⓻✧〖Lepus・legatus〗

 ————チン。


 ボタンを押して少し待てばエレベーターのベルが目的地への到着を知らせる。この塔には地下二階までしかないみたいだ。捜索の手間も省けるので、あたしは僥倖に恵まれた思いだった。


 鉄扉の向こうには赤い通路が広がっていて、その通路の突き当りまで駆け抜ければ自動ドアが立ちはだかる。一階で見た書斎のものよりも大きい作りのドアだった。多分、大人の背丈よりもずっと大きい。ガラス製じゃ無いから中の景色は見れないけど、何かあるのは確実だ。扉の横には小端末が壁に取り付けられていて、施錠機能を司っているのかモニター部分が赤く点灯していた。


「……もう!コレどうにかならないの!?」

 あたしはやけになって施錠端末を覗き込んだ。背伸びした爪先からふくらはぎが震えれば、端末は何かに反応してその色を変える。画面がブルーに点灯すると、辺りには機械音声が鳴り響いた。

『網膜認証CLEAR。……お帰りなさい、〈兎型ミミ・レプス使者レガトゥス〉。』


 ……〝お帰りなさい〟?


 どういう事かと思うよりも早く扉が開かれた。その重々しい音と共に、視界の先には格納庫のような空間が広がっていく。広大で一切の華美さを持たない室内は、いつか幼稚園でも見た『月華戦士アストラン』のワンシーンみたいだ。奥の方では巨大なスポットライトみたいなものが一人の機械を照らし出して、その姿をよく目立たせていた。


 その機械はロビーでみた黒いのや白いのとも違う印象を受ける。胴が短くて足の長い所は同じだけど、全体的に二機よりもがっしりとした雰囲気だ。あれらに比べれば、繊細さに欠けるデザイン……つまる所シンプルに見えた。


 塗装はライトグレーの月面色が施されていて、白いやつよりも少し暗い。大きさは三メートル程をしているけれど、頭上のパーツを含めたら五十センチは伸びそうだ。そのロボットの頭は、人でありながら兎にも似ていた。両手に握られた巨大な杵からは、その製作モチーフが伺える。……月で跳ねる兎だ。偶々似てる訳じゃ無いみたいだった。


 短く伸びた首は五角形の胸部と繋がっていて、両側にある肩の装甲は二機よりもよっぽど幅がある。この機体のがっしりとした雰囲気は、上半身と腰が大きいせいみたいだ。腕と胴はあれらと同じ細さなのに、幅広い腰は足の付け根辺りにある関節を大胆に覗かせてる。


 ドールみたいに覆われた厚い大腿部は膝で軽く絞られて、ふくらはぎに向けて大きめのカーブを描いた。そのまま、曲線はくるぶし辺りで収束する。脚はあんまり人っぽく無いみたいだ。つま先が存在せずに平らな線で終わっていた。


「……どういう事なの。」

 あたしは機械の足元にまで駆け寄ると、装甲の表面を指でなぞる。お帰りなさいなんて言われても、あたしはここに来たことがないのだ。だから何も安心しないし、意味の無い言葉でもある。


 ただ、関係があるとしたら……それはあたしの苗字。〝レガトゥス〟と言う単語だ。これはママが後天的に付けたものだって、オリオンが話してたんだっけ。


「レプス・レガトゥス……。」


 あたしは確かめるように苗字を呟く。自分の知らないところでこれに関わっているのは明白だ。……今からママに聞きに行く? ううん、そんな時間はもう残ってない。分からない事だらけでも、やりたい事ははっきりしてる。


 ……あたしはママに会うよりも、コイツでサトウを倒したい。

 塗装を撫でていた右手がぎゅっと握り拳を作った。


 あの時、サトウはどうやって機械の力を発揮したんだろう。あたしは脳裏に仇敵の姿を浮かべると、その男がネクタイに手をかけるのを見る。

 そうして、男はこう呟くのだ。テラ・レガトゥス————


「〈飛翔機シグナル・換装オン〉!!」


 瞬間、機械の瞳がアオく光る。重々しい起動音がしたかと思うと、ロボットはあたしに視線を向けて大きな背を屈めて来た。それから、握手みたいに右手を差し出しすもんだから、あたしはその人差し指を握り返してみる。


 すると——たちまち白い光が煌めいた。辺りを輝きが包み込んで、ロボットはサトウが姿を変えたみたいに全身をアオく染め上げる。ボディは光の粒子となって一度分解されると、粒子同士が星座のように線を紡いだ。あたしの手元には、新たな形が作られていく。——杵だ。通常サイズにまで圧縮された、月面色の凶器だった。


 さっきまでロボットの指を掴んでいた筈の右手には、杵の柄が握られている。指先に力を込めたところ、それは重力を思い出したかのようにがくんと床に向かっていった。……だけど、僅かに残った小さい光が床と距離を保たせて、杵をぶつけないでくれる。これならあたしでも運ぶことが出来そうだ。

 あたしは今、望みの武器を手に入れたのだった。武器はアナウンスして状況を伝えてくれる。


『レプス・レガトゥス、携帯モードに移行。』

『搭乗する際はシグナルを再度オンにしてご利用求。』

 ……なるほどね、随分と便利なヤツだ。


 あたしは杵を引き摺って運びながらエレベーターへ踵を返した。チビ共を潰した精算は必ずアイツらにさせてやる。謎も何もかも、全部その後で知れれば良い。

 滾った気持ちと共に鉄の箱へ乗り込めば、地上へ出るのはすぐだった。

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