第19話

「羽瀬君、Ⅴ級へのランクアップ、おめでとうございます」


 穏やかな声とともに、アイラさんが微笑んだ。


 デバイスを開けば、そこには《Ⅴ級》の文字がはっきりと浮かび上がっていた。これでようやく俺も世間的にも一人前ってことだ。


 この数日間、ひたすら依頼をこなしていたからな。Ⅵ級は一瞬で突破したものの、Ⅴ級に上がるのは少し時間がかかった。とはいえ、ようやく"一人前"のランクに辿り着いたってのは、やっぱり感慨深い。


「と言っても、やることはそんなに変わらないけどね」


 アイラさんがくすっと笑う。


「まあ、そうっすよね」


 思い返せば、怒涛の数日間だったな。何せ、朝から晩までセリオン狩り漬けの日々。たまに救星者が集う酒場に顔を出し、適当に情報交換しながら酒を飲む。軽口を交わしながら交友も増え、新たな救星者仲間と朝まで飲み明かすこともあった。

 朝帰りした日はセレンの機嫌を取るのが大変だったっけか。というか、いつの間にかセレンのマンションに転がり込むことになっていたが……まあ、細かいことはどうでもいいか。


「手続きも完了しました。羽瀬君、これからも頑張ってくださいね」


 っと、ここ数日を思い出している間に、手続きは無事に終わったようだ。アイラさんが穏やかに言う。


 俺が「うっす」と軽く返したところで——


「……ねえ、アイラ」


 横にいたセレンが、じとっとした視線を俺とアイラさんへ交互に向けてきた。


「ん? どうしたの?」


 アイラさんは何事もなかったように微笑む。


「なんか、ナオへの呼び方変わってない?」


 アイラさんは、そんなセレンの疑問に対して、ほんの一瞬だけ表情を変え——そして、すぐに柔らかく微笑んだ。


「え? そんなことないよね? ……羽瀬君?」


 俺の方に視線を向けて、くすっと笑う。


 ……いやいや、今のわざとだろ、絶対。


「……えっと」


 なんか、変に詰まる俺。そこで、セレンの目が俺へと向けられる。

 ……嫌な予感しかしねぇ。


「ナオ、アンタ、アイラに手出したんじゃないでしょうね……?」

「出してねぇよ!!」


 俺は即座に否定した。冤罪だぞ! 冤罪! 出したかったけど、まだ出してねえよ!


「ふぅん? そう……」


 セレンはじっと俺を見つめながら、腕を組む。


 ……いや、だからその疑いのこもった視線をやめろっての。


「まあまあ、セレン。ほんとに何もなかったからね?」


 アイラさんが優しく微笑みながら、さらりと助け船を出す。


「……アイラがそう言うならいいけど」


 納得したのかどうか微妙な表情で、セレンは腕を組み直す。……ったく、朝から余計な汗をかいたぜ。


「それで、今日はどうしたの?」


 アイラさんが話を戻しながら、俺たちの方を向いた。


「ほら、ナオもⅤ級に上がったことだし、パーティーでも組もうかなってね」


 そんなセレンの言葉に、アイラさんが軽く眉を上げる。


「へえ、あのセレンがパーティーね……」

「……何よ?」

「大丈夫なんだよね?」

「……ええ」

「……よかったね、セレン」


 アイラさんが優しく微笑む。


「う、うるさいわね。アタシだって好きで誰とも組んでなかったわけじゃないんだから」


 セレンは少し頬を染めながら、視線を逸らす。


「ふふっ、冗談よ。パーティー登録ね、羽瀬君はパーティーについては知ってる?」

「えっと、まあ……概要程度なら」

「じゃあ、簡単に説明するね」


 アイラさんが端末を操作しながら、俺たちにパーティーシステムについて説明を始めた。


「パーティーというのは、簡単に言えば、救星者のチームのこと。最大6人まで登録できて、パーティーで依頼を受ける場合は、メンバーのランクの平均値までの依頼を受けることができるの」

「ってことは……俺がⅤ級で、セレンがⅢ級だから……」

「平均してⅣ級。つまり、Ⅳ級までの依頼を受けることができるってことね」

「なるほど……」


 俺は腕を組んで頷いた。

 Ⅴ級でこなせる依頼よりも、Ⅳ級の方が報酬も高いし、やりがいもありそうだ。


「あと、パーティー登録には、パーティー名が必要ね」

「パーティー名か……」


 俺とセレンは顔を見合わせる。


「……何かいい案あるか?」

「うーん……そういうナオはどうなのよ?」

「…………《直臣とセレンの最強コンビ》とか?」

「ダサすぎるわ」

「じゃあ、《最強救星者組》とか」

「それ、ダサさが増してるわよ」

「むしろ、《ナオレン》とかどうだ?」

「却下」

「……ならお前も案出せよ」

「……《鬼神無双》」

「あー……セレンそういうの好きだよな」

「うぐっ……!」


 アイラさんがクスクスと笑いながら、俺たちのやりとりを見ていた。


「ふふっ、そんなに悩むなら、私が考えてあげようか?」

「おっ、ぜひ!」


 アイラさんは少し考え、それから口を開く。


「……そうだね。二人の戦い方を見ていると、獰猛で、まるで牙を剥く獣みたい……"牙をむいて戦う鬼"っていう意味で——"戦鬼牙グリムファング"なんてどうかな?」


 俺とセレンは顔を見合わせる。


「……戦鬼牙、なんか悪役の名前みたいだな」

「でも、いいじゃない。力強くて、わかりやすい」

「確かに、悪くない」

「ふふっ、じゃあ決まりだね」


 端末を操作し、俺とセレンのパーティーが正式に登録された。


『パーティー名:戦鬼牙』


 画面に表示された名前を見て、俺たちは互いに小さく頷いた。

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