第31話

模擬戦が終わり、アストラアリーナに静けさが戻る。倒れ込んだローガンの脇で、ソーマが起き上がりながら苦笑いを浮かべた。


「ははっ……マジで完敗だわ。ナオ、お前やっぱすげぇな!」

「いやいや、こっちもギリギリだったって。連携のとれた相手ってのはマジで厄介だな」


 俺も息を整えながら肩を回していると、背後からふわりと甘い香りがした。


「ナオっち〜♡」


 直後、背中に感じる柔らかい感触。視線だけ振り返れば、満面の笑みを浮かべたリアスが、これでもかと密着していた。


「いや〜、ホントいい試合だったぁ。もう、惚れ直しちゃうじゃん?」

「……は? ちょ」

「ねぇナオっち、今日このあと空いてる? ちょっと二人きりでご飯でもどうかな〜って♡」

「いや、俺は……」


 戸惑う俺の横で、セレンがすぅっと冷たい視線をリアスに向ける。無言。だが、確実に圧がある。


 ……ちょっと寒気がした。


 リアスもそれを感じたのか、ぴたりと動きを止め、笑顔をキープしたままゆっくりとセレンを見返した。


「んー? セレン……なにかご不満?」

「……残念ながら、ナオの今晩の時間はアタシのものよ」

「ふーん、でも少しくらい分けてくれたっていいんじゃない?」

「それを決めるのはナオよ。仮にアタシが決めれるとしても、アンタにだけは渡さないわ」

「……へぇ……なら私も本気出しちゃおうかな?」

「あら、やれるものならやってみなさい?」

「——そこまでだ」


 空気がピリつく中、唐突に大きな腕がリアスの肩を引っ掴んだ。


「リアス。もう十分ちょっかいかけたろ。そろそろ行くぞ」

「ちょ、ちょっとローガン!? まだ私、ナオっちと──!」

「まだももうもない。ほら、行くぞ」


 豪快にリアスの首根っこを掴み上げ、そのままズルズルと引きずっていくローガン。その姿に、俺も思わず苦笑する。


「じゃあな、直臣。また機会があればよろしく頼む」

「うぅ……っ、またね〜、ナオっちぃ〜! 今度はふたりきりでね〜〜っ♡」


 手を振りながら叫ぶリアス。……あのテンションのまま帰っていくの、逆にすげぇな。

 ソーマが笑いながら肩を叩いてきた。


「いやぁ、マジで面白かったわ。ナオ、セレンちゃん、ありがとな。またいつか、リベンジさせてくれよ?」

「もちろん。次は全力でやり合おうぜ」


 そう返すと、ソーマはにやりと口角を上げ、手を振ってローガンたちの後を追っていく。


 アストラアリーナの空気が、ふたたび静かになった。足音も、気配も、さっきまでの熱気すら消えて、まるで一幕終えた舞台のように、場が落ち着きを取り戻していく。


「……騒がしい連中だったな」


 ぽつりと、俺が言うと。


「ええ。特に、ひとりね」


 セレンがすっと横に並び、肩を寄せてくる。穏やかな表情だけど、その目の奥にはまだわずかに残る警戒の色があった。


「リアスのこと、気にしてんのか?」

「気にするなって言われても、あそこまでベタベタされたら嫌でも気になるでしょ」

「いや、まあ、そりゃあ……」


 さっきのは完全に体当たりだったしな。あの柔らかい感触は、未だに肩に残ってる。

 でも。


「……俺にはセレンがいるからな」


 その言葉に、セレンがわずかに目を丸くして、ふっと微笑んだ。


「じゃあ、リアスには絶対に手を出さない?」

「……絶対とは言えねえなぁ」


 わざとふざけて言うと、セレンの眉がぴくりと動く。


「……はあ、ナオってほんと……」


 そのまま視線を逸らし、ため息をひとつ。けど——


「……今晩は覚悟しといてね?」


 その声色は、少しだけ怖く、だがそれ以上の甘さを感じるものだった。 

 

 ***

 

夜の帳が降りて、喧騒のあとの静けさがゆっくりと肌に染み込んでくる。


セレンとたっぷり汗を流したあと、風呂に入り、今は同じベッドの上。セレンの髪が湿っていて、風呂上がりの匂いがほんのりと香る。


 俺は仰向けで寝転びながら、左腕でセレンを腕枕していた。


 セレンの頭が、そっと俺の肩に乗っている。ぴったりと寄り添う体温と、互いの心音が、静かな夜に溶けていく。


「……ナオ」

「ん?」


 声は小さく、穏やかだった。

 騒がしかった昼間と違って、今のセレンは、すごく柔らかい。触れると壊れそうなほど、静かに呼吸している。


「……今日の戦い、楽しかった?」

「……ああ。楽しかったし、学びもあった」


 俺はそう言って、少しだけ目を閉じた。


「……俺さ」

「うん?」

「これまで、対人戦なら絶対に負けねぇって思ってた。事実、今でもそうだと思ってるし。けど、セリオン相手の戦いは、やっぱりちょっと違っててさ。……でも、今日セレンと一緒に戦って、ちょっとだけ吹っ切れた気がする」


 1対1なら、俺はどんな相手にも勝てる、その自信を持って戦っている。実際、セレン相手にも勝ってるし、それだけクソジジイに鍛えられた自負もある。


 でも、対セリオンは違う。


 未知の存在で、規格外で、命を賭ける現場。どこかで、どこか深い場所で、俺はその戦いに対して、ほんのわずかだけ不安を抱えてたのかもしれない。


 でも、今日。セレンと共に、並んで戦ったことで、それが少し吹き飛んだ気がする。


 俺の言葉に、セレンは何も言わなかった。

 でも、腕枕してる俺の胸元に、きゅっと小さく指先を添えてきた。


 その仕草が、なによりの答えだった。言葉じゃなくていい。ただ、こうして一緒にいてくれるだけで。


「……ありがとうな、セレン」

「ふふ、どういたしまして」


 頬がくすぐったくなるような甘い声。気づけば、セレンは俺の胸元に顔を埋めて、軽くすり寄ってくる。

 そのまま、静かに目を閉じて。

 俺たちは、ゆっくりと眠りへと落ちていった——。

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