第16話
チャイムの音で目が覚めた。
昼休みの到来を告げる鐘の音。椅子を引く音に囲まれ、雨乃は咄嗟に立ち上がった。寝ぼけ眼で礼をして、崩れるように机に突っ伏した。
「やぁやぁ雨乃。最近居眠り多いんじゃない? シノもそうだけど。少しはボクを見習ったらどうかな?」
弁当が入った巾着を持った秋子がやってきた。
暁の支部に行くようになってからは、深夜は寝る間を惜しんでハンターのサポートをしている。授業中にその皺寄せが来るのは必然である。シノはどうやって高い成績を維持しているのだろう。毎日どこかの時限で居眠りをしているというのに。
「雨乃にだってそういう時はあるわよ。あたしからしたら、あんたが居眠りしないほうがよっぽど奇異だと思うけどね」
シノが椅子を引いてやってきた。
「そいつは心外ってなもんだね。これでもボクは勉学に対しては妥協しないのだ」
そこが秋子の意外な一面だ。雨乃は鞄から弁当箱を取り出しながら思った。そのおちゃらけた性格から不真面目だと思われがちな秋子だが、なぜか勉強は勤勉にやっている。授業中は私語もなくノートをとっているし、教師との受け答えを聞いていると、どうやら予習復習は欠かしていないようだ。
実はこの三人の中で一番成績が悪いのは、自分であるという事実に、雨乃は恐縮せざるをえなかった。悪いと言っても平均以上ではあるのだが。
しかし〝
「二人とも、いつ勉強してるの?」
あわよくば参考にしようと尋ねてみる。
「ボクはねー。授業以外なら、寝る前にちょこっと」
「ちょこっと?」
「うむ。一時間くらい」
それをちょこっとと表現するのは雨乃の時間感覚ではありえないことである。
「あたしはバイトの合間に、暇つぶしにもなるしね」
バイトというのは〝
雨乃にとって、二人の勉強に対する姿勢が根本から違う。勉強は頑張るもの、という雨乃の認識とはまったくかけ離れている。これでは成績に差が出るのは当然だ。
ふと思った。シノ同様ハンターである透夜は、勉強の方はどうなのだろう。気になるが、ここで彼を話題にあげるのは不自然なような気がする。
「そういやさ、透夜君はどうなの?」
と思っていると、秋子がそれを聞くのはさも当然といった風に切り出した。
「あー……あいつはねー……」
シノが瞼を半分落として視線をずらした。シノにしては珍しく、言葉に詰まっているようだ。
「この前の中間テストの結果。今日から貼り出されるみたいだから、食べ終わったら行きましょうか」
シノのあまり気乗りしなさげな声。
雨乃と秋子は顔を見合わせる。一体どうしたというのだろう。
昼食を終えて成績発表を見に行くと、職員室前の掲示板に人だかりができていた。順位の確認に訪れた一年生達だ。掲示板には、大きく『成績上位者』の文字。
「あれ」
シノが白い人差し指を伸ばす。
「「あ」」
雨乃と秋子は同時に声を出した。
掲示板に書かれてある通り、貼り出されるのは成績上位者の名前だけだ。上位二十名までが、栄誉ある成績上位者の称号を手に入れることができる。
シノの指す先、一番上の名前、すなわち成績最上位者の欄に、黒天寺透夜の名前があった。
なんということだ。透夜も好成績を収めているかもしれないとはうすうす感じていたが、まさか学年トップの座にいるとは思いもしなかった。しかも、名前の右に記されている数字は。
「きゅー、ひゃくてん?」
秋子が呆気にとられている。
雨乃には、透夜の欄を凝視することしかできなかった。
「す、すごいね……」
シノはあからさまな溜息を吐いた。
「なんていうか、逆に頭悪いでしょ? ていうか、頭おかしいでしょ?」
「あはは……」
聞くと、周りからも驚愕の声が上がっている。九教科合計得点が九百点など、よもや自分の高校でお目にかかれるとは思っていなかった。
「ほほぉー。こりゃ、すさまじいね。かっこいいだけじゃなくて、頭も良いとは」
秋子がデザートの菓子パンをもぐもぐしながら言う。
「あいつのおかしいところは、勉強という勉強を一切していないってところ。ほんと、意味解んないわよ」
雨乃は同意する。芸術やスポーツに才能が求められるように、勉強も才能が必要なのだ。
「天才肌っていうのかな」
雨乃が抱いていた、何でもそつなくこなしそうというイメージは間違ってなかったようだ。
「こりゃますますものにしたくなってきたね」
「あっそ。せいぜい頑張りなさい」
シノがやれやれと、首を振った。
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