第30話
「よし、じゃあ模擬戦開始前に確認な」
軽く肩を回しながら、ソーマが周囲に視線を送った。
「今回の模擬戦、ルールは単純だ。最後まで戦える者が残ってたチームの勝ち。ただし、ステラビリティはパッシブ系のみ、アクティブ系の能力は禁止だ」
「おっけー、了解」
俺が静かに頷くと、セレンも続くように頷いた。
「えーっ、面白くない〜。けどまあ、いいけどさ。ナオっちの実力、しっかり見せてもらうからね」
「……問題ない」
リアスは騒がしく、トーマスは低く呟き、どちらもゆっくりと一歩前に出た。
そのまま四人が横一列に並び立つ。
まず左端には、ローガン。短く刈り込んだ黒髪に、巨躯を覆う鍛え抜かれた筋肉。大地に根を張るような足取りと、背中に担がれた特大の木槌が、無言の威圧感を放っている。
隣には、リアス。 ウェーブがかった金髪が揺れ、赤い瞳が妖艶に光る。星銃を腰に携えながらも、不敵な笑みでこちらを見つめる。服装もラフでありながら妙に色っぽく、その存在感は明らかに異質だった。
その隣はトーマス。 黒髪が顔にかかるほど前に垂れ、両目を隠すようにして立っている。気配は薄く、まるでそこにいないかのような佇まい。だが、身を沈めた構えには確かな間合いと研ぎ澄まされた精度が宿っていた。
最後にリアスの少し前、中央先頭に立つソーマ。茶髪をかき上げながら、槍を軽く回してみせるその姿は、陽気で軽薄な三枚目そのものだがその実力は本物だ。
「……並ばれると、地味にプレッシャーあるわね」
セレンが小さく呟く。
「だな。まとまり方が尋常じゃねぇ」
《アイゼンリッター》——個の実力も申し分ねぇが、こうして並ばれるとパーティーとしての完成度を強く感じる。
それに対する、俺とセレンは——
「ナオ」
「おう、任せろ」
まだ連携の経験は少ねぇ。だが、それでも隣に立つ彼女となら、いける気がした。俺たちは、二人きりの小隊だ。人数じゃねぇ。信頼と直感。それだけあれば、十分だ。
「よし、準備が整ったな。……始め!」
静かに、しかし確かに響くローガンの声とともに、模擬戦が開始された。
その瞬間、真っ先に飛び込んできたのはソーマだった。
「行くぜ、ナオ! 一発、もらってくぞ!」
ふざけた口調とは裏腹に、ソーマの突撃は迷いがなく、まっすぐに俺へ向かってくる。槍を下段から振り上げるように構え、そのまま勢いに乗って一気に間合いを詰める。
「左は任せて!」
セレンの声が飛ぶ。見れば、左からローガンが迫っている。さらに、後方のリアスが星銃を構えているのが見えた。
「っと、狙撃まで来んのかよ……!」
リアスの引き金が引かれる。
「ナオっち、そーれっ!」
数発の光弾が一直線にこちらを射抜くように飛来する。
「くそっ!」
俺は地面を蹴って回避。弾丸が通り過ぎた後、視界にソーマの姿が迫る。
「もらったぁ!」
槍が唸りを上げて突き出されるが——
「甘ぇな!」
俺も反撃の構えで拳を突き出す。
だが、ソーマはそれを正面から受けた。槍の柄で拳を受け止め、その勢いを流しながら後ろへ一歩退く。
「おいおい、相変わらずパワーがえげつねぇな!」
「今の出沈んでくれれば楽だったんだがな……ッ!」
「そんな簡単に終わらせるかよ!」
ソーマが間合いを保ったまま構え直すと、後方からまたしてもリアスの弾丸が飛んできた。
「マジでタイミング合わせてきやがるな……!」
その瞬間、背後に気配——
「……ッ!」
振り返らずに勘で避ける。何かが紙一重で首筋を掠めた感覚。いつのまにか、トーマスが俺の背後に迫っていたようだ。足音も気配も一切感じなかったってのに……これはかなり厄介だな。俺は距離を取りつつも、全体に視線を向ける。咄嗟にセレンへと視線を送った。
「セレン、そっちは任せたぜ!」
「了解」
間髪入れず返ってきたその声に応じて、俺はトーマスの気配を探る。踏み込みと同時に、拳を振り抜くが──
「……消えた!?」
いたはずの気配が掻き消えている。次の瞬間、セレンが鋭く叫んだ。
「右下!」
その声に反応するより早く、俺は反射的に右足を蹴り上げる。空を裂いた蹴りが何かを掠り、空気が微かに波打つ。
「……っ!」
ほんの一瞬、トーマスの姿が揺らいだ。今だ──
瞬時に踏み込み、拳を一閃。今度は完璧にトーマスの動きを捉える。
鈍い音がして、トーマスの身体が地面に転がった。
「……さすが」
倒れ込みながらも、トーマスは小さく呟き、そのまま動かなくなる。
「あと三人」
そう言いながら、俺は前方へと視線を戻す。正面にはソーマ、左側ではセレンとローガンがやり合っている。そして、遠方ではリアスが再び星銃を構え──
「ナオっち、いっくよ〜!」
引き金と共に、再び非殺傷弾が放たれた。
だが今度は、俺だけじゃない。セレンがすでに動いていた。
ローガンの木槌を払い落とし、体勢を崩させた直後、セレンは風のような軌道でリアスへと一直線に駆ける。気づいたリアスが放つ光弾を紙一重で避けながら、絶妙なステップで距離を詰めていく。
「ちょ、ちょっと!? わたし狙い!? ちょっと待って待って!」
「おしゃべりしてる暇なんて──ないでしょ?」
セレンの木刀が、リアスの星銃をはたき落とす。軽快な音と共に、リアスの身体がバランスを崩し──
「くぅぅ……セレン、あとで覚えてなさい!」
「……リアスも脱落、か」
その冷静な報告が聞こえた瞬間、俺は正面にいるソーマへと意識を集中させた。
「先に直臣を3人がかりで潰せばなんとかなると思ったが、そう甘くはなかったみたいだな」
「当たり前だろ」
「だな、悪かった……だが――こっからが本番だぜ?」
ソーマがにやりと笑いながら槍を構える。
その左側では、ローガンが静かに呼吸を整え、巨躯をゆっくりと動かし始める。
二人の動きが、ぴたりと一致していた。
「セレン、こっからは……」
「わかってる。2人でやるわよ」
「おう」
二人で同時に駆けた。
セレンはソーマの槍の間合いへ真っ向から飛び込み、俺はローガンの木槌を迎え撃つ形で距離を詰めていく。
衝突の瞬間、地面が鳴った。
ローガンの木槌が唸りを上げて振るわれる。
「でりゃああああッ!」
「うおおおッ!」
俺は咆哮と共に拳を振り上げる。その拳が木槌とぶつかり、火花のような衝撃が走る。
ローガンの一撃は凄まじい。まるで岩山が動いてぶつかってきたような衝撃だ。
「はっ……あんたも大概だなッ!」
俺は踏ん張りながら、無理やり木槌の軌道を押し戻す。隙を作ったその瞬間、右ストレートを突き出す──
「ッ──!」
拳が、ローガンの持つ木槌の柄に受け止められる。
そのまま押し込もうかとも思ったが、まったく動かねえ。ローガンはその巨体を保ったまま、ぐっと踏み止まっていた。
「……強いな、直臣」
「お互いにな!」
再び距離を取ろうと後退する。そこに、セレンの声が飛ぶ。
「今!」
俺の背後で、ソーマと打ち合っていたセレンが木刀の柄でソーマの槍を押し上げた。
「っち、やるな!」
バランスを崩したソーマへ、俺が即座に踏み込み、蹴りを叩き込む。
「まだまだッ!」
それを咄嗟に槍で受け止めたソーマだったが、その反動で身体が宙に浮く。
「沈んでろッ!」
「……ぐっ……!」
宙で無防備なソーマへ、全力の拳を打ちつける。ものすごい勢いで地面を転がったソーマは、遠くで悔しそうに息を吐いた。
「……あとはお前だけだな、ローガン!」
最後の一人。だが、最強の壁。
セレンと並び立ち、俺は再び拳を握った。
「……二人まとめてか。上等だ」
ローガンの木槌が、地面を抉るように振り上げられる。
「ナオ、行くわよ!」
「ラスト一本──ぶっ潰す!」」
二人同時に跳び込んだ。木槌が唸り、セレンの一撃が鋭く振るわれる。
だが、それらを交わして俺の拳が、ついに──
「ぐはッ……!」
正面から突き上げた拳が、まるで大砲のような衝撃と共に、ローガンの顎を撃ち抜く。一瞬、重力すら忘れたかのように浮かび──そして地鳴りのように、ローガンの巨体が地へ叩きつけられた。
静寂。
やがて、ローガンが大の字になったまま、苦笑する。
「負けた……完敗だ」
その言葉を聞いた瞬間、俺は肩の力を抜いて大きく息を吐いた。
「……ははっ、勝ったぜ!」
セレンも微笑みながら、俺の肩をぽんと叩く。
「やるじゃない。今の一撃、完璧だったわね」
「そっちもな……マジで最高だったぜ」
二人、拳を軽く合わせる。
そして──模擬戦は幕を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。