第34話
枯れ草に覆われた小道を抜けると、木々の隙間から空が広がった。
そこは、都市の残骸に飲まれた静寂な空間。もとは公園だっただろう場所の中心部。舗装された地面は至る所でひび割れており、かつての遊具は崩れ、池の周辺には自然に侵食された構造物の残骸が転がっている。木々が自由に伸び、廃墟と自然が混じり合ったこの場所には、独特の静けさがあった。
「……ここか。見た目はのどかだけど、空気はピリついてんな」
俺は池の縁に近づきながら、周囲を警戒する。濁った水面は何の動きもなく静まり返っている。だが、この静けさこそが異常だった。
ふと、木陰からアイラの足音が止まる。
「ナオ君、ここで待機するね。後ろにいるから」
「ああ、了解。絶対に守って見せる」
振り返らずにそう言うと、アイラは小さく「うん」とだけ答えた。その声に、どこか緊張の色が滲んでいた。
直後、池の中央。そこに、わずかに泡が浮かぶ。
そして──ぶくり、と。
濁った水面が不自然に盛り上がると同時に、“それ”が姿を現した。
水面を割って浮かび上がったのは、まるで異形のサイ。分厚い装甲が重ねられた頭部からは、ねじれた角が湾曲し、仰角のまま天を突いている。
背中には岩のような突起がいくつも並び、重機のような四肢が地を踏みしめた。体長は五メートルほど、肩高は三メートル近い。ぬらり、と上がった胴体は、まるで城塞のような甲殻で覆われており、どす黒く鈍く光る星肌が陽光を跳ね返す。
甲殻型セリオン──《フォルティラス》
ただそこに現れただけで、空気が一変する。重圧に押し潰されるような、圧倒的な存在感。全身の筋肉が瞬時に戦闘態勢へと移行する。
「でけぇな……想像以上だ」
だが、恐れるわけにはいかない。こいつを倒さなきゃ、昇格はねぇ。それに、アイラが後ろにいる。命を預かってる以上、俺は絶対に負けられない。
「……行くぜ」
足元を蹴り、俺は一気に距離を詰めた。着地と同時に、振り抜く拳。狙いは正面装甲の継ぎ目。だが──
「っ、硬ッ……!」
拳がめり込む感覚はない。まるで、鋼鉄の壁を殴ったような感触。衝撃を吸収され、皮膚の下に痺れが走る。すぐさま離脱する。が、フォルティラスは巨体に似合わぬ速度で体をひねり、尾のような尻尾を振り回してきた。
「──ッ!」
寸前で体を伏せる。風を裂く轟音とともに、地面が抉れ、土埃が舞う。
続けざまに巨体が突進してくる。まっすぐ、一直線に。その脚力で踏み込まれたら、回避が一瞬遅れただけで潰されるだろう。
右へ跳ぶ。脚の下を滑るように抜け、背後を取る。今度は側面からの一撃。肋のあたりを狙って、拳に重心を込める。
「──らぁッ!」
叩きつけるような拳が、かすかにヒビを刻んだ。だが、それだけだ。 フォルティラスの装甲は、通常のセリオンとは明らかに違う。分厚く、そして硬い。
再度前脚が迫る。地面が沈み込むほどの重圧に、俺はバク宙で回避した。
息が荒い。まだ初動だってのに、こいつ……本当に一筋縄じゃいかねぇ。
「……なるほど。こりゃあ、力任せじゃどうにもなんねぇか」
真正面からの打撃は通じない。となれば──俺がやるべきは、崩すことだ。
巨体を利用しきれないように立ち回り、継ぎ目や死角を突く。何十発でも、何百発でも、ぶち込んでやる。崩せばいい。倒せばいい。それが、俺のやり方だ。
「お前を倒して、俺は進む。どんな相手でも、護るもんは護り通してみせる!」
そう吼えながら、再びフォルティラスに向かって跳びかかった。何度目かの拳を打ち込んだとき、再び甲殻の硬さが拳をはじいた。
だが、ただ弾かれるばかりじゃなかった。鈍い感触の中に、わずかな凹みが残るのを感じた。
……効いてねぇわけじゃねぇ。
確かに、重装甲だ。普通のセリオンなら一撃で沈むような拳でも、フォルティラスには浅い傷ひとつだ。それでも、確実に積み重ねになってる。このまま何百発でも叩き込んで、殻ごと砕いてやる。
フォルティラスが低く咆哮を上げ、四脚を踏み鳴らした。次の瞬間、巨体が沈み──駆ける。
「──ッ!」
咄嗟に地を蹴って飛び退く。バカでかい影が建物の残骸に激突した瞬間、土煙が爆風のように巻き上がった。
重さだけで殺しに来る。動きは鈍重だが、突進は致命的。喰らったらひとたまりもねぇ。距離を取る。池の縁をぐるりと囲む舗装路を利用して、相手の背後に回り込む。巨体がこちらを振り向く。
背中側、甲殻の継ぎ目。胴体と後脚の接合部。さっきの突進であの辺の装甲が甘いのを見た。
今度こそ、そこをぶち抜く。
拳に力を込め、再び跳躍。飛び込み様に狙いを定め──
「ッらぁああ!!」
全体重と勢いを乗せた拳が、フォルティラスの腰部装甲に叩き込まれる。
──バキィンッ!!
乾いた破砕音と共に、砕けた甲殻の破片が飛び散る。フォルティラスが苦しげに呻き、巨体を震わせた。
「へっ……やっぱここが甘ぇんじゃねぇか」
だが、敵もすぐさま反撃に出た。
背後から振り上げられた後脚が、こちらを薙ぐように迫る。ギリギリで腹を掠めた衝撃に、肺が絞られた。そのまま地面に転がり、反動を殺しつつ距離を取る。
「くそっ……攻め切れねえな……」
だが、何度も攻めるしかない。
正面から力勝負したって通じない。俺の拳は、まだこいつの全身を砕けるほどじゃない。だからこそ、当て所と回数で削っていくしかないんだ。
「……へへっ、いいじゃねぇか。その方がやりがいがあるってもんだ」
口元が勝手に笑った。全身が昂ってきているのを感じる。
ひとつ、わかってきた。
フォルティラスの動きには、予備動作がある。突進も、振り払いも、踏み込みの瞬間に必ず重心が沈む。それを見逃さなければ、次の動きが読める。
そいつに合わせて、あえて踏み込む。そうしてあいつの間合いに入る瞬間に俺が一手早く動けば、あいつの死角に回れる。
あとは、そこに拳をぶち込むだけだ。
「──っしゃ、やるか」
呼吸を整える。拳を握る。
後ろでは、アイラがじっと見守ってくれている。あの信頼が、背中を支えてくれていた。
アイラを護るために、俺はここで負けるわけにはいかねぇ。
息を吸う。踏み込む。
全力の、三度目の突撃だ──!
地を蹴る。狙いは先ほど砕いた接合部のさらに奥。フォルティラスが振り向く前に、膝の外装をもう一発。動きを鈍らせて、追撃を叩き込む。
連撃。さらに回り込んで胴体の下をすくうように拳を突き上げる。
ズン、と手応えが走る。
フォルティラスが悲鳴のような声を上げ、ぐらりと巨体を傾けた。
「……見えたぜ。お前の急所は、そのでかさと、重さと、その──鈍さだよ」
その瞬間、わずかに勝機が見えた気がした。フォルティラスの脚が、ぐらついている。動きが鈍くなってる。
もう一押し──あと数発、決定打を入れられれば……!
直後、フォルティラスが盛大な咆哮をあげた。甲殻が逆立ち、全身の重心を低く落とす。
全力の突進体勢──!
「っ、くそ!」
その質量ごとぶつかってくる殺意に、俺は思わず跳び退いた。フォルティラスが、最後の力を振り絞るように暴れだす。
だが、もう逃げるだけじゃ終われねぇ。
こいつの装甲を──その巨体を崩すヒントは、確かに俺の拳の中にある。
……あと一歩。
この流れを、絶対に掴んでみせる──!
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