第14話

 とある平日。午後九時。〝暁の機関インターガーダー〟第四十八番支部。


 ホールの中央に鎮座する円形のテーブルを囲むのは透夜、シノ、そして雨乃の三人である。

 他のテーブルやカウンター席にも、ちらほらと人影が見える。雨乃達とそう変わらない年頃の少女や、白髪交じりの老年の男性。はては小学生にもなっていないような幼児など、統一感のない顔ぶれである。


 透夜は通常の無表情。シノは難しい顔で顎を押さえ。雨乃はグラスを両手で包み、ちびちびとジュースを飲んでいる。

 シノ達と共に戦うと決めてから、雨乃は頻繁にこの場所に訪れるようになっていた。もちろん一人ではないが、ここ数日は毎日訪れている。時間帯は決まって夜で、シノや透夜を含むハンター達に魔門ゲートの発現場所や魔族の位置情報を送っている。ここが本当に狩りの拠点として機能していることを、雨乃は身を以て知ることとなった。


 また雨乃が〝三千界の巫女インタートゥリニッテ〟であるということは、一部の人間にしか知らされていない。暁の上層部や、この支部を利用するハンターや構成員らのみである。

 誰かのグラスの氷が、カランと音を立てた。


「最近、魔門ゲートの発現が多くなってきてることについて、二人はどう思う?」


 シノは俯いたまま言う。

 このところ――正確には先月から――魔族の出現頻度が上昇しているのだという。

 ハンターにはそれぞれ担当する領域エリアがあり、基本的にはハンター自身の住居付近になる。透夜とシノはペアを組んで同じ領域エリアを担当している。


 魔門ゲートの発現頻度上昇は、二人の担う領域エリアとその周囲の領域エリアに生じているのだとか。

 しかし、どうと聞かれても雨乃には心当たりの欠片すらない。知識という知識もないので、雨乃は無言で透夜に横目を向ける。


「〝三千界の巫女インタートゥリニッテ〟の力の成長に伴う魔力の誘致現象、と見るべきだろうな」


「透夜もやっぱりそう思う?」


「というより、他に考えられる原因がない」


 雨乃は首を傾げる。自分のことを言われているような気がするが、いまいちピンとこない。


「おそらく、世界中の領域エリアにおける発現頻度は減少しているだろう。誤差の範囲、それこそ目に見えないような単位ではあるだろうが」


「このまま増えていくとなると、ちょっとまずいわね」


 腕を組んで唸るシノ。


「あの」


 そこで、雨乃は控えめに手を上げた。


「えと……話がよく見えないけど、つまり、どういうことなのかな?」


 問いを受けて、透夜が口を開く。


「〝三千界の巫女インタートゥリニッテ〟が持つ魔力は、魔族のそれとは性質が違う。詳細は割愛するが、双方の間には互いに引き寄せ合う力が生じる。普通なら無視されるような微小な力だが、魔門ゲートのようにごく小さな魔力しか帯びないものにならば、その微小な力も効果的に作用する」


「解りやすく言い換えるなら、ちょうど磁石のみたいなものね。小さな磁力では重い鉄は動かせなくても、軽いやつならひっついていくでしょ? そんな感じ。厳密に説明するには、魔力の概念を一から理解してもらわないといけないから、それはまた追々ね」


 シノがグラスを傾ける。

 雨乃は二人の言葉を反芻する。


「それってつまり、魔族の数が増えてるのは私のせいってこと?」


 透夜は答えない。

 その沈黙を肯定に受け取りかけ、雨乃は悄然と頭を垂れる。


「別に人間界に来る魔族の絶対数が増えてるわけじゃないんだから、雨乃のせいって言い方はよろしくないわよ。むしろ迅速に対応できるここら辺に来てくれた方が、被害の数は減らせる。雨乃のおかげでね」


「そう……なのかな……」


「そうよ」


 シノは厳然と言う。


「あなたがここにいるだけで、守れる人がいるんだから」


 その言葉に勇気づけられ、雨乃はグラスを握りしめる。


「うん……!」


 自然に顔が綻ぶ。シノの言葉は、いつも雨乃を助けてくれる。ここだけではない。学校でもそうだ。体育ではいつもヒーロー。テストの成績もいつも上位。そのくせ、高飛車なところは一切なく、友人のことを気にかけてくれる。

 美人で、かっこよくて、強くて、優しくて。


(敵わないな。シノちゃんには)


 少しだけ自嘲気味に、笑ってみた。

 カウンターから、シノを呼ぶ声が聞こえた。酔っぱらったような女性の声だ。


「ごめん、ちょっと行ってくるね」


 シノは席を立つと、カウンターで目を座らせている制服姿の少女の許へと向かった。酔っぱらいはどう見ても未成年だ。


 テーブルには雨乃と透夜が残された。

 雨乃は視線を彷徨わせる。透夜に対する恐怖は、ここ数日のうちにだいぶ解消されたが、いまだに苦手なことに変わりはない。無表情で内心を見せない彼にどうやって接していいのか解らず、雨乃は沈黙する。


 グラスに口をつけ、上目遣いでちらりと透夜を見やる。

 目が合った。

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