログラムリングが出現すると、それは二重に円を作って煌いた。天使の輪のようでもある月面色は、ムーン・レガトゥスの頭にも見た〝コントロール制御〟の表示である。輪は頭上だけでなく両腕にも輝くと、ミミの腕を勝手にホログラムボードへと導いた。
「何!?」
ミミは困惑しながら自分を見る。声を上げる頃、作業は既に終わっていた。正面モニターから降って来た赤い光の線を、指がホログラムボードをタッチして打ち消したのである。どれも一瞬のことだ。機体は左に飛んで光線を回避し、テラの懐へと一気に潜り込んでいく。ミミは、機体が避けたことを遅れて理解した。
指は続けざまにボードを払う。一度上向きに強く滑り抜けると、モニターの画面下部からは青い光が駆け抜けた。同時に、機体は思い切り杵を振り上げる。ミミはサポートされる傍らで、それが攻撃指示のやり方なのだとなんとなく理解していった。
振り上げた杵はテラの顎先を狙うが、テラは上体を反らして回避する。その右手に握られた銃がガラ空きのレプス機を捉えると、すぐに光線を打ち出した。
————しかし、もうそこには何も居ない。光は空を焼いてカグヤ社のビルを貫くだけだ。レプスは飛び跳ねる事で光線を回避したのだった。
テラは頭上の遥か彼方にレプス機を確認すると、右腕を横に薙ぎ払う。放たれた光線がビルの根本を叩き斬り、巨大な質量がレプス機の眼前へと迫っていった。圧倒されるミミを置いてテラはその場を離脱する。
「……邪魔くさいなッ!」
苛立ちで我に返ったミミはサポートよりも早くボードに触れた。モニターは一面半透明の赤で染められていたが、それも素早くクリアになる。レプス機は塔を回り込むように避けると、ミミの攻撃指示と同時に獲物を振り下ろした。
塔の側面に重い杵が着弾する。その衝撃は砲であり——隕石でもあった。巨大な建造物の全体に稲妻が如くヒビが走る。月下に落ちる人造塔は、今やただの瓦礫となって崩れ果てた。誰も聞いたことのない地鳴りが轟き、[エリア95]を震撼させる。
緊張から息を吐くのも束の間、五時の方向から光の一閃がミミを目がけた。その細い糸は瓦礫の隙間を縫ってレプス機に迫ると、獲物である杵に直進する。それは通常、避けられない速度にも思えるだろう。
だがレプス機は足元のスラスターからエネルギーを噴射して軌道を変えた。月下の空で兎が跳ねたのだ。舞うように一回転した後、レプス機は両足と左手を地面に付く。着地の衝撃が分散されていく。ミミは正面モニターで光線の方角を確認すると、無数に立ち並ぶ兵器工場をズームアップした。……そして、遥か先に潜伏するテラ・レガトゥスを発見する。
「そこか!」
ミミの心境を感じ取ったレプス機が、シグナルサポートで移動指示を出させた。手元のボードをまた強く上にスライドすれば、機体は地面を蹴り上げる。レプス機は一直線に目標へ向かい、スラスターを過剰噴射させながら飛び跳ねた。向かい来る光線銃の雨を掻い潜りながら、ミミはテラの眼前に迫り立つ。
「貰った————」
杵の大ぶりが薙ぎ払われる。しかし、……それが捉えたのはテラでは無い。名も知らぬ工場の一角である。建造物を貫いたミミの杵が引き金となり、辺りには連鎖的な爆発が起きた。蔓延する土埃の中からレプスが飛ぶと、搭載AIが警告をアナウンスする。
『モニタージャックを確認。』
「モニタージャック!?なにそれ!」
それはサトウの最も得意とする攻撃だ。サトウは一度、これを機にムーン・レガトゥスに打ち勝った事があった。
レプス・レガトゥスとは、ムーン・レガトゥスのプロトタイプだ。単体で稼働出来る彼らと違い、稼働には星のエネルギーの他、搭乗者の悲しみや希望といった感情をシグナルとしてキャッチする必要がある。サトウは、そのような古い機体であればムーンよりも御し易かろうと考えたのだ。
「どうすればいいの!?」 ミミは切羽詰まってレプスに尋ねる。
『ワタシが全力で対応する。』
「……あんたは?!」
『レプス機搭載AI、Primus《プリムス》だ。』
ミミは頼もしい言葉に安堵したが、それも続きを聞いて直ぐに打ち崩す事になった。
『当機が対応するには、シグナルサポートをオフにする必要がある。』
「オフ、って……。」
ミミは戸惑いを隠せない。あの高速で移動する赤い光を自らの反射能力で対処できるか、自信も無ければ不安ばかりだ。こうやって話している今でさえ、サポートによって助けられている。モニターに映るダミー光線に混じってやってくる、本物の光線までもをこのサポートが回避してくれているのだ。それを考えると、ミミは柄にもなく弱気になっていた。
「……自分でやるの?」
『ざっつらいと。』 AIは肯定する。
『当機は誰でも乗れる優れもの。この〝ノーツ〟を打ち消す〝シグナル感応帯〟の操作は、重機操作の百倍マシ。まさか……出来ないのか?』
「……。」 ミミは一度目を閉じて深呼吸をすると、心に決めて闇に叫ぶ。
「————やるよ!〈シグナルサポート・オフ〉!」
『承知。』
瞬間、ミミの光輪は粉々に砕け散った。頭上と手首に光の残骸が散りばめられて、それも暗い闇に還っていく。はっと正面モニターを見直せば、モニターには既に九つものノーツが打ち出されていた。ミミはそれを捉えると、意地で指を滑らせる。
初撃——最初の一閃は攻撃指示で防ぎ切った。ミミは感応帯を上に滑り、自身からも青いノーツを打ち返したのだ。……目論見は相殺。その攻撃シグナルは機体へと奔り、機体は思い切り杵を振るった。
杵の周囲には重力制御光が輝いている。杵と初撃が接触する瞬間に、機体は光線を打ち返したのだった。
画面の赤が鮮烈な青と衝突し、赤いノーツが跳ね返っていく。隙が空いたレプス機を二本の光が貫くが、それは幸いにも左肩部と右腰部分だった。跳ね返ったノーツは敵の初撃光線を現していて、自身が放った筈の光は瞬く間にテラの獲物を破壊する。
「無茶苦茶な戦い方を……。」
サトウはガラクタを投げ捨てるとシステムハックを再開した。レプスの中枢へ侵入し、月白の空間を一望する。辺りには幾つものリモートコントローラーが胸元の高さで浮かんでおり、その中央にはブラウン管テレビの駅師匠が浮いていた。
……随分と古めかしいイメージホログラムだ。カグヤの中枢とはまた違ったデザインをしている。
恐らく、このダミーリモコンの内から正しいものを選び取ることで中枢にアクセスできるのだろう。だがそれはサトウにとって非常に容易い作業だった。サトウは手近なものを選択すると、空間中央のモニターへ向けてボタンを押す。そこには、またも数字の羅列が映し出される——筈だった。
数列の群れがノイズでぼやけ、代わりに白い服の少女が映り込む。バストアップでサトウを見据えた少女は、黒いドリル状のツインテールが特徴的だった。頭上には、兎耳のような白いリボンを結びつけている。
どこかミミにも似た面持ちの少女は、サトウの後ろを指差すと口角を上げた。
サトウが振り返る。そこには、……画面に映っていた少女そのものが立っていた。
長袖の白いワンピースを身に着けて、サトウが自分に気が付いた事を確認すると……少女は改めて拳を振りかぶる。
「「騙して!ばっかり!居るんじゃねぇ──────ッ!!」」
現実世界、月下にてミミが杵を振った。光線を避けきったミミは、既にテラ・レガトゥスの正面にまでやってきていたのだ。テラの胴を杵が捉え、サトウの胴をプリムスが捉える。黒い悪魔をした機体はその威力に従って直線的に弾け飛ばされた。
テラは聳え立つ建造物を次々と貫いて、いくつかのエリアを越えて行く。ミミは感応帯へ指を滑らせると、スラスターを噴射してその後を追い始めた。エネルギー節約も兼ねてビルの側面へ着地し、兎さながらに跳ねていく。
やがて、二機は[エリア84]のとある爆発跡へ到着した。地面に倒れ伏すテラを見下ろし、ミミは自身で定めた〈着陸場〉に足を下ろす。そこは、かつての砂場の影すらない荒野と化していたが……ミミは幾度となく見て来たお気に入りの場所を、体と魂で覚えていた。
「懐かしいよね。今日だって通ってた筈なのに、あたしは何でかそう思うよ。」
語りながらテラに近づき、ミミはその真正面に憚り立つ。テラが見上げるレプス機は、そのがっしりした機体も相まって宛ら巨大な壁のようだ。
「あんたの爆破した園だよ。思うところがあったら聞かせてよ。」
電脳空間内、プリムスがミミの言葉を伝える。レプス機搭載のAIは、ミミの感情シグナルに共鳴を見せていた。殴り飛ばされた後のサトウはモニター真下で膝を立てると、上体を起こして眼鏡を正す。
「悲しめば満足しますか?」
その言葉にプリムスは馬乗りになった。サトウの胸倉を掴み上げ、間近に額を突き付ける。少女の姿はホログラムが剥がれるようにミミの姿へと変わって行った。
剥き出しの感情はサトウに吠える。
「何も……何も思わなかったの!?チビ達を見て、何も!!」
それに対してもサトウは淡々と言葉を告げた。
「僕はレガトゥスだ。初めから思える気持ちがあったなら、こんな計画は生まれなかった。」
胸倉を引き寄せるミミの細腕をサトウが掴んで放しにかかる。サトウはその日、一段とよく喋った。
「レガトゥスにね、感情なんて無いんですよ。ムーンだって最近やっと偽物が植えられたぐらいだ。……それはあなたとリンクする、プリムス・ホログラムも変わらない。あなたの感情を使って怒っているように見せている。……全部真似事なんですよ。」
「今までの事も?」
「ええ。信号生命体が人を模倣するように、同じ技術を使われた僕らもまた、模倣する事しか出来ないんだ。」
そこまで説かれて尚——ミミは退かなかった。
「関係ないね!あたしは〝レガトゥス〟じゃなくて、園長のお前に言ってるんだよ!」
「……はぁ。」
「もう一度聞くよ。あんた本当に〝何も思わなかった〟の?」
——辺りに静寂が訪れた。少しばかりの間を空けて、サトウが「さぁ?」と微笑むので、ミミはサトウの頬を殴り飛ばす。この電子空間に置いて、もはや体格差などは関係なかった。サトウは殴られたまま身を預けると、眼鏡の位置を正す。ミミは平気で居続ける彼を見て、「これだから大人は嫌いなんだ」と、吐き捨てた。
「本音でぶつかってくれやしない。あたし達のこと、肝心な時に助けてくれない!」
「死刑囚が先祖ではね。」
もう一度サトウが殴られる。勢いのまま歯が一本飛び出して、それはデジタルダストになり——消えた。疑似痛覚がサトウの頬を痛ませるが、サトウが痛覚を切ることは無い。
「……それも、関係ないね。」 ミミが声を低くする。
「チビはチビだ。あたしが守るって、そう決めた大事なチビなんだ。あんたはそれを殺した。」
突き放すようにサトウを離すと、ミミは頭上に両腕を構えた。ホログラムが一つの杵を形成し、ミミの手元に握られる。同時に、[エリア84]のレプス機もその手の杵を振り上げていた。
……ミミは尋ねる。
「最期に聞かせてよ。あんたにとって
サトウは一度目を伏せてから答えを出した。それから、左指で頭上のモニターを指し示す。その手には古いリモコンが握られていた。
「自分が何を奪うかの再確認……ですかね。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます