【後編】輝く星の物語 /(全13話)

⓵・〖Age quod agis.〗

 午後九時二十五分、カグヤ社のビルの手前にテラ・レガトゥスの黒い機体が崩れ落ちる。悪魔の様な人型は既に右腕を失っていて、装甲の何処もかしこも傷ついている事から激しい交戦の様子が伺えた。そして、悪魔の手前に立つ白い天使こそ……機体〈ムーン・レガトゥス〉だ。


 その菱形の頭部フレームは、先程まで光輪を浮かばせていたのだが、遠隔パイロットからの接続を失ったことでそれも消え去っている。ムーンは一人になって以降、搭載された仮想自我で自身の体を動かしていた。


 光輪の無いムーンを未だ天使たらしめるのは、ボディのホワイトカラーと背に浮いた三日月型のエネルギーだけだ。ムーンがテラに長剣を突き付けると、上向きに反った三日月の下に羽が遅れて戻って来た。左右三枚ずつ追従する楕円形の機械こそ、この機体のサブウェポン〈カグヤ社製粒子砲:タイプE〉だ。所謂遠隔ビーム兵器に類するものである。最も、その最高出力でも月下の檻を打ち抜くことは出来ないのだが……。


 やがて悪魔の首に天使の長剣が振り下ろされると、頭部は一閃の後に芝生へ墜落した。天使は力を失った悪魔の胴体を蹴り飛ばし、ビルの入り口に帰投する。ムーン・レガトゥスの勝利だ。


 だが快勝とは言い難い。ムーンの塗装は所々剥げている他、煤けや深い傷跡などで辛勝を語っているのだ。おまけにカメラアイが捉える視野には、景色に浮いたホログラムUIの内右上にバッテリー残量の低下が示されていた。その為、ムーンは地下二階の格納庫を目指して戻って来たのだ。


 彼らのエネルギー源は星の光である。ムーンの覚えでは、格納庫にはスポットライト型星光照射機が二つ設置されていた。月面の衛星が受信した星の光を、当照射機に送って機体を照らすのだ。その光は、高圧縮すれば鉄をも貫く線にもなる。


 ムーンはビルへ入る前に一度地面を見やると、そこに男の亡骸を見た。頭の潰れた凄惨さに少しの間項垂れていたが……それも五秒程で切り替えると、ムーンは剣を引き摺りながらガラスの破片を踏みしめた。


 そして硬直する。


 かつて自動ドアだった破壊痕を潜り抜ければ、視線の先には女性の死体が転がっていた。大階段の前で仰向けになる女性は、細い腕が奇妙な曲がり方をしているにも関わらず、痛がる素振りを見せない。虚な目でムーンを見上げながら床に血溜まりを作り、死体は長い白髪と白の寝間着を汚していた。段上には血痕が残っている他、最上にある車椅子からは転落の様子が悟られる。


 あれこそがムーンの遠隔パイロット兼、搭載AI製作者の末路なのだ。

 それを理解した瞬間、ムーンの仮想自我は過負荷を引き起こした。上がる呼吸もしていない鉄の身体でフロアを駆け、ムーンはそこらに長剣を投げ捨てる。三メートルの機体から伝播する重量を受けて、死体は生きているかのように四肢を揺らした。だが、やはり死というものは覆らないものだ。亡骸はムーンが目の前に到着すると再び沈黙を始め、辺りを静寂が包み込む。その虚無の時間は、ムーンが男の死体を見た時よりも〝5.2秒〟程長かった。記憶メモリから呼び出される映像が男のものよりも多い為である。


 それは車椅子に乗った彼女の穏やかな微笑みだとか、連れて来た娘が落書きをしようと構えるのを制する姿だとか。極稀に来る夫に頬を染める横顔だとか……そんなものだ。

 AIを搭載されて二年間、ムーンは彼女を見つめていたのだ。例えその感情が模倣的なものだとしても、模倣しているからこそ、心情の整理に十秒はかかってしまう。苦悶するような長考の末、ムーンは死体の前に片膝を付いてその瞼を下ろさせた。


『悪いな、姐さん。……他はちゃんとするからよ、コレだけは許しちゃくれねぇか。』

 赤いカメラアイが緩やかに明滅し、胸部装甲左側にある内臓スピーカーから彼の声が漏れる。それは機械音声でありながら、少々柄の悪そうな青年の色をしていた。


 ムーンの右翼から一枚の羽根が飛び立っていく。肩装甲と同じ高さに浮かんだ楕円は、死体の頭に照準を合わせると細い光の筋を放った。光は死体の頭部を始め、その全てを灰に変えていく。艶のあるフロアが一つの灰の山を映し出せば、ムーンは立ち上がって階段を見た。

 あの先の奥に地下へと続くエレベーターがある。しかし、このまま乗り込めるような高さはしていないため、ムーンは形態を変える必要があった。


『〈換装解除シグナル-オフ〉。』


 眩い光が天使を包む。装甲は光の塊となって、紡がれた星座がバラけるように霧散した。

 空気に溶けていく煌きの中心には一人の青年が立っている。青年は一九〇センチ程の背丈に黒いスーツを着て、がっしりとした体格と白髪の一つ結びを目立たせていた。燃えるような赤い瞳をサングラスが隠し、彼のSPめいた雰囲気を助長する。

 青年は乱雑に伸ばした前髪を払うと、一度灰の山を眺め直してから階段へ向かった。

 黒い革靴がその一段目を踏み占める。



「お別れは済みましたか?」



 ——————背後から声がかけられると共に鈍い振動が空気を切り裂いた。髪の毛のように細く絞られた光線が、青年の額を振り向かせる暇もなく突き抜けていく。理解の遅れたまま膝を付けば青年の眼前には段差が迫っていた。咄嗟に両腕でその身を庇った所、実際に動いたのは左腕のみだ。青年は片腕で段を押し返すと自身の背後を振り向いた。赤い瞳は居る筈の無い物の姿を捉え、大きく見開かれる。


「テメェは……ッ!」


 彼の視線の先に立つのは——テラ・レガトゥス人型形態、〈サトウ〉だ。右手にデザートイーグル程の大きさと形状をした白いレーザーガンを構えて、ロビーの入り口付近で眼鏡の位置を正している。その銃の正式名称は〈カグヤ社製星光砲:タイプC〉。サトウは彼が武装を解き、人型機体になった後の薄い装甲を狙ったらしかった。


「運動野をやりました。直に動けなくなると思いますよ。」

 青年は彼を視認した途端向き直る。素早く行動したつもりだが、彼の言う事は真実らしい。青年は確かに段上で膝を立てるのが精いっぱいだった。それでも彼を睨みつけると、青年は自身のネクタイに手を伸ばす。


『────〈守護機ムーン・レガトゥス換装シグナル-オン〉!!!』


 荒々しくネクタイが解かれる瞬間、星の光がロビーを呑んだ。煌きは一秒もかからずに過ぎ去って、ムーン・レガトゥスの機体を出現させる。……だが、彼は既に動けなかった。片膝立ちで背を丸め、全身に赤い電流を走らせている。純白の装甲もテラとの戦闘で傷ついており、所々土埃で汚れた姿はまさに手負いの獣だ。故に、彼が動かせるものは自身の思考と……六枚のレーザー機のみ。


 ムーンの両翼から一斉に羽が飛び立った。羽達は高い天井にアーチを描いて光線を放つ。ムーンは、未だサトウの動ける理由を分からないままにやれる対応をするしかなかった。現に目の前に居るのだから他の事は後回しだ。一本の光がサトウの額を貫くと、サトウは姿をブレさせる。光線は彼をすり抜けてフロアの床を焦げさせた。


『ハッキングか!』

「ご明察。」


 サトウのホログラムは光と共に霧散するが、ロビーの中央にはまた新たな影が作りだされる。空っぽの拍手がムーンに向けて打たれるので、ムーンは仮想自我を熱くした。これ以上の追撃はバッテリーの無駄打ちだ。それは分かっている。だがサトウの足がムーンと灰の山へ踏み出したのを見ると、ムーンは再び影を霧散させた。


『この野郎、死んだフリをしてやがったな!?……いつからだ!いつから違ったッ!!』

 ホログラムが消えていく。絶えぬ消滅と増殖の中でサトウは言葉を紡いだ。

「オートモードになった時です。そちらの灰の山本人でなければ、多少〝マシ〟ですから。先に視野カメラだけ頂いて————全力は〝此方〟に回しました。」


 サトウの指が鳴らされると共にロビーフロアが赤く染まる。だが、それはビル内のみに留まらなかった。塔も、芝生も、[エリア95]一帯でさえもが真紅に塗り替えられていく。ムーンは仮想自我に焦りを滲ませると、目の前の光景が視野の映す幻であることを願った。


「ここで〝一番最後〟です。あなた方は失敗したんですよ。」

『法螺吹きが……!』

「真実です。」 声は告げる。

「大変でしたよ?ちっこい主人さんが300人も居て……。でもそこはほら、僕は園長ですから~?はは。」


 癪に障る空笑いから一刻も早く離れたい思いで、ムーンは自身のセキュリティシステムを再起動させた。暗闇に浮かぶ数字の羅列に意識を飛ばし、それらに一瞬で目を通す。果てしない文字列の内二一一行目に引っかかれば、ムーンは行を縛り付ける見慣れない鎖を右手で掴んで握り潰した。


 モニターの値が正常値に戻る。即座に機体へ意識を戻すも──景色は変わらず赤いままだ。唯一の変化と言えばサトウの干渉が無い所だろうか。故にムーンは、この光景が確かに現実であると悟る。


『クソッ!!』


 機械らしからぬ怒りを吐き捨てて、ムーンはカグヤ社の中枢システムにアクセスした。青年の人型ホログラム体を中心に暗闇が広がり、足元の青い光が点と線を伸ばしていく。プラネタリウムにも酷似した仮想空間が出来上がると、青年は目の前にある大型投影機に触れて星空を映し出した。


「催眠はどうなった!?お嬢の転移装置は————」


 ドームスクリーンに広がる無数の星粒はカグヤ社システムの一覧だ。南に下がるにつれてその重要度は増し、都市全域の管理までもを担う。その星々を一望すると、青年は赤いエラーランプを探した。……探さなければいけなかった。敵からのハッキングを受けているのは、ドームスクリーンの最北端だ。


「塔壁面色機能……〝のみ〟!?」


 気づいた途端、青年の右掌に激しい痛みが走り抜ける。これは自身に異常を知らせる〈疑似負傷シグナル〉だ。信号を受けて患部を見れば、そこには紫の逆五芒星が刻み込まれていた。……驚く暇は無い。印は直ぐに掻き消えて、痛みが全身を支配する。


『やっとここまで来れました。』 憎たらしい男の声が頭に響いた。


 青年は呻きながら膝を付くと、ドームスクリーンに右手を向けて持ち上げる。だがそれは彼の意志とは程遠い行為だった。潰した筈の鎖が掌から出現して、ホログラム体を侵食するように青年を縛る。青年のウイルス感染を示しているのだ。


『撤去お疲れ様でした★』

「クソ野郎が!!」


 罵声は見えない相手に投げられる。しかし、その煮え滾った怒りも長くは持たず、青年の腕が下降を始めると共にみるみる勢いを引かせていた。


「……嘘だろ、おい……おい!」

 青年の声が絶望に震える。右腕はドームスクリーン北端を示すと、南端に向かって下ろされた。システムは彼の動きに合わせてエラーランプを点灯し、星々は疎らに輝きだす。


「やめろッ!!」

 青年は意地で腕を掴み上げると、ドームスクリーン中央で星への侵食を静止させた。……だが、情報は既に流出している。

『ファイルゲット~。』 プラネタリウム内にサトウの声が残響した。


『大解放計画……催眠プログラム……、で?此方は解除パス。順調順調。』

 いくつものホログラムウィンドウが青年の眼前で開かれていく。自身の左腕に捕まれているにも関わらず、青年の右腕はゆっくりと下がっていった。塔どころか、月下の全てがサトウに掌握されていく。


「ふざけんな……ッ、止まれ、止まれって!!なぁ!!」

『嫌です。————一気に全権、貰いますね!』


 青年の叫びも虚しく右腕は大幅に下ろされた。満点の星は揃って真紅に染まり、黒いドームスクリーンの一面を煌びやかに飾り付ける。……ただ一つの星を除いて。


『あれは……』


 遥か南の端に向け、彗星が尾を引いた。赤い煌きから逃げるように駆ける、あの青い星の名は——



『〈システム:疑似ユグドラシル〉?』


 ムーンの左腕に力がこもる。


「お嬢の、寝室に、……触ンじゃねぇ——————!」


 瞬間、青年の右腕は怒声と共に砕け散った。光の粒となったホログラムが仮想空間に溶けていく。青年は残った左腕で胸を貫くと、ホログラムの心臓を握り潰した。中枢システムに対する自身の強制アクセス遮断だ。プラネタリウムは形を崩し、ムーン・レガトゥスの機体には彼の意識が戻ってきた。


『……クソが、……!』 全身を流れる電流にムーンがフロアを掻きむしる。

「追い出されてしまいました。」

 声の方向にカメラアイを向ければ、天井の穴の縁、二階からサトウが飛び降りた。サトウは軽やかに着地すると、肩の埃を軽く払って立ち上がる。ムーンの蹲る大階段に歩みを進めながら、乾いた空気には冷たい靴音が鳴り響いた。


「人類を眠らせて、安らかな最期を……ですか。全く、あなた方らしい真綿のようなやり口だ。」


 そう口角を上げた彼の瞳には安らかさなど微塵もない。細い瞼の隙間から冷酷な紫が覗いている。ムーンは迎撃しようと試みたが……地に落ちた六枚の羽根を見てそれを断念した。バッテリー切れが近いのだ。


『……起こすつもりか。』 一段と低い青年の声が機械らしからぬ情を秘める。

「勿論です。」 対して、爽やかな声は機械らしい虚しさを帯びていた。

 彼はムーンの目の前で足を止めると、空っぽの声で言葉を紡ぐ。


「一に仕事、二に理念。僕は仕事を全うします。」

『……それじゃあんまりだろうが!!』

 ムーンの声にノイズが走った。機体は一ミリも動けなくなっていたが、赤い十字のカメラアイだけはサトウを強く睨みつける。


「暴動が起きる、絶望してから人が死ぬ!眠ってた方が皆幸せで、地球だって守れンだよ!」

 その切実な叫びに対しても尚——サトウは意見を曲げなかった。

「鉄が情を抱くなよ。」

 ムーンが声を詰まらせる。


「例え模倣に過ぎないのだとしても、情を抱けばミスをします。現にあなたは動けない。」

「るせぇ!!テメェは……この月下を地獄に変えるつもりかッ!?」

 肯定は返らなかった。なぜなら————



「元々ここは地獄ですよ?」 サトウが平然と言い退ける。


「人造惑星A-MOON。ここは死刑囚と、その衝動を眠らせる子孫達が蔓延った牢獄だ。」

「——そして、僕は〝悪魔〟です。」


 その言葉を最後に、ムーン・レガトゥスのカメラアイが光を失う。

 サトウは巨体の傍を素通ると大階段の最上に立った。真紅に染まったロビーを視野に収め、サトウは自らの言葉を確かめるように繰り返す。


「一に仕事、二に理念。」

「〝心臓が止まるまでの在り方〟は、誰にも曲げられませんから」

 眼鏡の位置が正される。鮮血ような輝きを四角いレンズが反射した。


「〈コード:カリステー〉起動。」


その瞬間、月下は地獄を取り戻す————


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