第3話 厨二少女とゆるかわゾンビ

「えーっと、ゾンビちゃん?」

「うーあ」

ゾンビ少女はあどけなく喘ぐ。

「かわいい!」

葉束はにまにまで近づいていって、ほっぺをもみくちゃにする。綺羅愛はちょっと引いた。少女は怪訝に口を曲げて葉束の手をどかす。そのままくれないの所まで歩いていった。

「ほら、挨拶しろ」

少女の頭を優しく撫でてそう言うと、少女は2人の方へ向き直ってたどたどしくお辞儀をした。

「うあうあうーあ、うあうあ!」

「笹宮ルーヤ、よろしく!」

紅が少女の舌足らずな言葉を翻訳する。

「透波葉束、よろしく〜!」

葉束は飛びついて抱きしめる。ルーヤは嫌そうに「うあ……」と呻いた。

「……生駒さんだったかな?僕は綺羅星綺羅愛」

「ああ。生駒紅」

ルーヤは見た目によらない怪力で葉束を投げ飛ばす。葉束は頭から着地してしまい目を回している。

「よし。ではこちらから説明しようじゃないか」

4人がいるのは宇宙船の一室だ。葉束達のものより少し新しくまた大人数のようで、ちょっとした宴会場くらいの広さをしたラウンジにホバーチェアなどの高級な設備が整っている。それを部屋の中央に寄せて。彼女たちは額を集めていた。

「まず私たちが何者かは知っているか?」

「黎春女学院の修学旅行生、だよね」

「話が早くて助かる。それでは次に———」

「待ってどういうこと?」

割って入ったのは葉束だ。

「………私たちは、もともと修学旅行でこの星に来たんだ。ここがまだゾンビ星と呼ばれる前の話だ。昔はある特別な資源の研究でとても栄えていた年もあったのだが……旅行中のちょっとした事故がきっかけでゾンビウイルスが広まり、こんな惨事に至るわけだ」

「あぁ、そういえばそんなニュース覚えてるよ。2、3年前だったっけ?」

「3年前だ」

「3年もこんな所に!」

「おかげで背が全く伸びん!わずかだが地球より重力が強いのでな!」

「あんたちっちゃいよね。何歳?」

「昨日で二十歳だな」

「「嘘でしょ!?」」

葉束はもちろん推測が付いていたはずの綺羅愛まで思わず叫んでしまう。それは当然で、生駒はもはや小学生と見分けがつかないような外見で、葉束の胸の高さ程度しか身長がないのだ。

「ええいバカにするんじゃない……!私はものすごーく気にしているのだぞ!」

「身長よりもさ……」

ぷぷぷ……と笑いを堪えながら綺羅愛が口を開く。

「喋り方とか……登場する時のセリフとかさ……二十歳であんなんやってるんだ……ww」

「なになにww」 

「『ヒーローの助けが必要のようだな!』『生駒紅……見っ参っ…!』あとは『クラスターインフェルノ』なんて技とかっw」

「クソウケるんだけどこいつ!何歳?お前っw何歳?」

「き・さ・ま・ら……」

気づけば、紅の顔は真っ赤、まさに紅に染まっていた。今にも泣き出しそうな目を、お酒が飲める年齢の女性は必死に堪えていた。

「あれ、泣きそう?」

葉束の一言で、紅の何かがぷつんと切れた。

「貴様ら何か知るか!!!!ゾンビに喰われて死んじまえ!!ばーかばーか!!!!」

ついに決壊してしまった涙を溢れさせて、どこかへ行ってしまう。

「あららららw」

「あいつメンタルよえー!」

けらけら笑う二人の方へ、床の汚れを数えて遊んでいたゾンビ少女・ルーヤがやってきた。

「うーあうあうあ」

「何々…?『アタシの友達をいじめないで』ごめんごめん、つい面白くてさー」

「透波さん、その子の言葉わかるの?」

「あったりまえよ、ルーヤと私はラブラブだもん」

「うあうあ!」

「ルーヤちゃんもそうだって言ってる!」

全力で否定しようと首をぶんぶん振っているのだが、葉束はその意味を汲み取っってはくれなかった。

「絶対違うと思う」

完全に調子に乗った葉束は満面の笑みで頬擦りなんてしているのだが、ルーヤは既に諦めているようだ。

「うーあ」口の端を歪ませながら、何か話したそうに呻いた。

「なぁーにぃ私の可愛い可愛いルーヤちゃーん」

「うーあうーあうーあ」

「『まだあなた達が助かっていることへの説明がまだだったね』?そういえばそうだ」

「確か僕は君に噛まれたはずだけど……君はゾンビじゃないのかい?」

「うーあ」

首を振って否定を示したあと、ルーヤは葉束の助けを借りつつ語り出した。


ルーヤが言うには、彼女はウイルス耐性の能力を持っていたのだが、ゾンビウイルスの強力な毒素を完全には中和できずこのように変色したつぎはぎの皮膚になったしてしまったそうだ。しかし、中和しきらなかったことにより体内にウイルスへの抗体を持つことに成功し、それはウイルスの感染経路と同じ傷口への体液混入で他人に渡すことができる。この抗体を葉束や綺羅愛に移したそうだ。そして意識を無くした二人を、この船に連れてきて休ませてあげていたらしい。


「噛み付いたのはそう言うわけってことか。改めて礼を言うよ、ルーヤちゃん」

「ありがとね〜♡」

ルーヤをぎゅーっと抱きしめて頭を撫で回す葉束。ルーヤはついに怒ってしまったようだ。腕の中からするりと抜けて、気付いた時には葉束の頭を鷲掴みにしている。そのまま口を大きく開いて、ギザギザで鋭い歯でがぶりと噛み付く!

「いっっだあああ!!」

大泣きだ。ピューピュー血を吹き散らして情けなく喚く。頭を抱えてのたうち回る葉束に、追い討ちキックが炸裂する。葉束は動かなくなった。

「や、やりすぎじゃない!?」

綺羅愛は動揺するが、ルーヤは満足気だ。「うあ!」と元気にうめく。

「うあうあうあ」

「……?」

ルーヤは話を再開させようとしているようだが、綺羅愛は当然意図を掴みかねる。

「うあうあああ」

「………??」

「うあうああ!」

「…………???」

「うあうあ!!」

「……………???」

「はぁ〜〜〜………」

「今ため息ついたかい!?」

抗議するような目でじっと睨んだ後、離れた机からメモ帳とペンを持ってきた。あどけなくぼんやりとした印象とは裏腹に、ルーヤは非常にすらすらと文字を書き記す。一枚ちぎって「うあ」と見せてきた。

『しょうがないから筆談してあげます』

「最初からやりなよ」

『だってめんどくさいじゃないですか〜〜』

「ええ……」

『なーんでアタシがわざわざ手間をかけなきゃいけないんですか?』

全く予想外の返答に対し、綺羅愛は呆気にとられている。

『彼女は優秀な通訳者でしたが残念です。もう少し態度に慎みがあればこんな面倒なことをしなくてよかったですね』

「君なんか想像と違くないかい?」

『想像という名の勝手な期待でしょう?どうでもいいじゃないですか』

「………まあいいか。それで?さっきは何を?」

『あなた達の身の上について聞いていませんでした』

「確かにね。別に隠すことは一切ない。全部説明するよ」


綺羅愛は自分達がゾンビ星に至るまでのいきさつを全て話した。また宇宙船が壊れていることも話し、ここから出る方法を探していることも話した。


「この宇宙船は使えないんだよね?燃料切れ?」

『確認するまでもないと思いますが?使えるならこんな臭い星すぐに出ていますよ?」

「………その嫌味ったらしい言い方は何とかならないのかなあ」

『ごめんなさい、アタシペンを持つと筆が滑りすぎてついつい思ったことが全部出てしまうんです』

「あっそ、なるべく気をつけてよね」

『船のことですが、この船は避難するために発射場から持ち出して都市から離れた所に停めているのですが、その過程で無理な運転をしてしまい亜空間転送用の燃料を積んだタンクを壊してるんです』

「なるほどね、でもその発射場にいけば他の船があるんだろう?」

『はい。壊れている可能性はありますがそれでも数十の船があるのでどれか一つは使えるかと』

「じゃあ、そこまでいって取りに行けばいいんじゃない?」

『さっきから馬鹿なんですか?そう簡単に行けばこんな所に三年もいません』

「こっちもある程度分かってるけど詳細に聞きたいから質問してるんだよ悪かったね」

綺羅愛とルーヤの間に何度目かのピリッとした空気が漂うが、ルーヤは一切意に介さずメモ帳に己の言葉を書き記すのに集中している。

『発射場があるのは都心部です。こことは比べ物にならないほどのゾンビの量です。この星は定住者だけで400万人、三年間でそのほぼ全てがウイルスに感染しているからです。このウイルスは十分な時間をかけて空気中から体内に蓄積すれば本来の傷口からの感染を経ずとも感染してしまいますから。さらに、能力者がゾンビ化した場合本能のみで高いレベルで能力を扱うことができます。これらの理由からアタシ達は都心に行くべきではないと判断しました』

メモをじっと読みこんだ綺羅愛は、ある違和感を覚えた。

「おかしいな、その程度なら『生駒紅』が負けるはずないと思うんだけど」

ルーヤは黙り込む。

「聞き覚えがあるとおもっていてね、さっき思い出したよ。彼女はかつて祭礼院楓がもてはやされる前日本で二番目に強いとされていた能力者だ。僕もあの時間近で能力を見て、ほとんど神の力だと思ったよ。なぜあれだけの力を持っていて数が多い程度のゾンビを恐れるんだい?」

ルーヤは神妙な面持ちでペンに手をつけずにいたが、やがて短くこう記した。

『都心にはジョン・ハルトマンがいます』

「ジョン・ハルトマン?」

『正体を誰も知らない天才科学者。どこからかゾンビウイルスを持ち込んだこの星の惨事の元凶です』



『あっつーく燃えさかーる!俺たちーのー……』

音楽は途中で止まった。理由は簡単、着メロだったからだ。狭い部屋で一人佇む生駒紅は舌打ちをしながら電話を取り、一言「何の用だ」と問う。

『宇宙船が来たな』

「そうなのか」

『そうは言うがお前、知ってただろ?』

「だったら」

『会わせろ』

「やつらとは接触していない」

『嘘ばっかりつきやがって。衛星で全部見えてるぜ』

「………気持ち悪い男め」

『まあいい、あいつらはいずれ会いに来る。お前も来い、楽しみにしとくぜ』

いうだけ言って一方的に電話は切られた。紅は、スマートフォンにピシリとヒビを入れて、彼の名前を呟いた。

「ジョン・ハルトマン………!」


いろいろあって深夜だ。だが空は明るい。この星の太陽は、交代制の24時間営業なのだ。ラウンジに机を並べて、少女達は夜ご飯の時間を迎える。それは山盛りのカレーだった。出来立てで、美味しそうな香りを湯気に乗せて漂わせている。

「「いただきまーす」」

「うあうあ」

「………」

美味しそうに頬張る三人。むすっとした顔で手をつけずにいるのが一人、生駒紅だ。綺羅愛が問い詰める。

「紅ちゃんまだ怒ってる?」

「と・う・ぜ・ん・だ」

「めんどくさいなこいつ」

「あやまれ」

「「えー………」」

「うあうあ!!」

二人がずいぶん気だるげにいうので、ルーヤは怒って叱りつける。

「ごめんって……ルーヤが言うなら謝るからさ」

「「ごめんなさ〜い」」

「誠意が無い!」

「あっそういえばルーヤと紅くんに話しておくことがあった」

「おい!」

「綺羅愛と話し合って決めたことなんだけど」

「無視かこいつは!」

「あのさ、あたし達、」


「その、ジョンハルトマンとか言うやつ明日にでもぶっ飛ばしに行こうかなって」










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